その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は井戸美枝さんの『 お金がなくてもFIREできる 』です。

【はじめに】

 23歳で会社を辞め、不安を感じながら、まずはお金のことをなんとかしようと考えた――これが、私がお金と向き合うスタートラインでした。以後、お金のことを考える日々が続いています。
 人生を自由に、自分の好きなように生きていくためにあるのがお金です。お金のために人生の選択肢が狭まったり、日々お金に苦しめられたりすることは上手に避けていく必要があります。
 お金のことを考える上で、とても大事になるのが時間との関係性です。
 「お金を増やすには時間がかかる」「お金を増やす、増えるのは時間との関数である」。
 最初にこの点をしっかりご理解いただければと思います。具体的に説明しましょう。

「お金と時間の関係」を考える

金融資産5万円 1、2日間お金に困ることのない額
    50万円 1、2カ月間お金に困ることのない額
   500万円 1、2年間お金に困ることのない額
   5000万円 10、20年間お金に困ることのない額
    5億円 ひと家族が生涯お金に困ることのない額
    50億円 家族一族が親・子・孫の3代にわたりお金に困ることのない額
   500億円 お金がお金を生み出し、そのお金がまたお金を生み出す額

 億円単位のお金もスタートは5万円、50万円からです(数億円単位以上の資産家の家に生まれた場合は除かれますが)。
 5万円はひと月に貯めることができる金額、50万円は1年あれば貯めることのできる金額、そして500万円になると、5年、10年という時間を要することになります。これが「お金は時間との関数」の意味です。
 もちろん個人差が大きいのですが、自分ひとりで資産ゼロからスタートした場合、5000万円を得るには人生の大半を費やすことになってしまうでしょう。
 一方で、5億円、50億円、500億円を金融資産として持つ人が実際にいます。5000万円レベルなら、目につかないだけでおそらくごくごく近くにいます。億円単位の金融資産を自分一代で築き上げる方は稀で、ほとんどは相続や贈与という形で手にしたものです。自分の時間を使って、自分ひとりで大きなお金を得るのはとても難しいということなのです。

実現可能な「ライトFIRE」

 FIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立と早期引退)というと、「1億円貯めて年率4%で運用してリタイア」というストック型の発想になりがちです。しかし、実際のところ、資産運用収益だけで生活を賄うという方法は、大半の人にとっては時間がかかりすぎることのように思えます。
 実現可能なのは、仕事や生活を見直し、給付金や補助金、リース・シェアなどお金に関する制度や仕組みを存分に活用して、自分にとっての経済的自立と望ましい生き方を手に入れることです。これを私は「ライトFIRE」と名付けています。
 ライトFIREを目指すことが、多くの皆さんにとって最善の選択肢ではないかと思います。そのため、本書のタイトルを「お金がなくてもFIREできる」としています。

まずは「自分をよく知る」ことから

 ライトFIREを実践する上で具体的に大切なのは、「自分という人間を見極める」ことです。まずは、絶対に嫌なこと、避けたいことを知ることから始め、自分に合ったお金を手に入れる方法を見つけ出します。
 嫌なことは長続きしません。さらに、それを生涯にわたって続けることなど到底無理な話です。ストレス発散が必要な仕事は時間とお金の無駄を生み、病気や事故というリスクを高めるかもしれません。仕事が面白ければ、面白い時間をより多く過ごすことができます。お金を使わずに。自分にとって面白い仕事は、お金の面から見ると、非常に大切なものです。

 次に、「お金の使い方」を知ることも重要です。貯蓄は収入から支出を引いた残額です。貯蓄を増やすには収入を増やすか、支出を少なくするしか方法はありません。自分が満足できる支出はどの程度なのかを知ることが不可欠。これは自分で見つけ出していくしかありません。答えは自分で見つけるかつくり出すかです。
 投資を始めるにしても、「ある程度、貯蓄ができたからそろそろ投資でも」と考えるのではなく、自分は投資に向いているかどうかを知ることが先決です。投資を楽しむ、投資をしている時間が楽しいという方以外は、無理をして投資をする必要はありません。時間、体力、お金を無駄にしかねません。
 お金については、もうひとつ大切なことがあります。
 それは、「制度や仕組みを利用することによって、収入を増やし、支出を減らすことができる」ということです。制度や仕組みを知って活用するだけですから、自分次第です。制度や仕組みは時限措置以外は結構長く続くもので、たとえ小さな額でも長年にわたると、「お金は時間との関数」なのでそれなりの金額になっていきます。情報を手に入れたり申請したりが不得意というなら、親類、知人などに頼るか、専門家を活用しましょう。

本書の大きな流れ

 本書は、こうした考えに基づき次の流れになっています。40代、50代の方々を中心に、その前後でFIREに興味のあるすべての方に役立てていただければと思います。

第1章 貯め方・使い方を変える!
 日々の生活は、本当に小さな部分から成り立っています。その細部を丁寧に見直し、お金とのつき合い方、向き合い方を変えていくことからスタートします。1、2カ月やってみて、新たな貯め方・使い方を身につけることができたかどうか、またチェックしてください。

第2章 増やす!
 500万円前後の金融資産となると投資を考えることになります。もちろん、100万~200万円でもいいのですが、万が一を想定した緊急用資金を考えると500万円前後からでしょう。投資によってお金を増やす方法は多くありますが、自分に合ったものを選ぶほうが良く、また必ず投資しなければならないというわけではありません。まずは、自分が投資に向いているのかどうか、実際に体験することからスタートです。投資をしたくない、向いていない方のための方法論もここで説明しています。

第3章 賢くもらう!
 金融資産ゼロからスタートする際に大きな助けになるのが、社会保険をはじめとする社会保障や所得再分配の制度や仕組みです。制度や仕組みなので、まずは知ることから始まり、次にそれらをいかに上手に利活用するのかがポイントです。専門家やすでに活用している人からの情報が有効なため、情報ネットワークや仲間づくりが大切な分野です。税金や社会保険料は「払った分だけ活用する」精神を持つことが大事。私たちが知らないだけで、いざというときに役立つ行政サービスや補助金もたくさんあります。

第4章 受け取り方のひと工夫!
 ライトFIREを成功させる上で大切なのが、「入ってくるお金で一生暮らしていける」受け取り方を考えることです。そのためには、FIRE後だけでなく、その先のリタイアも見据えた長期的な家計の収支計画の見通しを持っておきたいところです。

第5章 柔軟に働く!
 第1~4章は直接お金に関わることですが、ここではお金に縛られない、自分に合った仕事を探したりつくり上げたりすることを取り上げています。実は、不確実な投資の収入を当てにするよりも、自分に合った天職と思える仕事で働き続けることのほうが人生の幸福度は高まります。また、5年後、10年後をきっちり決めておくのではなく、時々の状況に応じて臨機応変に仕事を変えていくことを通じて、自分に合った仕事を見つけ出すこともできます。

 巻末には日々の確認用に「100項目のポイントリストと反復チェック」を掲載しました。

お金に対する「暗黙知」を反復練習

 この本は、「ライトFIRE」の考え方、実践術を解説していますが、もうひとつ大きなメッセージをこめています。それは、富裕層と思われる方々が家族や親族、親しい人たちの間で共有しているお金に対する「暗黙知」に気づいてほしい、知ってほしいということです。
 暗黙知とは、「暗黙」の了解事項です。たとえば、そのひとつにお金のことは人前では決して話さないということがあります。目指そうとしている「お金」を持っている人からまず学ぶべきは、この生活習慣と化している暗黙知です。
 こうした暗黙知を持たない場合、意識して学び、生活習慣として日々の生活の中に無意識のレベルまで落とし込む必要があります。そのために有効な方法は、何度も繰り返す、定期的に見直しを行いながら身についたかを確認していくことです。
 本書で紹介している事柄も暗黙知になるものですから、手元に置いて折りに触れては実践できているかを確認してください。
 これは反復習得するしかありません。時間もかかりますが、身につけることができれば、生涯のものとなります。水泳と同じで、小さい頃から親がしつけてくれれば小学校に上がっても体育の授業で苦労することはありません。一方、泳げない子は小学校での努力が求められるわけです。泳げることによって海を怖がることもなく、水深30メートルの世界やヨット乗船など新たな体験をすることもできます。

FIREは次を担う世代への希望

 もうひとつ大切なことがあります。
 何度も申していますが「お金を増やす、増えるのは時間との関数」だということです。資産をつくり出すには当然、時間がかかります。実は、資産家の家に生まれるということは、その資産をつくり出す時間を祖父母や父母が費やしてくれたということで、祖父母や父母の時間をお金という形で受け取っているのです。生まれたときからFIREを考える必要のない人は、自由気ままに過ごすことができる「時間」をお金という形で受け取っているのです。
 FIREの恩恵を最大に受けることができるのは、実は子や孫だということに気づいていただきたいのです。FIREを目指して生きるということは、実は、次の世代を担う子供たちの未来、新しい未来を生み出すことができる可能性を膨らませているということなのです。
 自分だけのFIREは、ある意味、切ないものです。目標がレベルダウンしたり、FIREそのものも必要ないと思ってしまうかもしれません。

 一方、今の自分と違った人生、その人生を子供に託すことができるとすれば、それは未来を実感すると同時に共有することにもなります。
 もちろん、子供たちの人生がどのようなものになるかはわかりません。しかし、少なくとも子供がお金の心配をしない時間を過ごせるということは、自分とは異なった人生を歩んでもらえるということです。そのことをちゃんと子供たちにも伝えておくべきでしょう。
 このように考えると、FIREが対象とする人生というスパンは、5年、10年というものではなく、30年、50年、孫や孫の子までなら100年という単位です。
 過去に希望は見出し得ませんが、まだ見ぬ未来へは希望を見出すことができます。

 最後に、企画編集の段階からご協力いただいた森田聡子さん、さまざまなアドバイスをいただいた日経BP 日経BOOKSユニットの酒井圭子さんに深甚なる感謝の意を述べさせていただきます。

 2022年8月

井戸美枝

【目次】

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