その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はボストン コンサルティング グループ(編)の『 BCGが読む経営の論点2026 』。「序章 これまでの常識が通用しない時代に、主体的に勝機を見極める姿勢を」をお届けします。本原稿の筆者はボストン コンサルティング グループ(BCG)アジア・パシフィック会長の佐々木靖さんです。

【序章】これまでの常識が通用しない時代に、主体的に勝機を見極める姿勢を

60年の知見を未来の羅針盤に

 2026年、ボストン コンサルティング グループ(BCG)は日本進出60周年を迎える。この60年の間に、日本企業は高度経済成長の興奮からバブル崩壊、長期停滞とグローバル競争、そしてデジタル革命とAIの登場に至るまで、数々の激動を経験してきた。私たちはその節目ごとに経営者と対話を重ね、変革の現場に伴走してきた。振り返れば、日本の経営は幾度となく不確実性の波に直面し、そのたびに適応と再生を繰り返してきた。しかし、今日ほど不確実性が「常態」として経営の前提に組み込まれている時代はないだろう。

 世界を見渡せば、地政学的緊張は深刻化し、供給網やエネルギー安全保障は揺らぎ続けている。エネルギー移行を支える基幹素材の不足は、未来の成長を阻むリスクとして顕在化しつつある。BCGのシンクタンクであるBCGヘンダーソン研究所の最新分析によれば、世界経済を支える135の重要素材の需要はGDPを上回る速度で拡大しており、電気自動車や風力発電に不可欠なレアアースは、いかなるシナリオにおいても供給不足を免れない。だが、この現実を制約と見るか、それともリサイクルや代替技術への投資を通じて競争優位を築く機会と見るかで、企業の未来は大きく分かれる。

 同様に、AIによる技術革新も業界の枠を超えて経営環境を揺さぶっている。生成AIやAIエージェントは、効率化の手段にとどまらず、産業構造そのものを再編する原動力へと変わりつつある。世界のAI関連投資は、ここ数年で年率20%以上の成長を遂げ、日本企業も大規模な導入と人材育成に踏み出している。しかし、その活用の基盤となる半導体をめぐっては米中を中心に競争が激化しており、技術のトレンドと国際情勢を複眼的に捉え、主体的に勝機を見極める姿勢が求められている。

 こうした変化は、もはや従来の延長線上では対応できないものである。これまで積み上げてきた常識や前提は急速に揺らぎ、経営のルールは書き換えられつつある。言い換えれば、私たちはこれまでの常識が通用しない新しい時代に足を踏み入れたのである。そこでは予測よりも適応が、安定よりも変化の受容が、過去の成功体験よりも未来に向けた想像力が重視される。

 より踏み込んで言えば、未来は予測できなくとも、準備はできる。経営者に求められるのは、未知の状況を脅威としてではなく、新しい可能性の源泉として捉える胆力と柔軟性である。事実、パンデミック期に果敢な変革を進めた企業の4割強が同業他社を上回る成果を収め、低迷期に行われたM&A(合併・買収)は平時を上回る株主リターンを生んでいる。経営とは嵐を避けることではなく、変化の風を帆に受けて進む術を学ぶことにほかならない。

クライアントとの協働で培われた知恵

 本書は、2026年時点で、経営者やビジネスリーダーが考えるべき10の重要経営論点を抽出し、国内外の専門家の知見を結集して、実践につながる洞察を提供することを目的としている。いずれもクライアント企業との協働の現場で培われた知恵に基づいており、単なる理論ではない。BCGの創設者ブルース・ヘンダーソンが1960年代に説いたように、「経営において本当に重要なのは、表層に表れる第一階層の効果ではなく、見えにくい次の階層の連鎖である」。本書が取り上げる10の論点は、今という瞬間に潜む小さな兆しを読み解き、未来の可能性を展望する試みである。

 第1章では、AIの進化がビジネス全般に及ぼす影響を考察する。生成AIや自律的にタスクを遂行するAIエージェントが登場し、将来的にはハードウェアと結びついて物理的な仕事を担う可能性も高まっている。人口減少による労働力不足に悩む日本社会にとって、こうしたAIは心強い戦力となりうるが、同時に企業は組織のあり方を根本から見直さなければ、この変化に対応することは難しい。

 第2章では、この新しい時代を支える基盤としてデータセンターとエネルギーの問題を取り上げる。AIを中心としたデジタル化が進展することで、膨大なデータを高速かつ安定的に処理できるデータセンターの必要性は一層高まり、同時に電力消費も増加する。結果として、経済安全保障や地政学とも結びついた重要な経営課題へと発展しており、日本が増大するエネルギー需要にどう応えるのかが問われている。

 第3章では、グローバル貿易の環境変化と企業の対応策を考える。米国トランプ政権の発足以降、関税をはじめとする貿易体制の不確実性は高まり、企業は事業計画や投資判断を先送りする傾向を強めてきた。しかし、長期的な大局観を持つことで、一過性ではないグローバル経済の構造変化を見極めることができるはずである。多くの日本企業にとって、この点の理解に基づく適切な対応が、競争優位を構築するために不可欠となる。

 第4章では、サプライチェーンのあり方を取り上げる。日本企業は現場でのすり合わせや匠の技といった属人的な運営を強みとしてきたが、地政学リスクや気候変動、パンデミックといった不確実要因が供給網を揺るがすことが常態化している。こうした状況においては、サプライチェーン・マネジメント(SCM)を構造から変革する必要があり、日本特有の文化的課題を踏まえつつ、人とAIの力をいかに効果的に組み合わせるかが鍵となる。

 第5章では、日本企業のIT・デジタル戦略を問い直す。現状、レガシーシステム刷新の遅れや過度なベンダー依存、人材不足などにより、多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)の成果を十分に得られていない。今後はAIの進化を背景に、企業が自らIT・デジタルの「主権」を取り戻し、戦略を再構築することが不可欠であり、経営トップが技術の重要性を理解したうえで自らの言葉と行動で改革を推進する姿勢が大切になる。

 第6章では、金利上昇のトレンドが日本の企業経営に与える影響を考察する。長らく続いたゼロ(マイナス)金利の時代は終わり、金利がある時代に突入する。これは資金調達環境に大きなパラダイムシフトをもたらす。銀行の貸し出し姿勢は厳格化し、事業の採算性がこれまで以上に問われるなか、CFO(最高財務責任者)や財務部門の役割は広がり、その重要性も高まる。企業は今からこの金融面での環境変化への備えを進める必要がある。

 第7章では、同意なき買収を取り上げる。日本ではまだ限定的な事例と見られがちだが、今やすべての上場企業が同意なき買収の対象となりうる時代に入ったと認識を改めるべきだろう。防衛策として自社の企業価値を高める努力はいうまでもなく、この環境変化をチャンスと捉え、リスクを引き受けて前進する胆力が経営者に求められている。

 第8章では、食料安全保障を扱う。令和の米騒動をきっかけに、流通構造や農家の高齢化、労働力不足といった日本の農業の課題が改めて浮き彫りになった。これまでは付加価値の向上に注力してきたが、生産性向上や量の確保にも目を向けなければ、食料安全保障の未来は危うい。食のサプライチェーン全体で生産性を高め、企業の参入を促す仕組みや異業種連携の新たな取り組みが重要になる。

 第9章では、日本の行政のデジタル化を論じる。自治体の現場が疲弊するなか、AIやデータ活用を通じて形式的な平等や手続き重視の行政から脱却し、必要な支援を必要な人に自動的に届ける仕組みへの転換が必要である。すでにシンガポールやエストニアといった先進事例に変化の方向性が示されており、日本においても政府主導で自治体が活用できる共通基盤を整備し、社会全体として新たな行政像を描くことが望まれる。

 最終章の第10章では、AI時代における働き方を考察する。AIが人間に代わって仕事を担うようになれば、人間の役割が改めて問われることになる。BCGの調査によれば、「10年以内に自分の仕事がなくなるかもしれない」と不安を抱く人は全体の4割にのぼる。だが、今求められるのは、この変化を脅威としてではなく機会として受け止める姿勢である。AIやテクノロジーと共生するためのマインドセット、スキルを土台に、人間ならではの力を発揮する。それこそが、未来における働き方の核心となる。

混迷の時代に経営の舵(かじ)を握る喜び

 では、不確実性が常態化した時代に、経営者はいかにして最大のインパクトを生み出すのか。筆者が日本、アジア、グローバルのCEO(最高経営責任者)や経営リーダーとの対話を通じて得た結論は以下の3点にある。

 第1に、経営トップであるCEOの不断のエネルギー投入こそが、組織の成果を決定づける最大のレバーであることを強調したい。経営者は、企業の存在意義を明確に示し、優先すべき課題に集中し、人材とテクノロジーの基盤を整えること。そして自らが推進力を発揮し、複雑さをそぎ落とし、健全な協働を育むことで成果を生み出す。これらは理念上の言葉ではなく、実際の企業変革を成功に導く行動原則であり、不確実性の高い世の中であるからこそ、日々の経営判断の積み重ねによって真価を発揮する。成果を出している企業の経営トップのエネルギー量とコミットメントは尋常ではない。

 第2に、経営者がインテグリティ、すなわち高い倫理観を持って臨むことを挙げたい。哲学者カントは「自らの行為の格率が普遍的法則として成立しうるように行為せよ」と説いた。また、「人を単なる手段ではなく目的として扱え」とも述べている。こうした規範は、時代を超えて人間の行為を律する力を持ち、現代の経営にもなお生き続けている。企業が社会からの信頼を失えば、その持続可能性は失われる。インテグリティは「選択肢」ではなく、「存在の前提」である。経営者は利益や効率の追求にとどまらず、社会との信頼契約を意識し続けることで、初めて長期的な繁栄を実現できる。成果を上げている企業の経営者は、この点の重要性を深く理解して行動している。

 最後に、経営者自身が、この混迷の時代に経営の舵を握ること自体を、決して苦難の連続ではなく、むしろ生命としての喜びに満ちた営みであると考えることだ。未来が不透明であるからこそ、人間は自らの意思で方向を定め、価値を創り出す自由を持つ。経営とは、その自由を最も濃密に体現する営為であり、変化のただ中で生きることの喜びを映し出す行為にほかならない。創造性や直感、社会的責任といった人間固有の資質は、どれほどAIが進歩しても代替できない。卓越した成果を実現している経営者ほどその組織の活動を、人間らしい価値へと昇華させている。

 2026年という年を迎えるにあたり、私たちは改めて問いたい。我々は何者であり、社会にいかなる価値を還元する存在であるべきか。答えは一つではない。しかし確かなのは、これまでの常識が通用しない新しい時代にあって、不確実性を恐れるのではなく、そこに潜む兆しを読み取り、未来を創り出す主体となるべきだということである。60年前に日本で始まったBCGの歩みは、単なるコンサルティングの歴史ではなく、社会と共に未来を構想し続けてきた軌跡である。次の60年もまた、その精神を受け継ぎ、新しい時代の課題に挑み続けていく。BCGはこれからも、未来への旅路において経営者と並走し、社会に貢献する道を共に切り拓いていきたい。

 本書が読者の皆様にとって、2026年を超えた未来を創造するための洞察を提供できれば、これに勝る喜びはない。

【目次】

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