その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は原田亮介さんの『 経済の仕組み 学び直しの教科書 波乱の時代、株・金利・為替はどう動く? 』です。

【はじめに】

 この本を何のために書いたのか、その話から始めましょう。

 2024年8月は日本の市場=マーケットが大きく揺さぶられ、歴史に刻まれる急激な下落も記録しました。「令和のブラックマンデー」と呼ばれた8月5日の日経平均株価の下落幅は4451円に達しました。1987年10月19日にニューヨーク市場で株価大暴落(ブラックマンデー)が起きたのですが、その翌日の東京市場の下落幅3836円を大きく上回り、過去最大となりました。

 8月1日の終値から5日の終値までの日経平均株価の下落幅は6600円余りで約17%に達しました。多くの人が市場の大混乱に驚いたことと思います。米国市場で株価が暴落したわけではありません。大地震が発生したわけでもありません(8月8日に南海トラフ地震に関して初めての臨時情報が発せられたのは偶然ですが)。

 では、株価の急激な調整はなぜ起きたのでしょうか。経済の仕組みを理解して、あらかじめ想定シナリオに組み込んでおくことができれば、さほど気が動転する出来事ではないことがわかります。言い換えれば、いま起きていることと、これから起きそうなことを頭の隅の引き出しに入れておくためにはどうするか。それをわかってもらうのがこの本の狙いです。

 時間を追って2024年8月のマーケットとその材料になった記者会見や経済指標を追ってみましょう。市場の大きな変調は、7月31日昼に日銀が0.25%への利上げを決め、その後の記者会見で植田和男総裁が追加引き締めに前のめりの姿勢を示したことでタネがまかれました。

 半日経った8月1日未明には米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が「9月に利下げをする可能性がある」と記者会見で話しました。米市場では景気後退(リセッション)観測が急速に広がり、米10年物国債の利回りが急低下し、ニューヨーク株も下落しました。決定的な追い打ちが日本時間2日夜に発表された7月の米雇用統計でした。失業率が4.3%に上昇するなど雇用悪化を示したからです。これを受けた週明け5日の東京市場で日経平均株価の下落が加速したのです。

 テレビ東京でワールドビジネスサテライト(WBS)の解説キャスターを務める私は5日夜、局で番組開始を待っていました。パリ五輪の特別編成のため、番組開始が160分押しの6日午前零時40分からだったためです。

 注目したのは3つのポイントです。

 1つは米国の景気後退懸念を材料にした株価調整なのに、米国より日本の株価の下落幅がはるかに大きかったこと。つまり、東京市場固有の要素が大きいと想像できます。

 2つ目は円相場の動きです。7月3日に1ドル=161円90銭をつけたのが、8月5日は一時141円台まで円が急騰したのです。この点は円キャリー取引との関係で後程詳しく説明します。

 3つ目は「安い日本」といわれ、経済界からも不満が噴出していた円安についての政府・日銀のスタンスです。そもそも政府・日銀は急速な円安に警戒感を強め、2022年9月からしばしば円買い・ドル売り介入に踏み切ってきました。私が隔週で配信している日本経済新聞の読者向け8月2日のニューズレターには「円安底抜けへの恐怖と利上げ」と題してこう書きました。

 「政府・日銀の周辺を取材すると、次のような構図が浮かび上がってきます。円安が1ドル=160円台で止まらず170円を割り込む事態を最も恐れたのは神田真人財務官(当時)です。(中略)首相官邸は神田財務官の主張に近く『新興国型の通貨安』を警戒していました。円安による消費不振に頭を痛め、ガソリン補助金など対症療法からの撤退も念頭にありました」

 東京株の大幅な株価調整は追加利上げに積極姿勢を示した日銀総裁の責任が大きいとして「植田ショック」とも呼ばれていますが、実態は少し違うように思えます。総裁会見のたびに投機筋に狙われ、円売りの場を提供してきた日銀に、もう少し利上げに積極的な姿勢を示すべきだと働きかけたのはむしろ首相官邸だったのです。問題の追加利上げに積極的な記者会見の意図は円安のけん制にあり、事実その直後、首相周辺からは「満点の会見だった」という声が聞かれました。

 もちろん、株価を暴落させようと思って円安をけん制したわけではありません。けん制が効きすぎて雪崩のような「損切り」が発生したのです。損切りとはそれまで抱えていたポジション、この場合は円売りと株買いのポジションですが、そのロジックが環境変化で成立しなくなったということです。逆方向の動きが許容範囲を超えると、損失覚悟の円買い、株売りが発生し、売りが売りを呼ぶ雪崩のような展開になります。相場の急変動の多くはこの損切りの加速で始まります。

 ここで円キャリー取引について説明します。狭い意味では金利が低い通貨を借りて、金利が高い通貨で運用することを指します。日銀の利上げの直前までは実質ゼロ金利の円を借りて、5.5%のドルで運用することができたわけです。

 円を借りてドルでなく日本株で運用するのが、短期の投資益を狙う海外の投機筋のスタンスでした。日本株が上昇すると円資産が増加するため、円安のさらなる進行に備えてもう一段の円売りを進めます。この結果、円安 → 日本株高 → 円安のリンクが強まっていたのです。中国経済の不振でアジアのもう1つの投資先として注目されてきたことや、円安 → グローバル企業の業績改善 → 株高という要因もありますし、日本企業の経営効率の改善という側面ももちろんあります。

 ただ、わずか4日で約17%も日経平均が値下がりするのは、そうした後付けの静止画分析のようなロジックでは説明できません。

 160円からのさらなる円安進行を阻まれ、牛歩のような利上げを見込んでいた日銀が突然タカ派に変身し、肝心の米国でも景気後退懸念が広がってロジックが成立しなくなったため、円安の進行を前提にした投機筋はポジションの損切りを迫られたのです。単なる損切りではなく、自ら作った株安の雪崩に乗じて、株の空売りを仕掛けて損失を取り戻す動きもあったでしょう。

 私は6日未明のWBSで「円高が止まれば株安は止まる」と解説しました。2022年秋に一時151円台まで行った円安が反転し、127円で止まったことを例に出し、「137~140円、24円程度の円高が壁になる」と話しました。満員の劇場で「火事だ」という叫び声で群衆が非常口に殺到する。それがパニック売りです。しかし、ボヤだとわかればパニックは止まります。たまたまかもしれませんが、円相場は141円台を天井にして146~147円程度で推移し、株価も落ち着きました。

 一言でいえば、円安と株高が連動する構造であったことがわかれば、逆も真なりです。なぜ投資家は予想できなかったのでしょうか。それは円安・株高は長い時間をかけて進行したので、逆の動きもゆっくりと進むと考える「現状バイアス」が働くためです。

 ここ数年の経済ニュースに「30数年ぶり」という形容詞がつくことが非常に多いことにお気づきでしょう。株価や好調な企業業績をみて、日本経済がついに「停滞の30年」のトンネルから脱する兆しと感じとる人もいるでしょう。

 ただ、「経済ニュースは難しい」と感じる方も多いと思います。経済学を学ぶには数学を学び、統計の分析も必要です。しかし、日常の暮らしにそれが必要かどうかといえば、多くの人がその知識はなくても暮らしに不便はないと思っているでしょう。実際、メディアの経済記事も、私を含めて、むしろ経済学部以外の出身者が書いているケースが多いのです。

 さらにいえば、年齢や立場によって、人それぞれ関心のある経済のテーマは異なります。就職したばかりの世代は自分の会社や業界の仕組みを理解するよう求められますが、それがやりたい仕事なのかどうか悩んだり、転職を考えたりします。もっと待遇のよい職場を探すこともあるでしょうし、結婚して家族を持つために少しずつお金を貯めようという人もいるでしょう。2024年1月に制度が拡充された積み立て型の新NISA(少額投資非課税制度)を始めた人も多いはずです。

 一方、すでに「第2の人生」に入った人にとっては、老後の過ごし方がとても気になるでしょう。老後の資金や自分の健康、あるいは老親の介護の心配を抱える人も多いと思います。

 そうした読者のすべての関心に応えることは難しいのですが、お金を貯めたり、ローンを組んだりする時、業界や会社の将来を考えたり、世界の経済対立の行方を占ったりする時に共通する思考のフォーマットがあります。そうした「自分事」をめぐる判断でも、納得のいく選択をするには「経済の仕組み」を理解することが欠かせません。

 たとえば、金利の仕組みがわかれば、お金を借りる時や資金を運用する時、図形に補助線を引いて解答がひらめくように、より納得のいく判断が得られるでしょう。基本的な仕組みを押さえつつ、近年の変化を踏まえることで、世の中の先行きをある程度は見通すことができるのです。そうした先読みの方法を紹介するのが本書の目的です。

 私は日本経済新聞社に入社して約40年、記者や編集者として報道に携わってきました。テレビで経済ニュースの解説をする時にハタと気づくのは、実は視聴者のみなさんも同じ悩みを抱えているのではないかということです。

 インターネットで調べれば自分の関心領域を簡単に深掘りすることができる時代になりました。英語や中国語のニュースや発表資料も、翻訳の精度に少し目をつぶればマウスの右クリックひとつで日本語になります。しかし、深掘りすればするほど、不必要な情報の海に溺れることがあります。

 何が大事で何が大事でない情報なのか、それを見分けるのが経済の先を読む思考のフォーマットです。純粋な経済ニュースだけが経済に影響を与えるわけではありません。ロシアによるウクライナ危機や中東情勢の緊張、米中対立による供給網(サプライチェーン)の分断も世界経済に大きな影響を与えています。

 本書は6章で構成しています。全体を通じて図表を多く配して視覚的にわかりやすいように工夫しました。第1章の「市場を読む」では金利、為替、株式、金や原油、暗号資産などについて、それぞれの市場を動かすポイントと、従来の常識をアップデートすべき点を挙げています。それぞれの市場が影響し合う場面が非常に増えており、なぜそうなるかもわかりやすく説明したつもりです。

 2024年10月の衆院選では、自民党と公明党の与党が議席の過半数を取れず、少数与党になりました。野党が結束すれば内閣不信任案が可決され、首相のクビがとぶ極めて不安定な政治状況です。政局の混乱は市場に影響を及ぼします。2007年から首相が1年ごとに6人も代わった「悪夢」を繰り返さないか、注視する必要があります。

 第2章は「景気を読む」です。日本は人手不足で大企業では大幅な賃上げが実現しましたが、実質経済成長率は個人消費の低迷によって振るいません。経済成長率、物価、賃金、雇用などの項目について、この30 年で日本経済がどう変わったのか、変わらなかったのか。生産性の向上が今後のカギを握ることも解説します。

 第3章は「金融政策を読む」です。日米欧の中央銀行について、過去も含めて金融政策決定のポイントを紹介しました。インフレに悩む米国が高金利政策を続け、物価高で消費が振るわない日本は利上げが遅れて、円安が進行したことは皆さんもご存じだと思います。その裏にはどんな変化があるのか、長期的にみて円相場は2021年頃の1ドル=110円に戻ることがあるのか、思考実験もしました。金融危機などで米景気が大きく落ち込まない限り、可能性は低いでしょう。

 第4章は「企業を読む」です。企業には、その株式に投資をするかという投資家の視点、その企業で働くかどうかの社員の視点、さらに取引先の視点などがあります。まず損益計算書(PL)とバランスシート(BS)の読み方をおさらいします。生成AIブームの代表銘柄の米エヌビディアから成長する企業の特徴を抜き出します。「失われた30年」から日本企業がどう脱出すべきかも考察しました。

 第5章の「人口減少を読む」は、世界の人口動態、社会保障と財政、インフラと災害などの項目を取り上げます。日本は少子化対策が叫ばれて久しいですが、出生率は上昇しません。それは日本に限定された課題ではなく、いまや世界各国が共通して直面しています。2100年の中国の人口は2020年の半分になります。人口減少に伴って、インフラや交通網の拡大を追求してきた日本の国土政策は、縮小に向けた大きな転換点を迎えています。それは年金や医療保険制度にどんな影響を与えるのか。財政の持続性にも影響を与えるでしょう。

 第6章は「地政学を読む」です。中国、ロシアのウクライナ侵攻、中東危機などを取り上げます。近年のウクライナ危機や中東ガザ地区の紛争などは過去の歴史に淵源があります。それを説き起こせばそれぞれ1冊の本になりますが、なぜ権威主義国家が西側先進国の制止を聞かずに領土の拡大に走るのか、地政学の変化が世界経済に何をもたらすかを中心に解説します。米国のリーダーシップと、国際協調による安定的な国際秩序を回復するにはどうしたらいいか考えてみたいと思います。

 本書は「学び直し」をコンセプトにしています。2章、4章、6章の最後にもっと深く理解するために私が参考にしてきたブックガイドをコラムとして加えました。

 経済は生き物です。今日の正解が明日の正解とは限りません。金利や円相場、株価などが示すシグナルから経済の先行きをどう読むか。長期の人口動態から子どもや孫たちに何を伝えるか。波乱続きの国際情勢から日本の将来に必要なことは何かを考える時、この本が読者のみなさんのよりよい生活や仕事に役立つことを願ってやみません。

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示