人生に大きな不満はない、日々それなりに楽しく過ごしている。しかし、どこか「しっくりこない」と感じることはありませんか。情報があふれる時代を生きる私たちは、まわりの声に影響されて、自分らしさよりも「誰かの正解」を求めがちです。そんな日常の中で自分を見失わないための「言葉の習慣」を、新刊『 感性を言葉にする 「自分の言葉」で生きるための教科書 』から一部抜粋し、お届けします。第2回は「日記と言葉」について。

思い出せないくらいまで過去を書いたらどうなる?

(写真:Kobayanski/stock.adobe.com)
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 今日の日記を書き終えた後、あなたが目にするのは何だろうか。
 日記を書く手が止まるのは、もうこれ以上さかのぼって思い出せないとき、または、直前までの過去をすべて書き切ってしまったときだ。その時目の前にあるのは、まだ何も書かれていないまっさらな白いページである。
 文章を書く時は、しっかりまとめなければならないと思いがちだが、一日でもいいから、数時間前まで行ったことや話したことをそっくりそのまま写生のように書き残してみよう。たとえば一時間ごとに直近の一時間にあった会話や行為のすべてを感情を込めずに写し取ってみる。
 そして、次の白紙のページを迎えたとき、あなたは何を思うだろうか。

 ノートを開くと真っ白なページがある。これは、現実も同じだ。

 そもそも一日というものは、あなたが何もしなければ白紙のままなのだ。そこに、自分で体験したことと、そこで見たことや感じたことが書き込まれていくだけだ。
 そこに何を書いても自由なのに、毎日毎日、同じ内容の悩みや愚痴を書いてはいないか。
 書きたくないことを書くことはない。書きたくなくなるような出来事を起こす必要はない。書きたいことを先に決めて実践しよう。こんなことを書いてみたい、というのは、こんなことをやりたい、こんな人と会いたい、という強い意志となる。

「その日の情緒」を忘れないうちに残す

(写真:TokyoEight/stock.adobe.com)
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 では日記とスケジュール帳の違いは何か。詳細に決めて実行するだけならTo Doリストである。
 日記には情緒を描く余白がある。未来をおおまかに脳裏に思い描いたら、実際どうなるかは時の流れに委ねてしまったほうがいい。一日の終わりに日記を書くとき、思い描いた通りになっていれば、まるで未来を予見したかのように興奮を覚えるだろうし、そうならなくても失敗ではない。思いがけない気づきに溢れた一日を得たことになる。

 自分で書いた日記でも、客観的に読んでみると、文章の癖やパターンが見えてくる。日記越しに眺めるあなたは、なんらかの出来事に対して反応し、そこで湧き起こる感情をもとに行動している主人公である。
 あなたはそれを見て、映画や小説の主人公を追いかけるように共感したりはらはらしたりするかもしれない。日記を通して一日が可視化され、それを冷静に見つめられるようになるのだ。そうして、主体が「日記を書く自分」から、日記に書かれた事実や反応、感想や描写を「見つめる自分」へと変化していくと、冷静に現実に向き合って、次の一日の舵を取りやすくなる。

 「雪が降って寒かった」という文章には、「雪が降る」という事実と「寒かった」という感想が組み合わせられている。さらに、「心の澱(おり)を洗い流すような真っ白な雪」と描写した場合、事実や感想に加えて情緒が表現される。詳細な描写は、対象をよく観察して感じないとできないので、現実において雪と向き合った証しになる。
 実際の生活においては感じて行うことは同時であるが、文章では、行動や描写を一つひとつ別に書くことしかできない。だから、それを丁寧に行えば行うほど、行動や感じ方に意識を向けて記憶できるようになる。つまり、それだけ時間の幅や深みが広がって、豊かな時間を過ごせるということになる。
 同じ一つの現実であっても、事実と感想、情緒的な世界をどのくらいの割合で感受しているかは、人によっても、日によっても違う。

日記を書けば、自分の色が残っていく

(写真:TK6/stock.adobe.com)
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 日記帳の中には「わたし」が毎日一人分ずつ増えていく。元日のわたし、一月二日のわたし、一月三日のわたし……、昨日書いたわたしは、今日のわたしからすると、別人になる。365日間日記を書くということは、それぞれの一日を経験した365人が集合して、語り合ったりアドバイスし合ったりするかのようだ。
 順番を入れ替えても、記憶が日々薄らいでいったとしても、書き残された文字を見ると、どの一日にも同じくらいの存在感がある。365人の同じ価値を持つ人がそれぞれに個性を放ちながら存在しているようだ。それぞれがあなたであり、命の重みである。
 意識しなければ、昨日も今日もそれほどの変化を感じないかもしれないが、書き残そうとすると、それぞれが色鉛筆のように特徴を主張するようになる。
 その色は劇的に違うものではなく、微細なものなのであるが、少しずつ心の鉱脈から「心の言葉」を掘り起こせるようになると、ダイヤモンドの鉱石を見つけるみたいに、日常という原石からあなただけの色の波長を見出すようになる。あなたらしい毎日にぶれがなくなっていく。

(写真:BuyOutFelix06/peopleimages.com/stock.adobe.com)
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本書は、感性を言葉にして、「自分の言葉で語る力」を身につけるための一冊です。「誰かに伝える技術」ではなく、「自分の言葉を取り戻す技術」をお伝えします。問いかけや緩急を織り交ぜた文章が、読み進めるうちに感性を呼び覚まし、言葉になるまえの感覚と言葉を自然に結びつけ、「自分の言葉」を引き出してくれます。最適化された言葉があふれるAI時代に、必須の言葉力が身につきます。

園部泉子 著/日経BP/2090円(税込み)