JR中央本線・上諏訪駅から徒歩7分のところにある「生活と芸術の本 言事堂(ことことどう)」は、女性店主の宮城未来(みき)さんが経営する古書店。2007年に美術書主体の店として那覇市で開業。一時休業の後、諏訪に移転して2023年1月に再オープンした。霧ヶ峰の山小屋での出張読書会、店内での音楽ライブ、近隣美術館の関連イベント企画など、古書店の枠を超えた活動も行う。なぜ那覇から諏訪だったのか、イチ押しの本、これからやっていきたいことなど、宮城さんに聞いた。

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那覇から諏訪へ移転

宮城未来(みき)さんが言事堂(ことことどう)を始めるに至った経緯を伺います。宮城さんは香川県高松市出身、倉敷芸術科学大学で陶芸を学び、その後沖縄に移住されたのですね。

宮城 はい。大学院で陶芸の勉強を続けようと、沖縄に移住しました。ギャラリーの運営や企画の仕事をしているうち、そちらにのめり込んでいきました。その流れで美術やアートの本を扱う書店を始めたいと思うようになりました。

 沖縄には県立の芸術大学があるのですが、学生さんが美術書を買える書店がありませんでした。美術書というのは絵画・工芸に関する作品集や展覧会のカタログ、美学の本など。どれも高価ですから、若い人にとっては新刊書店よりも古書店のほうがいいと思いました。美大生が作家として身を立てていくためには、作品のコンセプトや見せ方など本から学ぶことも大切です。そういったことはなかなか授業では学べません。

 沖縄の古書店では、県産本(沖縄の出版社の本)を扱うのが普通でしたから、美術書中心の言事堂を始めた当初、業界関係者にずいぶん驚かれました。でも先輩方は皆さん優しかった。みんなで助け合っていこうという、沖縄独特の「ゆいまーる」精神なのか、いろいろ教えていただきました。私は美術への関心から古書の世界に入りましたが、次第に古書店の商売の面白さに目覚めていきます。

その後2021年に那覇の店を閉じ、諏訪に引っ越します。

「たまたまSNSで諏訪のことを知り、移住を決めました」と話す宮城未来さん
「たまたまSNSで諏訪のことを知り、移住を決めました」と話す宮城未来さん
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宮城 はい。ちょうど新型コロナウイルス禍の時期でしたが、私が免疫系の病気になってしまい、仕事を続けられなくなりました。それで店を畳み、実家のある高松市で半年ほど療養しました。病院に通ううち回復してきましたが、このまま香川にいても仕事はできないなと思い、店を再開できる場所を探し始めました。

 そんなとき、たまたま諏訪市の「リビルディングセンタージャパン(リビセン)」という建築古材や古道具を扱うお店の方が、「上諏訪に本屋がないので、誰か本屋をやりたい人いませんか」とインターネット上に書いているのを見つけました。同店のインスタグラムを見たら「本屋にぴったりの物件がある。興味のある方連絡下さい」とあり、軽い気持ちで物件を見せてもらおうかなと連絡を取ったのが、諏訪移住のきっかけです。

 いくつか物件を見て、この物件が気に入りました。それで果たしてお客様がやって来そうな場所なのか調べていきました。すると、上諏訪駅と諏訪五蔵(諏訪市にある5つの酒蔵)の間に位置し、人通りのあるエリアであることが分かって、お店を始めることを決めました。

郷土誌の本がどんどん増える

那覇から諏訪に移って、お店の品ぞろえは変わりましたか?

宮城 諏訪に移って以降、郷土誌の本がどんどん増えていきました。那覇から持ってきた本は段ボール約200個、冊数で3000冊~5000冊ぐらいでしたが、今はその倍以上あります。仕入れの大半は買い取りです。諏訪市、岡谷市、茅野市、富士見町、原村、八ヶ岳周辺、甲府市以西のお客様からの依頼があります。

 主に店の定休日に車で買い取りに出掛けていくのですが、どの家の本棚にも郷土の本が膨大にありました。そして、それらの本をお店に置くと、購入されるお客様がたくさんいらっしゃいます。

 具体的には諏訪信仰、縄文文化、古代史、登山、温泉、動植物、天文学、地学、文学などなど。この地域は自然や文化が豊かなので何でも研究対象になるし、勉強をするにはとてもいい環境なんだと思います。

 長野県は教育熱心な地域でもあります。戦前から続く民間の教育団体があって、子ども向けの副読本を何十冊と作っています。そういった本も買い取ります。

言事堂の店内。諏訪や長野県内の郷土資料がどんどん集まってくる
言事堂の店内。諏訪や長野県内の郷土資料がどんどん集まってくる
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長野県の自主教育団体である信濃教育会が編集している副読本。民話や国内外の文学作品などが掲載されている
長野県の自主教育団体である信濃教育会が編集している副読本。民話や国内外の文学作品などが掲載されている
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諏訪周辺からは名だたる出版社の創業者が出ていますね。

宮城 岩波書店創業者の岩波茂雄は諏訪市、筑摩書房創業者の古田晁は塩尻市、みすず書房創業者の小尾俊人は茅野市出身です。なんといっても岩波茂雄の影響が大きかったと思います。諏訪市には岩波書店の出版物をほぼ全点(昭和22年以降)そろえた信州風樹文庫という図書館があります。

古書店としてどんなこだわりを持っていますか?

宮城 本屋には資料を守っていく役割があります。目利き力を磨いて、残すべき資料とそうでない資料を判別し、次の担い手に渡していかなければなりません。私は、あのお客様なら買ってくれそうだとか、この図書館や研究室ならきっと保管してくれそうだなとかとイメージして、買い取りを行っています。

 博物館や美術館の学芸員の方から資料探しを依頼されることもあります。いつぞやはある図書館から、「以前諏訪に住んでいた某作家の写真を探している」という問い合わせがありました。偶然うちのお客様がその作家の家の隣に住んでいた方だったので、写真が見つかり、お送りしたこともありました。

地元関係のお薦め本を紹介してください。

宮城 『石器と土器の話』(学生社)は諏訪出身の在野の考古学者、藤森栄一のエッセイです。アニメ監督の宮﨑駿さんは藤森の大ファンで、『となりのトトロ』のサツキとメイのお父さんは藤森栄一がモデルという説もあるくらいです。とても魅力的な文章を書く方で、考古学の専門的な話とともに、ご友人たちや発掘好きの子どもたちとの交流を面白おかしく描いています。

 『宮芳平自伝 森鴎外に愛された画学生M君の生涯』(宮芳平著・堀切正人編・注/求龍堂)は、諏訪高等女学校(現諏訪二葉高校)で美術教師になり、長く諏訪で暮らした画家、宮芳平の自伝です。

 宮は若い頃に絵画の賞に落選、審査委員長だった森鴎外に直談判にいったことから、鴎外と知己を得ました。宮に興味を持った鴎外は、宮をモデルに『天寵』という短編小説を書きました。宮はたくさんの作品を残しており、その多くは安曇野市美術館に収蔵されています。

『石器と土器の話』(学生社)。著者の藤森栄一は、霧ヶ峰のビーナスライン建設反対運動に携わった人物としても知られる。その経緯は新田次郎の小説『霧の子孫たち』(文春文庫)に描かれている。
『石器と土器の話』(学生社)。著者の藤森栄一は、霧ヶ峰のビーナスライン建設反対運動に携わった人物としても知られる。その経緯は新田次郎の小説『霧の子孫たち』(文春文庫)に描かれている。
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『宮芳平自伝 森鴎外に愛された画学生M君の生涯』(宮芳平著・堀切正人編・注/求龍堂)
『宮芳平自伝 森鴎外に愛された画学生M君の生涯』(宮芳平著・堀切正人編・注/求龍堂)
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宮城 諏訪は出版人のみならず、起業家も数多く輩出しています。なぜこの土地から多くの起業家や地場産業が生まれたのか、丹念な取材で追った本が、『諏訪式。』(小倉美恵子著/亜紀書房)です。

 諏訪は冬が厳しく、交通の便の悪い地域だったので、軽くて小さなもの、寒天、海苔、生糸、時計などの生産が盛んになり、そこから精密機械に至るものづくり産業に発展していった経緯が紹介されています。

『諏訪式。』(小倉美恵子著)。諏訪のものづくりDNAを先史時代の「黒曜石の流通加工」まで遡る歴史ノンフィクション
『諏訪式。』(小倉美恵子著)。諏訪のものづくりDNAを先史時代の「黒曜石の流通加工」まで遡る歴史ノンフィクション
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こちらは諏訪の雑誌ですね。

宮城 スワニミズム(Suwa-Animism)という地域文化の研究会があります。これは同会が作った会誌と一部のメンバーが関わる地元誌『suwazine』です。在野の研究者の方々が取材や編集に関わっているので、とにかく熱量がすごく、よく売れています。

スワニミズムの会誌と地元誌『suwazine』(現在休刊中)
スワニミズムの会誌と地元誌『suwazine』(現在休刊中)
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 『末広商店街タイムトラベル』(諏訪の文化探索隊)は、地元商店街のことを調べている団体が、聞き取り調査してまとめた冊子です。以前は映画館や百貨店のような大きなお店もあって、本当に町の中心部だったことが分かります。

『末広商店街タイムトラベル』(諏訪の文化探索隊)
『末広商店街タイムトラベル』(諏訪の文化探索隊)
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言事堂では、魅力的なイベントを企画していますね。私が言事堂の存在を認識したのは、霧ヶ峰の山小屋「ヒュッテみさやま」で今年5月、「言事堂の読書会」という催しが行われたのを知ったからです。

宮城 諏訪にお店を開いた後、ヒュッテみさやまの小屋番をしている三井悠さんと知り合いました。三井さんから「山小屋の閑散期になる5月後半に、何かイベントをしたい」という相談があり、読書会と「霧ヶ峰と文学」というテーマでミニレクチャーを行うことになりました。霧ヶ峰は文学とのつながりが深い場所で、数多くの文人が訪れ、作品を残してきました。

 10月21日に2回目の読書会を行います。次のミニレクチャーのテーマは、霧ヶ峰の山小屋「コロボックル・ヒュッテ」の元主人で、エッセイストとして数多くの著作を持つ手塚宗求(むねやす)氏(故人)を取り上げる予定です。

山の本のコーナー
山の本のコーナー
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ミュージシャンの湯川トーベンさん(元子供ばんどのベーシスト)の店内ライブもされていますね。

宮城 湯川さんは諏訪とゆかりがある方で、幼少期には諏訪大社の境内で遊んでいたそうです。当店を気に入ってくださり、すでに2度ライブを行いました。湯川さんのお母様はこの近所にお住まいでした。

こちらは写真家・石川直樹さんの特設コーナーですね。

宮城 8月中、茅野市美術館で「石川直樹展 ヒマラヤへの長い旅」が開かれており、その連動でコーナーを作りました。この個展の開催に合わせて、諏訪市内で石川直樹さんの写真ワークショップを企画しました。

8000メートル峰全14座に登頂した登山家・写真家、石川直樹さんの特設コーナー
8000メートル峰全14座に登頂した登山家・写真家、石川直樹さんの特設コーナー
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これからやってみたいことはありますか?

宮城 来年で店を始めて20年になるので、古本屋の仕事を紹介する本を作りたいと、準備を進めています。最近は古書店を始める若い人も増えていますが、自己表現のためにやっているような方が多いと思います。先にお話ししたように資料を守り、残していくという視点がないと、古書店は続けていけません。その辺りのことも自分で書いてみようと思っています。

最後に、お店を訪れたついでに立ち寄るといい、近所のお薦めスポットはありますか?

宮城 まずは私が諏訪に移住する機会を頂いた「リビセン」。古道具・古材を扱うお店ですが、空き店舗の情報も集まってくるので、ここに来ればお店を始めることができます。

 そのリビセンがリノベーションに関わって開店した食堂「ここのか」もお薦めです。私はここでよく朝食をとります。

取材・文/桜井保幸 写真/木村輝

参考サイト 生活と芸術の本 言事堂[ことことどう]

【フォトギャラリー】

JR上諏訪駅東口
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JR上諏訪駅から徒歩7分のところにある言事堂。元は婦人服店で、出窓の所にはマネキンが立っていたとのこと
JR上諏訪駅から徒歩7分のところにある言事堂。元は婦人服店で、出窓の所にはマネキンが立っていたとのこと
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言事堂の立て看板
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言事堂では新刊書も置いている。こちらは沖縄の本の棚
言事堂では新刊書も置いている。こちらは沖縄の本の棚
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店のあちこちに熊の置物がある。「私が好きで、いくつか置いておいたら、お客様が持ってきてくださるようになりました」と宮城さん
店のあちこちに熊の置物がある。「私が好きで、いくつか置いておいたら、お客様が持ってきてくださるようになりました」と宮城さん
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諏訪信仰についての入門書『諏訪の神さまが気になるの 古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅』(北沢房子/信濃毎日新聞社)と『諏訪の神さまに会いにいく 由緒と由来を知りたくて訪ね歩いた諏訪神社』(同)
諏訪信仰についての入門書『諏訪の神さまが気になるの 古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅』(北沢房子/信濃毎日新聞社)と『諏訪の神さまに会いにいく 由緒と由来を知りたくて訪ね歩いた諏訪神社』(同)
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琉球切手。米軍統治下の沖縄で使われていた
琉球切手。米軍統治下の沖縄で使われていた
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近くのカフェ、AMBIRDが焙煎した言事堂オリジナルブレンドのドリップコーヒー
近くのカフェ、AMBIRDが焙煎した言事堂オリジナルブレンドのドリップコーヒー
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リビルディングセンター(リビセン)。古道具・古材販売・喫茶コーナーもある
リビルディングセンター(リビセン)。古道具・古材販売・喫茶コーナーもある
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リビセンがリノベーションに関わった複合施設「PORTALLEY(ポータリー)」。宮城さんお薦めの食堂「ここのか」は、この施設の中にある
リビセンがリノベーションに関わった複合施設「PORTALLEY(ポータリー)」。宮城さんお薦めの食堂「ここのか」は、この施設の中にある
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