その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は石川陽平さんの『 プーチンの帝国論 何がロシアを軍事侵攻に駆り立てたのか 』。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
ロシアのウクライナ侵略はこの夏で2年半が過ぎ、なお終わりが見えない。ウクライナだけで民間人の死傷者が一万人を大きく超えた。ウクライナとロシア軍双方の犠牲者も増え続けている。
なぜ兄弟民族が殺し合う悲劇が21世紀の現代に起きたのか、何がロシアのプーチン大統領を戦争へと駆り立てたのか。こうした疑問が本書を執筆した動機となっている。
ウクライナ侵略が始まった2022年2月、筆者はモスクワ駐在の記者だった。直前まで開戦の決断をプーチン氏が下す可能性は低いと見ていた。ロシアの独立系の政治、外交の専門家の間でも侵略という最悪の事態は避けられるという見方が少なくなかった。
欧米との決定的な関係悪化や甚大な経済的影響、明白な国際法違反であることを考慮すれば、国家と政権の将来を危うくしかねないほど重大な戦争になる恐れがあった。それでもプーチン氏は侵略に踏み切った。
日本や米欧では「独裁者のソ連復活の野望」としばしば断じられるが、それだけではウクライナ侵略の根深い問題をとらえることは難しいのではないだろうか。本書には、今回の侵略にロシアという国家の姿や歴史が深くかかわっていることを明らかにする目的がある。
『プーチンの帝国論』という書名にも、そうした意図を込めた。
ロシア帝国が革命で倒れた後、20世紀の帝国であるソ連が誕生した。ソ連崩壊後に再び姿を現した現代のロシアという国もやはり帝国的性格を備え、プーチン氏もその宿命から逃れることはできない。では、その帝国性とはどのようなものか、ウクライナ侵略と米欧との対立がなぜ不可避だったのかを探りたいと考えた。
実際にはプーチン氏自らが、ロシアを「帝国である」と定義したことはない。現代の政治家として、自ら帝国を賛美することはありえない。
それでも、保守主義を強めたプーチン氏の発言や政策はロシアの帝国性を確かに肯定し、支持している。政権を支える保守派の多くも同様の政治的志向を持つ。
本書では20年以上に及ぶプーチン体制に決定的な影響を与えたものとして、ロシア正教の原理主義と20世紀の思想家イワン・イリインに焦点を当てる。両者もやはりロシアの帝国性を論じ、国家を守ることを唱えた。
あるいは、悲惨な戦争を引き起こした「犯罪国家」を分析する必要はなかったのかもしれない。
ただ、その一因がロシアと米欧の相互不信や相互理解の欠如にあったとすれば、ロシアについて掘り下げて考えることはやはり必要ではないだろうか。
また、世界が同じような過ちを繰り返さないためにも何らかの意味があることではないだろうか。プーチン政権の今後を予測する一助になるとも期待したい。
文中のウクライナの地名や人名は、ウクライナ語とロシア語の表記が混在している。すべてウクライナ語の発音で統一すべきだったが、読者の混乱を避けるため、できるだけ新聞や通信社など多くの日本メディアの表記に合わせた。
2024年8月
石川 陽平
【目次】




