模型雑誌から乗り物絵本へ、そしてスカイツリー、築地市場、やぶこぎ、ランドセル!? 題材が広がる一方で描くのは紙に水彩、ペン、クレパス。そこまでこだわる紙の絵本の魅力とは。小山市立車屋美術館で開催中の「モリナガ・ヨウのおしごと展 1987-2026 絵本とモケイとじいちゃんと」(8月30日まで、アートディレクション・大岡寛典事務所、企画協力・めくるむ)で、インタビューしてきました。
さて、いよいよ絵本作家としてのモリナガさんのお話を聞いていきます。
モリナガ・ヨウ(以下、モリナガ): 絵本は『 新幹線と車両基地 』(2009年、あかね書房)が最初でした。ちょうど子どもを育てて、その中でもう一回児童書に出合った時期だったので、タイミングが良かったですね。ただし、とにかくスケジュールがつらかった思い出があります。
え、雑誌の「発注は今日、締切は明日」の修羅場(第1回参照)をくぐったモリナガさんが?
モリナガ:雑誌の時間しか知らない自分が、絵本の時間っていうものを浴びたんですよね、描き下ろしってこれが初めてですもん。
そうか、これまでの単行本は雑誌の連載をまとめたものでしたね。でも、締め切りという点では絵本のほうがゆるやかじゃないですか。
「自分が描かないと永遠に終わらない」恐怖
モリナガ:雑誌は長くても作業2週間、ほかのページもあるから落としてはいけないけれど短期間なら無理もできる面白さもありました。描き下ろしは「全部自分が描かないと完成しない!」というプレッシャーがありました。
そういうものですか。
モリナガ: おかげで次の『 消防車とハイパーレスキュー 』(2010年、あかね書房)は、半年取材して、半年描いて、スケジュールをしっかり守れた、私の人生でも指折りに優等生な本なんです。のちに「描き終わらないとそもそも出ないので遅らせられる」というカラクリに気づいちゃうんですが。この本の取材は、消防署の方に「見たい」と言ったらなんでも見せてくださって楽しかったですね。
乗り物絵本はこれまでのマニア路線に近いノリがあって、大人のモリナガファンにとっても「なるほど、そう来たか」と思える範囲でしたが、次の絵本は驚きました。『 図解絵本 東京スカイツリー 』(2012年、ポプラ社)。
モリナガ:これについては日経ビジネスで取材していただきましたね。
はい、「スカイツリーで子供に見せよう、『オトナの仕事』」で、ファミレスでねっちりお話を聞かせていただきました。
モリナガ:工場で見た鋼管に付いている枝管や継ぎ手などの突起が、組み立て現場で「ああ、こういうことだったのか」と理由が分かるのが面白かったです。
スカイツリーを形作る鋼管は約3万7000個。凸凹がすべて異なってそのすべてに意味があり、それを設計する人、制作時間のスケジュール出しのために4分の1のサイズで作る人、現場で誤差3ミリで組み立てる人がいる。絵本なのにグッときました。
モリナガ:なにもない更地に高さ600メートル超のタワーが建つのは、オトナの仕事の結果なんですよね。
展示会で見ると、絵本よりさらに色が繊細で鮮やかですね。写真でそれがどこまで伝わるかな……。
モリナガ:ああ、美術館は照明のクオリティーが高いので、水彩の色が奇麗に出ますねえ。ここまで出すのは難しい。だから元の絵のクオリティーをすこしでも上げなきゃと頑張ってます。
鋼管をこんなにきれいに描く画家さんっていないと思います。
モリナガ:土木現場とか、建設機械の絵をたくさん描いていてよかったです。担当の方からは「私どものために経験値をためておいていただいてありがとうございます」と言われました(笑)。
2015年に出た『 築地市場 絵でみる魚市場の一日 』(小峰書店)ではさらにびっくりさせられました。
モリナガ:こちらもねっちり話を聞いていただきました。
はい、この絵本のモリナガさんのお話、詳しくはぜひ「『すみません、築地市場、なめてました!』」(日経ビジネス電子版)をお読みください。当時、「壮絶にゴチャゴチャした訳の分からないものをまとめないといけない。ひたすら夜の場面が長かった」とおっしゃってました。スカイツリーをまとめ、イラストルポの手だれのモリナガさんがそんなに苦労するとは、と当時思いましたが、こうして原画を見ると、こりゃ大変なお仕事だ、ということがよく分かります。
夜の築地市場を、単純な暗闇じゃなくてその中に詰まっているものを見せなければいけない、と言われましたが、元絵は黒と青のグラデーションがすごく濃密。
モリナガ:人が多くて、トラックが来て、ターレが走り回り、魚が運ばれ、周囲は暗いのに市場はひたすら明るい。こういう「過剰さ」はシンプルに面白いんですけれど、そのやりすぎ感を、読んでいる人が理解できるように整理しないと「とにかくすごかった」で終わってしまいます。ラフでまず全部気になったところを描いて、いったん自分の中でのみ込んでから、距離を取って相対化し、整理する。そこに苦労して、最初の取材から3年かかってようやく本になりました。
文字に頼れない読者をどう楽しませるか
しかし、大人のモリナガファンがさらに驚いたのは『 らんらんランドセル 』(2022年、めくるむ)ではないかと思います。ランドセルを初めて買う、幼稚園や保育園に通う年齢の子どもたちが読む。つまり、情報としての文字の機能がほとんど頼りにできない。「モリナガさんが……ランドセルですか?」と、首をひねりながらお話を伺いに行きました。
モリナガ:スカイツリー本を担当していただいた編集者が独立して、お声がけくださって描いた絵本です。この展覧会も企画協力をいただきました。
「児童書バカ一代」という方でしたよね。『らんらんランドセル』は編集者の方も含めて、たっぷりお話を聞いています。
モリナガ:絵本は「情報」じゃないんですね。言ってしまうと当たり前ですが、絵、そのもので伝えないと。大人も楽しめる絵本をいくつか描いてきて、分かったつもりになっていましたけれど、未就学の読者さん向けは全然違う。
「概念や文字では情報を補えない相手に、絵の力でどう理解して、楽しんでもらうか」ということですね。
モリナガ:新品のランドセルは、陰りがいっさいない、まぶしいくらいのポジティブさ、ポジティブの塊なんです。いろいろな縁をたどって集まってもらった小学生たちからは、子どもにとってのランドセルの存在感の強さ、大きさを教えてもらいました。
あとは、タイトルもそうだし本文の言葉を編集者さんがアドバイスしてくれて、それで「分かった」ところがあります。読者が見えたというか。「らんらん」「みてみて」という言葉のリズムが大事だと目からウロコが落ちて、自分の子どもに読み聞かせをした絵本を引っ張り出して、全部読み返した。いい絵本は言葉がものすごく練れている。それに合わせて絵も、読んでいる子が「みてみて」と思うように描かなくちゃいけない。画材も替えたし、タッチも変えました。日経ビジネスのインタビューでもお話ししましたけど、職人気質の印刷会社さんとめくるむさん、デザイナーさんとで、これまでにない色の質感にも挑戦しています。
そして、だからといって情報量も落としてはいないんです、実は。読者に合わせた見せ方をしているんです。
それはやっぱり……。
モリナガ:そう、「築地市場」と同じです。最初はいつものイラストルポみたいなラフを描きましたが、そこから未就学の読者さんの読み方、楽しみ方を学んで、のみ込んだ情報を整理して整理して、見せ方を考えました。
整理して、順番を考えて、ちょっと足す
せっかくの原画展なので、絵の話ももうすこし。『 やぶこぎ 川辺の草はらと生き物たち 』(2023年、くもん出版)。
モリナガ:環境科学博士の畠佐代子先生と共著の、「はじめての河川敷絵本」です。
オギが風に大きくそよぐ様子が丁寧に描かれていてびっくりです。
モリナガ:このオギをかきわけて歩くのが「やぶこぎ」ですが、そもそも背丈より大きい草ってあまり見たことがないでしょう。電車から見ているとこの絵みたいに、サイズ感が伝わらない。
確かに。
モリナガ:そこで、こういう絵を入れるわけです。
おおっ! こうやって順番で見せるから伝わるのか。
モリナガ:大きなものを描くときは、自分が知っているものを隅っこにでも入れておくと感覚がつかめるので、土木学会の学会誌の表紙イラストでも、ほら。
「まず全部描いてみて、のみ込んだ情報を整理して、見せ方を考える」とさっきおっしゃっていましたが、そのやり方をもうちょっと具体的に言っていただくことはできますか。伝えるにあたって整理する。これはなくてもいいかな、と思う要素をどんどん削ぎ落とす。そして、どういう順番で、どういう大きさで見せると一番分かりやすいかを考える、という理解で合ってます?
モリナガ:そうですね。そして、「これを足したらおもろいよね」っていう要素を、後から足していくのが自分のクセかもしれません。
理解を高めるだけじゃなく「あ、面白い」と思ってもらうことで、理屈だけじゃなくて感情、感覚もフックにする、みたいな?
モリナガ:例えばこれがそうかな。
竹でつくったダミーの戦闘機。敵の攻撃を引きつける囮(おとり)ですね。
モリナガ:絵としてはなくても成立しますが、「スピナーまで。」と一言付け加えました。
プロペラの回転軸の根元に付ける、円すい状の部品ですね。そもそも竹製の囮なんだから、たぶんスピナーがなくても何も問題はないんだけれど、「そこまでやったのか」と、笑えない気持ちが残りますね。なるほど。
モリナガ:もちろん読者の年齢やバックグラウンドによるんですが、情報として必要最小限に整理して、順番を整えて、だと、よくできた普通のトリセツ(取説)とそう変わらないかもしれない。そこに「面白い」と感じた要素を付け足すんです。
なるほど……。そういうやり方は、やはり第1回で伺った情報誌で身につけた?
モリナガ:……いや、違いますね、もっともっと昔、子どものころだと思いますよ。
というと?
モリナガ:この小山市立車屋美術館は、お隣に江戸時代から明治にかけて肥料問屋を営んでいた小川善平さんの邸宅があるんです(小川家住宅、国の登録有形文化財)。今回の展覧会はそちらもお借りしているので、そこでお話ししましょう。
これは……すごい!まさに「モケイ少年 夢の夏休み」ですね。
モリナガ:夏休みはこうして畳にプラモデルを広げてちゃぶ台を占領してプラモ三昧……したかったですよね。家から選抜して持ってきました。自分が「情報をよく整理して、面白さを足す」ことを学んだのは、この場所だと思います。
ええ? プラモデルですか。
タミヤのプラモデルが教えてくれた「大人の本気」
モリナガ:正確に言いますと、タミヤ(田宮模型)の戦車のプラモデルですね。タミヤはプラモデルそのものだけじゃなくて、箱とインスト(インストラクション、組み立て説明書)が素晴らしいんです。ほら。まず箱絵がかっこいい。
白ヌキで緊張感と品がありますね。なんか高級そう。
モリナガ:タミヤは嗜(たしな)まれませんでしたか。
艦船系が主でしたので。
モリナガ:箱絵にデザイナーさんの明快な意図があって、構図として完璧にしてるなと。水平、垂直の線がきれいに整っているでしょう。みっちり隙がない配置のようで、ちゃんと空白もとってある。だから高級感もある。白い背景だから、情景を自分で想像することもできる。これを手に入れた子どもは、後ろに地平線まで広がるロシアの大平原を勝手に見るわけです。映画のポスターみたいですよね。
いきなり組み立て図かと思ったら、その兵器の歴史や、ライバル兵器の紹介ががっつりと書かれています。
モリナガ:そう。これから作る兵器のヒストリーを語った上で、締めで例えばIV(4)号戦車だったら「苦しい立場にあった当時のドイツの戦況を考えると、ドイツ技術者の技術に対するあくなき探究心と、それを許したドイツ陸軍兵器局の技術者に対する信頼の強さは、驚くべきことと言えるでしょう」と盛り上げている。
そんな戦車のプラモを僕はこれから作るんだ、やるぞー!となって。
モリナガ:気持ちを盛り上げるだけ盛り上げて、そして組み立てはいきなり面倒なリアパネルから。だけど、「淡々と斜め上図面」だけではなく分かりにくいところをアップにしたり、裏返したり、適宜写真が入ったりと、ほしい情報が順序よく理解しやすく出てくるんです。図解の教科書でしたね、これはよく言われることですが、タミヤのプラモって、そういう、組み立て自体も一つのエンターテインメントとして考えているんです。当然、インストもただのトリセツではなく、分かりやすいことに加えて、面白い!やってみたい!という気持ちを高めるように工夫している。
ああ、さっきのお話。モリナガさんはタミヤのプラモデルを作りながら学んだんですね。
モリナガ:当時も大人のユーザーはいましたが、どう考えてもプラモを買う層は小学生だった時代に、子どもだましのかけらもない、「戦車とプラモデルが大好きな大人」の、全力が、タミヤのパッケージにはたたき込んであるんですよ。だから自分にも伝わったし、「自分もそうしたい」と思ったんでしょうね。
なるほど……。男の子、いや、子どもの心が根底にあるのかな。
モリナガ:そうですね、詰まるところは、子どもみたいに「今、これが知りたい」っていうことを題材に選んで描くから、ただの懐かしいものにならずに済んでいるのかもしれないですね。ついこの間還暦になりましたけど、相変わらず「すげえ」って驚いてます。男の子心の発散、バカ男子っていうか(笑)。 我ながら展示を見ると「人生楽しそうだなあ」みたいな感じです。本当に、前後に2年ずれてたら全然違う人生だったんじゃないですかね。
モリナガさんが自分の好きなことに子ども心で反応して、分かりやすく面白く描く。そこに他の人が自分と重なる好きなことを見つけて、自分の子ども心で反応してくる。今回のキービジュアルのとある箇所に、さっきも学芸員の方や小山市の副市長が激しく反応していましたね。「これはもしや」と。
モリナガ: まず見たとおり全部描くっていうのは、その子ども心の一つの表れかな。電車好きの子どもの描く絵ってみんなそうじゃないですか。全部描こうとしてる。「あれも忘れちゃいけない、これも忘れちゃいけない」って。
好きだから、面白いと思うからそうなるわけですね。
モリナガ: 嫌いだったら続かないっていうのはあるでしょうね。仕事だったら「オンオフ」とか言うじゃないですか。全然そういうの分かんないんですよ。基本的にはいつも自分が「わあ面白い」というところを燃料というかトリガーにしてやっていますね。
紙で読むから絵本が面白い理由
雑誌の衰退から始まって紙の市場がどんどん狭くなる中で、絵本に至ったわけですが、この先って考えたりします?
モリナガ:うちの祖父(日本画家の菊川京三氏)も、滅びの肉筆模写職人(※)ですから。滅びは私にとっての日常なのだ、という(笑)。
そういえば絵本は、なぜ雑誌のようにデジタルへの移行が進まないんでしょうね?
モリナガ: 絵本って、あの見開きサイズが面白さのコアなんですよ。
?
ああ、そうか!
モリナガ:本当に娘が、子どもがこうやって抱えて読んでいたんです。「これか」と。あれ、自分の体の半分以上、大人に置き換えたらタテ1メートル、ヨコ2メートルとかのサイズですよ。全画面没入サイズなんです。
それを持ち歩くとなると、当分ディスプレーじゃ無理だわ。
モリナガ:それだけじゃなくて、紙はディスプレーみたいに機種によって色が変わるなんてことはないし、見るサイズも変わりません。そして何より、手で持って触れる、そこにある「もの」としての強さがあります。だからこそ「めくる」という子どもの主体的動作がある。
ほう。
モリナガ:動画やアニメは、勝手に「流れる」のですが、絵本は「めくる」ことによって、子どもが自分の意思で時間を進めることができる媒体。これが、実は大きい……と、「児童書バカ一代」の編集者さんは言っていました。
本にはそれ自体に、個別のものとしての愛着がありますね。子どもの頃読んだ本って、世界がそのままパックされて保存されているような。
モリナガ:そうそう。モノだから生まれる強さってそういうことです。だから自分はいつまでも、紙にグリグリと絵を描いて、紙の本をつくっていると思います。



















