その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済新聞社(編)の『 ビジネス安全保障 経済・暮らし・サイバー空間でいま起きていること(日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】
2023年4月、肝を冷やす出来事があった。北朝鮮が発射した弾道ミサイルが北海道周辺に着弾する恐れがあるとして、政府が全国瞬時警報システム(Jアラート)を発令した。
テレビが赤と黒の緊急画面に切り替わり「直ちに避難、直ちに避難、直ちに建物の中、または地下へ避難してください」とけたたましくアナウンスを繰り返していた。結局、警報は30分足らずで訂正されたが、長い政治取材経験を通じて戦争という2文字が現実味を持って頭をよぎったのは初めてのことだった。
日本政府が防衛力強化を強く打ち出し始めたのは22年12月、岸田文雄政権による国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画のいわゆる安保関連3文書の策定からだ。日本を取り囲む安全保障環境の急激な悪化が背景にある。北朝鮮のみならず、中国は核戦力を強化し海洋進出を加速させ、ロシアは隣国ウクライナを侵略した。
安全保障は国や私たちの生活の安全を脅かすものを排除する行為である。脅威は紛争や戦争といった武力衝突に限らない。国際テロや大規模サイバー攻撃、新型コロナウイルスのような感染症の世界的な拡大など領域はどんどん広がっている。
脅威を退ける手段もヘリコプターや戦車、ミサイルといった防衛装備品のような目に見えるものだけでない。ここ数年で一気に広まったのが経済安全保障という概念である。半導体のような国内で安定確保が必要な重要物資のサプライチェーン(供給網)を強化したり、電気など基幹インフラを安定的に管理したりするための法律もできた。
電気・ガス・水道、鉄道や空港、放送・通信、金融といった重要インフラのシステムがサイバー攻撃を受ければ、私たちの生活はたちまちまひしてしまうに違いない。世界有数の穀物輸出国であるウクライナをロシアが侵略し、世界の食卓は悲鳴をあげた。いまや安全保障は医療や食料、エネルギー、海底から宇宙、サイバー空間まで私たちの生活や経済活動と切っても切れない関係になっている。
日本の備えは十分だろうか。食料自給率は4割に満たない。輸入先の1位、2位は米国と中国である。台湾有事になれば中国からの食料の輸入はストップし、価格の高騰は免れないだろう。原油や液化天然ガス(LNG)も9割以上を中東など海外からの輸入に頼っている。シーレーン(海上交通路)が寸断されればエネルギー危機に陥る可能性がある。
日本経済新聞は朝刊と日経電子版で、安全保障を日々の生活や企業にとって身近な問題として広く認識を共有し、いざというときに備えるための視座を提供しようと24年5月から「安全保障とeconomy」という企画を始めた。25年3月まで40回、随時掲載してきた。本書はそれをとりまとめ、最新情勢を加筆したものだ。
第1章の「企業情報を守る安全保障」は増え続けるサイバー攻撃による情報や技術流出の実態を追った。官民でサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」など最新の動きを解説した。
第2章の「企業経営を守る安全保障」は有事に備える企業の危機管理やビジネスの現場を取材した。サプライチェーンの分散や事業継続計画(BCP)の策定といった企業経営に関わる課題や、防衛産業に参入するスタートアップなどの動きも紹介している。
第3章の「暮らしを守る安全保障」はスマホの健康アプリや飲料水システム、医薬品やワクチン、そして農作物といった私たちの日常生活に欠かせないものにまで潜む脅威を取り上げた。
第4章の「経済・外交を守る安全保障」は日本の経済安全保障や防衛力強化の取り組みを米欧の動きとの比較やビジネス視点から分析した。
資源に乏しい日本が経済活動を通じて成長し続けるには、実態を正確に把握したうえで、課題を商機にするしたたかさもまた必要である。
本書は領域が広がる安全保障の最前線をできる限り網羅しようと倉辺洋介デスクを中心に政治、経済、企業などを取材する第一線の記者らが現場や関係者の取材、データ分析にあたった。政策決定にかかわる立場の人々はもちろん、企業経営者、ビジネスパーソン、家庭の主婦(主夫)や学生、高齢者まで幅広い人たちに読んでいただきたい。
新聞記者の作業はなぜ、なぜ、なぜ、の問いかけの連続である。身近にある何かおかしいという異変から、安全保障を巡る諸課題の背景に横たわる構造問題まで、本書が読者の気づきと学びの一助になれば幸いである。
日本経済新聞社 前政治部長 大場俊介
【目次】




