東京・青梅市郊外にある「民話の本屋 パングル・バーン」は、民話や昔話の専門書店だ。日本各地の民話集、昔話を題材にした絵本、妖怪や鬼、山姥(やまうば・やまんば)や金太郎などキャラクターが登場する昔話、グリム童話や北欧・ケルトをはじめとした海外の物語の本がそろう。店主の吉村麗子さんは、書店勤務の経験はなかったが、「世の中、民話が足りないな」と一念発起。2025年4月、自宅の一階を改装して同店を始めた。それにしてもなぜ「民話の本屋さん」だったのか。吉村さんに聞いた。
「ダイダラボッチってジブリのキャラクター?」
絵本の専門書店は全国にたくさんありますが、「民話の本屋」というのは非常にユニークですね。どうしてこの店を始めようと思ったのですか?
「民話の本屋 パングル・バーン」店主・吉村麗子さん(以下、吉村) 漠然と「世の中、民話が足りない」と思ったことが、開店のきっかけです。私には娘がいますが、自分も娘に昔話はあまり話してきませんでした。絵本はたくさん読んであげましたが、新しい絵本中心で、民話や昔話は少なかった。
そんなとき、娘がダイダラボッチをジブリ作品のキャラクターの固有名詞だと思っていたのが判明したこともあり、私は娘に昔話を伝えてこなかったんだなと、あらためて気づいたのです(編集部注:ダイダラボッチとは日本各地に伝わる伝説の巨人のことで、青梅にもダイダラボッチ伝説がある)。
私は本が好きなほうでしたが、とくに民話や昔話をよく読んできたわけではありません。20代の時には東京・三鷹にある訪問販売専門の出版社で、事務の仕事をしていました。
また若い頃には絵本の本屋をやりたいと思ったこともありましたが、経験も知識もないし、無理だろうとずっと思っていました。そんな中で年を重ねて2つの出来事がありました。1つはイタリアで本屋をやっている友人が、たまたま店の写真を送ってきてくれたのです。その友人は東京・神保町の書店「イタリア書房」の娘さんで、その店は「Italia Shobo Firenze」というイタリアの支店でした。その写真を見て、「小さな書店だったら私にもできるかも」と思いました。
もう1つは墓参りに行った帰り、東京のJR鶯谷駅近くで、明治期に「ちりめん本」という昔話の欧文和装本を出版していた、長谷川武次郎という実業家・出版人が住んでいた洋館(西宮邸・旧陸奥宗光邸)と説明板を、偶然見つけたことです。
図書館で、ちりめん本のことを調べていくうちに、昔話って翻訳すれば語学のテキストにもなるし、後世に大切に伝えていかなければならないものなんだなと、がぜん昔話に興味を持ち始めました。
いったんお店を始めることを決断してからは、一気に進んでいったのですか?
吉村 そうですね。絵本の読める喫茶店を営んでいる古い友人に相談したところ、アドバイスしてくれたり、絵本の翻訳家の方々に自己紹介する機会を与えてくれたりして、自分のやりたいことを外に宣言するうちに、「これはもうやるっきゃない」という感じになっていきました。
この部屋はもともと夫の部屋でした。「ここをお店にしたいんだけど」と切り出したところ、夫は「俺はどこに行けばいいんだ」と納得はしてもらえませんでしたが、「他の部屋を使っていいから」と、半ば強引に決めてしまいました。この入り口には掃き出し窓があって、外には縁側がありました。床を一部屋全部外して土間風に改装していきました。
書店を始めるに当たって、ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんが主催するオンラインの本屋講座や青梅の商工会議所が主催している創業スクールにも通いました。自宅を改装して店を始めれば、家賃も人件費もかからないし、光熱費も最低限で済むことが分かってきました。
カフェを併設すると費用がかさむのでやめようと思いましたが、お茶ぐらい出せたらと、最低限の水回りを増設しました。
昔の人は自然への畏敬の念があった
それにしてもなぜ「民話の本屋」だったのか、もう少し詳しく教えてください。
吉村 はじめは漠然とした思いでしたが、昔の人は自然に対する畏敬の念をちゃんと持っていたけれど、今はその心が薄れてきていると感じたのだと思います。昔の人の心が表れているのが民話で、それを伝えていく方法として自分にできるのは「民話の本屋」だと考えたのです。
民話や昔話の魅力は何でしょうか?
吉村 民話採訪者の小野和子さんの本を読んで、決して楽ではない暮らしの中でも、たくましく、そしてユーモアも忘れずに物語を紡ぎ、語ってきた先人たちの魅力やすごさに気づきました。民話というのは歴史上の偉人の物語ではなく民の物語なのです。
どうやって本を仕入れていったのですか?
吉村 最初はどうしていいか分からなくて、まずは図書館で片っ端から昔話の本を借りて読んで、リストを作ろうと思いました。新刊のみにしようと思いましたが、品切れになっているものでも、いい本がたくさんあることが分かってきて、古書も扱うことにしました。
絵本ならば出版社ごとにシリーズがあったりして探しやすい面もあるのですが、民話は単発の企画が多くて、大変でした。インターネットで片っ端から調べ、子どもの文化普及協会をはじめ、中小取次のサイトも調べていきました。
棚を見ると、未來社の「新版 日本の民話」シリーズが圧巻ですね。
吉村 このシリーズは本を探していく中で存在を知って、全部そろえなければだめだなと、版元から直接仕入れました。テレビアニメの『まんが日本昔ばなし』に原話を提供しているロングセラーです。地域ごとに特徴があって、九州地方は面白い話が多いですね。長崎の民話で、近所で火事が起きたので、ご隠居が小僧に、火事場で「熾火(おきび)をもらってこい」と命じる話なんかもあって、まるで落語のようです。
地域によって民話の多い所と少ない所がありますか?
吉村 民話自体はどこの地域にもありますが、それが本になっているかはまた別ですね。『遠野物語』の舞台である岩手県遠野市をはじめ、東北6県は民話の本が多い。小野和子さんは宮城県を拠点に民話採集の活動をしており、『あいたくてききたくて旅にでる』や『みちのく民話まんだら 民話のなかの男たち』、『みちのく民話まんだら 民話のなかの女たち』(すべてPUMPQUAKES)を出しています。長野県も民話の本は多いと思います。岡山県の吉備人(きびと)出版からは、民話研究家の立石憲利(たていしのりとし)さんという方による地域の民話を集めた本が、たくさん出ています。
青梅の民話の本もありますか?
吉村 青梅の民話は、『おくたまの昔話 第一集』 『同 第二集』(奥多摩民話の会編)に収録されているのと、『青梅おちこちこぼれ話』『同 姉妹編』(小川秋子 文と絵)という本があります。小川さんは故人で、あいにく当店にはこの古書が1冊ずつしかありません(非売品、青梅市内の図書館には所蔵)。なんとか復刊してもらいたいです。
娘に繰り返し読み聞かせた民話絵本
民話の絵本で個人的に好きな本はありますか?
吉村 娘にはあまり昔話を話してこなかったと言いましたが、いくつかの絵本だけは繰り返し読み聞かせてきました。『フランス民話 ふくろにいれられたおとこのこ』(山口智子 再話/堀内誠一 画/福音館書店)は、ある男の子がイチジクの木に登っていると、オニがやってきてふくろに入れられてしまいます。知恵を絞ってふくろから逃げ出し、オニをやっつけるお話です。イラストレーターの堀内誠一さんが、フランス風の明るいタッチのオニの画を描いています。
もう1冊は、『まのいいりょうし』(瀬田貞二 再話/赤羽末吉 画/福音館書店)です。猟師のお父さんが、子どもの7つのお祝いのために、猟に出ようとしますが、鉄砲をたるにぶつけて曲げてしまいます。ところが曲がった鉄砲で猟をしたら、次から次へと獲物がとれていく。福が福を呼んで、近所の人と大宴会をしたという、なんともめでたいお話です。
山姥がテーマの読書会も
イベントはどのくらいの頻度で行っていますか?
吉村 月に一度、テーマを決めて読書会をやっています。直近は「山姥」をテーマにしました。山姥が登場する昔話や民話を参加者が持ち寄って紹介していきます。「さんまいのおふだ」は、小僧さんが山に栗か何かを拾いに行ったら山姥に捕まってしまいます。山姥は包丁を研いでいて小僧さんを殺そうとしますが、小僧さんは和尚さんにもらった3枚のお札を使って逃げきります。そして今度は和尚さんが山姥をだまして食べてしまうというお話です。
山姥というのはおばあさんの妖怪ですか?
吉村 そうかもしれませんし、人間が変化したものかもしれませんし、神様かもしれません。悪いことをする山姥だけでなく、良いこともする山姥もいます。金太郎のお母さんは山姥だったという説もありますし、もともと遊女でしたが、山で暮らすようになり、金太郎を産んだという伝承も残っています。
この『シシになる。 遠野異界探訪記』(富川岳著/亜紀書房)は、東京の広告代理店で働いていた著者が、遠野へ移住して柳田国男の『遠野物語』を学び、郷土芸能「シシ踊り」の舞手となり、それを深く追求していく記録です。本書の読書会も行いました。私も本書を読んでシシ踊りに興味を持ちました。多摩地方にも獅子舞の伝統行事が残っているので、富川さんを招いて交流イベントができないかと考えています。
これからやっていきたいことはありますか?
吉村 まずはこの店を続けていくことです。そして読書会だけでなく、語り手を招いて語りを聞く会もやっていきたいです。
最後にパングル・バーンを訪れたついでに立ち寄るといい近所のお薦めスポットを教えてください。
吉村 この先を少し行った所にある「DOG CAFE CANIS」というお店は、ランチをやっていておいしいです。それから、この先の岩蔵街道を車で5分ほど北上すると、「岩蔵温泉 儘多屋(ままだや)」という温泉宿があります。そこの女将は民俗学が大好きで、カフェで古書も売っています。
取材・文/桜井保幸 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/木村輝
参考サイト 民話の本屋 パングル・バーン【フォトギャラリー】




















