その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はゴジキさんの『 2016年の大谷翔平(日経プレミアシリーズ) 』です。

【はじめに】2016年という転換点──新たな時代の幕開け

 プロ野球の歴史には、優勝チームやタイトルホルダーの名前だけでは説明しきれない一年がある。単に記録が更新されたのではなく、選手の価値、チームの作り方、才能の育て方といった、それまでの常識そのものが揺らぎ、次の時代の輪郭が見え始めた年である。
 2016年は、まさにその転換点だった。パ・リーグでは、北海道日本ハムファイターズが最大11.5ゲーム差をひっくり返し、福岡ソフトバンクホークスを抜いてリーグ優勝を果たした。6月半ばにはソフトバンクの独走を止めることは難しいと思われていたが、日本ハムは球団新記録の15連勝を境に一気に差を縮めた。9月28日の優勝決定試合では、大谷翔平が西武打線を1安打、15奪三振で完封。若きエースが自らの右腕で大逆転優勝を完成させた。
 クライマックスシリーズでは、指名打者として出場していた試合の9回に抑えとして登板し、日本最速の165キロを記録する。日本シリーズでは、25年ぶりにセ・リーグを制した広島東洋カープを相手に、敵地での2連敗から4連勝。10年ぶりの日本一に輝いた。
 一方のセ・リーグでは、広島が1991年以来25年ぶりの優勝を成し遂げた。黒田博樹と新井貴浩が精神的支柱となり、菊池涼介、丸佳浩、田中広輔らが攻守で躍動する。その中から、鈴木誠也が一気に球界を代表する打者へと駆け上がった。交流戦での2試合連続サヨナラ本塁打を含む3試合連続決勝弾。緒方孝市監督が口にした「神ってる」は、球場の内側を飛び越え、その年の社会を象徴する言葉となった。

 2016年は、単に二つの劇的な優勝が重なった年ではない。育成によって勝つこと。選手の役割を固定しないこと。年齢や実績ではなく、その時点で発揮できる能力によって起用すること。そして、個人の才能を組織の設計によって最大化すること。現在のプロ野球で重視される発想が、日本ハムと広島によって鮮明に可視化された一年だった。
 その中心にいたのが、大谷翔平である。2016年の大谷は、投手としてエース級、打者として中軸級という二つの価値を、同じシーズン、同じ優勝争いの中で成立させた。重要なのは、その活躍が単なる個人記録ではなく、チームの勝利に直結していたことだ。打てば試合を動かし、投げれば試合を終わらせる。投手と打者を一人で兼ねることで、相手の戦術と味方の選択肢を同時に変え、日本ハムの戦力構造そのものを書き換えた。
 この年、大谷は投手部門と指名打者部門で史上初のベストナイン同時受賞を果たし、パ・リーグMVPにも選ばれた。規定投球回にも規定打席にも届いていない選手が、投打を合わせた総合的な貢献によって最高評価を受けたのである。
 従来、選手の価値は投手なら投手、野手なら野手という枠の中で測られてきた。だが、大谷はどちらか一方の物差しでは捉えられなかった。NPBは投手と野手の重複投票を認め、一人の選手の存在が評価制度そのものに変更を迫った。
 また、2016年には異なる世代の時間が交差していた。大谷と同じ1994年世代では、鈴木誠也が広島の主砲へと覚醒した。一方、高校時代に世代最高の評価を受け、大谷より早くプロで結果を残していた藤浪晋太郎は苦しいシーズンを送り、7月には甲子園で161球を投げた。同じ年に生まれ、同じ2012年のドラフトでプロ入りした選手たちが、この年を境に異なるキャリア曲線を描き始めたのである。

 秋のドラフトでは、田中正義、柳裕也、大山悠輔、吉川尚輝ら1994年世代の大卒選手がプロ入りした。高卒で入団した大谷、藤浪、鈴木が一軍の中心となる一方、大学で4年間を過ごした同世代は、ようやくスタートラインに立った。2016年は、1994年世代の早熟と遅咲き、成功と停滞、期待と現実が分かれ始めた年でもあった。

 その上の1988年世代は円熟期を迎えていた。田中将大はヤンキースのエースとして結果を残し、前田健太はメジャー1年目からドジャースで16勝。坂本勇人はセ・リーグ史上初となる遊撃手として首位打者となり、柳田悠岐はトリプルスリーの翌年も最高出塁率を獲得した。その他の選手を見ても、スターだけでなく、多様な役割を担う選手がそろい、世代としての厚みを示していた。
 そして、その下では1998年世代がプロ野球の入口に立っていた。夏の甲子園では今井達也が作新学院を54年ぶりの全国制覇へ導き、寺島成輝、藤平尚真、高橋昂也とともに「高校BIG4」と呼ばれた。
 だが、後に世代を代表する投手となる山本由伸は、甲子園のスターでもドラフト1位でもなかった。オリックスからの指名は4位。その山本が、やがて日本球界の絶対的エースとなり、海を渡り、大谷と同じユニフォームを着ることになる。

 2016年から10年後の2026年に立って振り返ると、この一年の意味はさらに大きく見える。大谷は二刀流の可能性を日本で証明し、世界最高峰で野球選手の限界を更新し続けた。高校BIG4の陰にいた山本は、日本とメジャーの頂点へ到達した。鈴木誠也は「神ってる若手」から、世界で戦う強打者となった。
 一方で、順調に見えた選手が故障や不振に苦しみ、下位指名だった選手が中心選手へ成長した。才能の評価は固定されたものではない。環境や運用、役割、身体、指導者との出会いによって、キャリアは何度でも変わりうる。その現実を、この10年間は示している。だからこそ、2016年は「大谷翔平がすごかった年」だけでは捉え切れない。日本ハムが最大11.5ゲーム差を逆転した年。広島が25年ぶりに優勝した年。大谷と鈴木という若者が両リーグの中心に立った年。1988年世代が円熟し、1994年世代の道が分かれ、1998年世代がプロへの扉を開いた年である。

 そして何より、「選手は一つの役割に専念するものだ」「ドラフト順位が才能の序列を示す」「若手は実績を積んでから中心になる」といった常識が、次々と書き換えられ始めた年だった。

 なぜ大谷は二刀流を成立させられたのか。なぜ日本ハムは11.5ゲーム差を逆転できたのか。なぜ鈴木は広島の25年ぶりの優勝を象徴する存在になったのか。なぜ藤浪は苦しい道へ向かったのか。なぜドラフト4位の山本が世界最高峰へ到達できたのか。
 本書では、2016年の大谷翔平を中心に、その前後へ広がる複数の物語を読み解いていく。

※本書で使用するデータは、刊行スケジュールの都合上、原則として2026年シーズン前半終了時点のものを基準としている。ただし、内容の理解を深めるうえで必要と判断した箇所については、一部、執筆・校正時点で確認可能な最新データも反映している。

【目次】

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