その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は勝又清和さんの『 キホンからわかる 東大教養将棋講座 (日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】
講座が始まった経緯
はじめまして。私はプロ棋士の勝又清和と申します。1969年生まれで、七冠を独占したこともある羽生善治九段の一歳年上です。段位は七段で、1995年に四段プロデビューしました。若手時代からアマチュアへのレッスンに力を入れてきて、幼稚園児から高齢者まで教えています。プロの育成機関である奨励会に通いながら大学を卒業しました(東海大学理学部数学科卒)が、まさか黒板を見るのではなく、黒板を背にして教える日が来るとは思いませんでした。
東京大学で、将棋の講座が始まったのは2013年からです。実は将棋よりも囲碁のほうが先に講座が開講されており、2005年10月に教養学部で「囲碁で養う考える力」が始まりました。
将棋の講座が開講されるきっかけは、東京大学の金子知適教授にお声がけいただいたからです。金子さんの専門はゲームプログラミングと人工知能。将棋AIの「GPS将棋」の開発メンバーです。GPS将棋は第2回将棋電王戦で三浦弘行八段(当時)に勝ちました。トップクラスの現役A級棋士に将棋AIが勝ったのは、GPS将棋が史上初です。私はもともとコンピュータ将棋に関心があり、1990年から始まった「世界コンピュータ将棋選手権」の解説を棋士になってからずっと務めていました。そのコンピュータ将棋を通じて金子さんと交流があり、その縁で、このような話をいただいたというわけです。
東大で将棋の講座が開講したのをきっかけに、他の大学にも広がっています。
講座の目的
大学生に講義することの意義は、まず「正解のない問題を考えること」です。将棋はすべての情報がプレーヤーに公開されている完全情報ゲームであり、究極的には運が介在しません。しかしながら、解法がない、正解がない、得点がない、勝利がない場面があります。ずっと「正解のある問題」を考え続けてきた大学生が、そういう局面を問題として考えるのは、これまでの受験勉強とは違った頭脳の使い方になるでしょう。
例えば、不利な局面ではセオリー通りに指すと、そのままわかりやすく負けてしまいます。逆転するためには相手の読み筋を外したり、嫌がることをしたほうがいいパターンもあるのです。これらは手の善悪を超えた勝負術であり、相手との駆け引きを通じて勝利を引き寄せます。必ず正解がある受験勉強と異なるのは明白です。
また、将棋を始めるのに、年齢は関係ありません。もちろん、プロになりたいなら幼少期からトレーニングを積まなければ難しいですが、趣味として楽しむなら何歳からでも大丈夫です。筆者の指導経験でも、40歳から始めて、アマ有段になった方もいます。近年は「観る将」(「『現代用語の基礎知識』選 2023ユーキャン新語・流行語大賞」でトップ10入り)と呼ばれるファン層も増えてきました。自分では将棋を指さなくてもプロの対局をスポーツ観戦のように楽しむ人たちのことで、ネット中継の解説を楽しんだり、対局が行われている現地に行ってイベントに参加したりしていらっしゃるそうです。いまでは対局者と同じ「勝負めし」を味わうツアーも組まれています。
趣味を持つことは、人生を豊かにします。将棋は老若男女問わず、楽しめるものです。盤上のコミュニケーションは、言葉を交わさずとも人の輪が広がっていきます。初対面であったり、年齢が離れている子どもであっても、一局指せば「あそこでどうやればよかったですか」と会話が始まります。永遠に向上の余地がある、大会などの競争の場がある、かけるお金が少額でも始められるのでハードルが低い、老いてもずっと続けられる、長い人生を楽しむにはとても良いものです。
2023年度の東大教養学部将棋講座「将棋で磨く知性と感性」のガイダンスを紹介します。
- 第1回 ガイダンス
- 第2回 江戸の将棋
- 第3回 駒作り・盤作り
- 第4回 プロ棋士への道
- 第5回 対局(変則将棋を含む)
- 第6回 世界の将棋1
- 第7回 世界の将棋2
- 第8回 駒を持つ手付き
- 第9回 名人戦のビデオ
- 第10回 コンピュータ将棋と形勢判断
- 第11回 昭和の名勝負「南禅寺の決戦」
- 第12回 羽生善治九段・谷川浩司十七世名人の講演の紹介
- 第13回 棋士と学生代表の対局
どの授業も座学で“文化としての将棋”を、実際に対局して“ゲームとしての将棋”を学んでもらいます。学生同士の対局は、お互いが初心者なのでいい勝負になることが多く、棋士や講師が見回ってアドバイスをするスタイルです。1年で、将棋の見識とともに、将棋の基本的な戦略である棒銀が身につくようになります。
受講した学生からは、次のような感想が寄せられました。
- 駒の動かし方も知らない状態だったが、棋士から丁寧な指導を受けることで、詰将棋が解けるようになるまで到達することができた。
- 全体を見る力や先を読む力について学び、実践することで、将棋の奥深さを理解できた。
- 今まで将棋を観る際はAIの評価値でしか判断できなかったが、講座内で習得した知識を活かした見方が可能になり、解説も以前より理解できるようになった。
- 文化的な側面から将棋を知ることができた。
- 実技を行うことで将棋を指す楽しさを理解できた。講座が終わったあとも将棋を続けていきたい。
未経験者に興味を持ってもらえたこと、観る将として将棋観戦を楽しんでいた方がますます楽しめるようになったことは、講師冥利につきます。東大の講座を受講した方の中には、卒業した後、将棋のイベントに参加した方もいらっしゃいます。大盤解説会場で挨拶されて、とても嬉しかったです。将棋を楽しむスタートラインに立てれば、あとは自分の興味関心、ペースに従って将棋を続けるだけです。それに応えられるほど、将棋には文化としての厚みと幅広さがあります。
本書は、私が2013年から11年にわたり行ってきた講座のエッセンスをもとに、将棋を学びたい、観る将として将棋を楽しみたいという方向けに、将棋の基本的なルールや技術、文化的な側面としての知識を伝えることを目的にまとめました。
最新の事情をお伝えするためにも、藤井聡太七冠に沸く将棋界、また将棋のエンタメ部分も盛り込んでいます。お恥ずかしながら、私の青春時代についても書きました。一般の方にはベールに包まれているであろう棋士への道、どのような生活を送っているのかなどもわかっていただけるのではないかと思います。
将棋文化のさらなる発展のために、本書が少しでも寄与することを祈っています。
勝又清和
【目次】




