NHK大河ドラマや“月9”など、映画やドラマで数々の話題作に出演。ミステリアスなまなざしと稀有(けう)な存在感で見る者を魅了する俳優・門脇麦さんは、大層な読書家でもある。彼女にとって本は「いつもそばにあるもの」であり、人生のさまざまなシーンで、寄り添ったり、励ましたり、楽しませたり、導いたりしてくれる存在だった。古今東西、硬軟も縦横無尽に網羅するその読書遍歴から、今回は「人生に影響を与えた3冊」をテーマに、本を選んでもらった。大切な3冊と、そのエピソードとは――。

読書家の父が薦めてくれた

  『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル著、みすず書房) は、ユダヤ人精神分析学者であった著者による、ナチスにより強制収容所体験記です。語られているのは、「生身の体験者の立場にたって『内側から見た』強制収容所」。著者自身も含めた収容者の様子が、リアルに、具体的に、詳細に描かれています。

原題は『強制収容所における一心理学者の体験』。収容されたナチスの強制収容所で「番号」119104として経験したことを書き記した手記。人間の恐ろしさと偉大さが描き出される。1947年の初版以降、世界中で翻訳され、世代を超えて現在も読み継がれている
原題は『強制収容所における一心理学者の体験』。収容されたナチスの強制収容所で「番号」119104として経験したことを書き記した手記。人間の恐ろしさと偉大さが描き出される。1947年の初版以降、世界中で翻訳され、世代を超えて現在も読み継がれている

 初めて読んだのは小学生の頃でした。読書家の父が「まだ難しいかもしれないけど、読んでごらん」と薦めてくれたのがきっかけだったように思います。その時は、戦争の残酷さとか、本当にこんなことがあったんだ、こんなことをした人間、こんなことをされた人間がいたんだ、という衝撃を受けたところで、この本の印象は止まっていました。

 その後、中学生のとき、高校生のときと、折々に読み返してきましたが、そのたびに新しいものが見えてくるんです。人間の力強さに胸が熱くなったり、いかに今の自分が恵まれているかということに思い至って恥ずかしい気持ちになったり。

「コロナ禍の今なら、また違ったものが見えてくると思います」
「コロナ禍の今なら、また違ったものが見えてくると思います」

自分の中の“重し”のような存在

 本来は、あまり読み返したくない本だと思うんです。楽しい内容の本ではないですし、人類の負の歴史の一部ですから、覚悟がないと開けない。

 でも、『夜と霧』は自宅にも、実家の本棚にも置いてあって、その背表紙がなんとなく視界に入っているというか、「ここにあるなあ」という存在感がつねにある。毎日思い出すわけではないけれど、脳の端っこに、この本がある。私にとっては、自分の中にひとつ持っていたい“重し”のようなものなんですね。

 だから、読み返してしまう。ささいなことで悩んだり、忙し過ぎて精神的に不安定になったりと、自分の足元がおぼつかなくなっていると感じるときに、この本を手に取って、パラパラめくるんです。

 しっかり読み返す、というよりは、目に入ったところを読む。そうすると、思うんです。今、自分がとらわれていることは、なんて小さなことなんだろう、と。

 そんなことで悩めていること自体、ありがたいことだぞ、と。そして、本を閉じた後には、不思議と勇気が湧いてくる。奮い立つような気持ちになっているんです。

 子どもの頃からかなりの本を読んできましたが、こういう本は、他にはありません。だから、今回のような本に関する取材のときには、必ず挙げてしまうんですよね。強く、重い1冊。私にとってのバイブルです。

 幼い頃からずっと、そばに本がありました。

図書室の本を読み尽くした小学生時代

 幼稚園の頃は母が読み聞かせをしてくれていましたが、絵本というよりは、アレクサンドル・デュマ『巌窟王』とか、C.W.ニコル『裸のダルシン』とか、児童文学が多かったですね。

 だから、小学校に入学して図書室に行ったら、「こまったさん」シリーズみたいな読みやすい児童書がたくさんあって、むしろ新鮮でした(笑)。『大どろぼうホッツェンプロッツ』とか『長くつ下のピッピ』とか『やかまし村の子どもたち』とか、そのあたりが、最初に自分で読んだ本です。学校の図書室の本はあらかた読み尽くしました。

 地元の図書館にもよく行きました。いつも貸し出しの上限いっぱいまで借りては、2週間で読み切っていました。学校に持って行って、授業中も机の下に本を差し込んで隠れて読む、なんていうことも。3冊くらい並行して読んだりすることもありましたね。本当に、どんな本でも読みました。

 振り返ってみると、こうした読書習慣で、私には「考えるくせ」が身に付きました。

 それは、俳優という仕事にも役に立っていると思うんです。例えば、Aという女性の役をいただいたとします。Aさんは、一般的に見れば「とても個性的」な面があります。けれど、別の誰かにとっては、共感できる部分があり親しみの持てる人物だったりする。そもそも、Aさん本人は、自分のことを個性的だなんて思ってもいないかもしれない。

 そんなふうに「視点を変えて考える」ことは、役への理解につながっているんじゃないかと。たくさん本を読んだおかげだなあ、と思いますね。ほんと、小学生の自分に感謝です(笑)。

「小学生のころからの読書習慣で、物事を見る時の視点が増えた気がします」
「小学生のころからの読書習慣で、物事を見る時の視点が増えた気がします」

取材・文/剣持亜弥 写真/中川容邦 スタイリスト/皆川 bon 美絵 ヘアメイク/秋鹿裕子(W) 構成/平島綾子(日経エンタテインメント!編集部)

衣装協力/トップス Acne Studios(Acne Studios Aoyama/03-6418-9923) スカート スタイリスト私物 イヤーカフ、リング全てatur(www.atur.jp) ブーツ スタイリスト私物