日本では同性婚が認められていないため、2021年7月にイギリスに移住し、パートナーと結婚したKan(かん)さん。コロナ禍でパートナーとも会えない日々が続くなか、ビザや仕事の問題を乗り越え、ついに渡英を決意します。LGBTQ+を含めた多様性に対する理解を深め、無意識に人を傷つけないようにするための入門書『マンガでわかるLGBTQ+』などの書籍を紹介。
悩んでいるのは自分だけではない
2021年7月にイギリスに移住し、結婚しました。パートナーは男性。僕は同性愛者で、性的マイノリティーです。どうして移住したかというと、日本では同性婚が認められていないからです。
パートナーとは、僕が大学卒業後、イギリスに留学し、大学院でジェンダーやセクシュアリティについて学んでいるときに出会いました。その後、僕が帰国し、コロナ禍も重なったため、1年7カ月ほどパートナーと会えない日が続きました。
渡英しようにも、隔離期間などを考えると1カ月ほど仕事を休まなくてはいけません。もう、再会するには腹を決めて移住するしかない、でも観光ビザでは6カ月しか滞在できず就労もできないので、結婚するしかないという状況でした。
僕は性的マイノリティーの当事者ですが、当事者だけでなく、身近にそうした人がいない、そもそもLGBTQ+ってどういうこと? という人にお薦めしたいのが 『マンガでわかるLGBTQ+』 (パレットーク著/講談社)です。マンガなので読みやすいですし、LGBTQになぜ「+」が付くかを説明しており、SOGI(性的指向・性自認)の定義なども分かりやすく書かれています。
それから、「性的マイノリティーだとカミングアウトしたいけれども、親にどう思われるか。家庭に居場所がなくなるんじゃないか」「尊敬できる職場の先輩なのにLGBTQへの差別発言がある。それを聞いているとつらい」といった性的マイノリティーの悩みや葛藤、苦しみといった事例が数多く紹介されています。
僕が読むと、「悩んでいるのは自分だけではないんだな」と共感できますし、今までLGBTQについて深く知らなかった人にとっては「基礎知識が詰め込まれた1冊」になると思います。また、著者であり、多様性を考えるメディアのパレットークさんがSNSで実例を更新しているので、LGBTQを取り巻く課題についてのアップデートもできます。
カテゴライズされない心地よさ
イギリスに移住した今は、パートナーと一緒に歩いていても、日本のように「ゲイなの?」という目で見られることもなく、近所の人からは普通に「今日はデートなの?」「どこへ出掛けるの?」と聞かれます。病院などで緊急連絡先を記載する際に、パートナーの名前と連絡先、続柄として「夫」と記載しても、病院のスタッフから「あなたのパートナーは男性なの?」とけげんな顔をされることもありません。「性的マイノリティー」としてカテゴライズされず、人として扱われる心地よさを感じます。
ただ、差別がまったくないかというとそうではなく、僕がアジア人ということで人種差別があると感じるときはあります。暴力を振るわれたり、ヘイトスピーチをされたりはしていませんが、働いていると「日本人って真面目だよね」とステレオタイプで見られることがあります。そうしたマイクロアグレッション(意図せず相手を傷つけたり、差別したりする言葉)は世界のどこにでもあり、生きづらさを感じることはありますね。
僕は、嫌だと感じたり、傷ついたりしたときに「自分が不快な思いをした」と受け止めるようにしています。簡単ではありませんが自分でしっかり受け止めて、なかったことにはしたくないと思っているからです。
その上で、そうした発言をした相手に気持ちを素直に伝えてもいいと思います。こちらが言葉に出すことで、相手も無自覚に人を傷つけていると気づけるかもしれません。
また、僕は心に余裕があるときは、「こんなことを言うあなたが悪いんだ」と相手を責めるのではなく、「こういうことを言われて僕は悲しかった」と「自分」を主語にして話すようにしています。
その場では状況をうまく言語化できなかったり、感情が先行してしまいそうになったりして、実はなかなか難しいのですが……。このように話すことで、相手が受け入れやすくなるかもしれないと考えているからです。
ジェンダー課題を深掘りできる
次はLGBTQと切っても切れない関係にあるジェンダーの本、 『はじめてのジェンダー論』 (加藤秀一著/有斐閣ストゥディア)です。こちらは学術書ですが、各章ごとのボリュームがそれほど多くはないので、読みやすいんです。
さらに、各章の最後に「賃金格差」「性被害」「男らしさ・女らしさ」といった参考文献が紹介されているので、関心のある分野を詳しく知りたいときにも役立ちます。ジェンダー論についての本はたくさんありますが、どこからでも読めて深掘りもできる本なので、テーマごとに何度でも振り返ることが可能です。僕も大学院でジェンダーについて学んだ後、改めて読み直しました。
「ないこと」にされる悔しさ
最後に紹介するのは 『マインドトーク あなたと私の心の話』 (みたらし加奈著/ハガツサ ブックス)です。著者のみたらし加奈さんは、同性のパートナーがいる臨床心理士。ただパートナーが同性であるというだけで、日本では家を借りにくい、財産分与も認められない、入院や手術のときに立ち会う権利がない……といった「自分たちが自分たちらしく、安心して暮らせない思い」がつづられていて、当事者の僕も胸に迫るものがありました。
みたらしさんも積極的にSNSで情報発信されているので、本を読んでからも情報をアップデートできるところが魅力です。今の時代、活字の本だけではなく、最初に何か課題を学ぶときは分かりやすいマンガで、情報のアップデートはSNSで、といろんな取り入れ方があってもいいと思います。
この3冊の本を読んでくれる人が増えて、これから日本が変わっていくとしたら、やっぱり同性婚や選択的夫婦別姓が認められるようになってほしい。イギリスでは認められている僕とパートナーの関係も、日本では「ないこと」にされてしまうのが、すごく悔しい。誰もが「安心して、自分らしく生きられる選択」ができる世の中になることを願っています。
取材・文/三浦香代子
構成・写真(本)/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部)