今年2023年は関東大震災から100年。日本で生きていく限り巨大地震は避けられません。しかし、「知識があれば大地震が起きても命が助かり、さらに助け合うことで幸福になれる」と、地球科学の第一人者で地震や火山噴火を研究する鎌田浩毅・京都大学名誉教授は言います。地震に関する最新の研究成果と、災害が起きたときの人間の姿について、理解を深めるための2冊を紹介します。

「知識は力なり」自分の命を守るために

 前回「 鎌田浩毅『2030年代に南海トラフ巨大地震、日本の半分が被災』 」では、近い将来必ず起きる地震に対し、何が起きるかを理解しておくことで被害を減らし、生き延びることができる、ということを説明しました。イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561〜1626)は「知識は力なり」という格言を残しています。つまり、知識のある人は地震が起きても助かるということです。ですから、身を守るため、生き延びるためには勉強をしなければいけません。

 『 巨大地震列島 ビッグデータ活用で予測は可能だ! 』(長尾年恭著/ビジネス社)は地震について理解を深めるために役立つ1冊です。著者の長尾年恭氏は東海大学の非常に優れた地震学者です。日本地震予知学会の会長もされていて、地震の予知を防災の一部と捉え研究に取り組んでいます。

日本地震予知学会の会長も務める地震学者、長尾年恭さんが書いた『巨大地震列島』(ビジネス社)(写真/スタジオキャスパー)
日本地震予知学会の会長も務める地震学者、長尾年恭さんが書いた『巨大地震列島』(ビジネス社)(写真/スタジオキャスパー)
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 この本で興味深いのは、関東大震災について従来の定説とは異なる説を提示している点です。

 関東大震災の犠牲者は約10万5000人、うち9割が火災で命を落としました。火災による死者が多かったのは、「火災旋風」と呼ばれる竜巻状の炎の渦が発生したことが原因と考えられていましたが、その原因が実は南関東一帯に分布する天然ガスに引火したのではないかということを指摘しています。これは新しい仮説です。

 この説が正しいかどうかは検証の余地がありますが、現在日本の人口の約3分の1が生活している首都圏の地下にはまだ分かっていないことが数多くある、ということを最新の研究成果で伝えています。

 また、ビッグデータを使った地震予測についても紹介しています。デジタル技術の進歩で、これまでできなかったデータの計測や高速処理ができるようになりました。ただし、地震現象はAI(人工知能)やビッグデータを使ったからといって、何年何月何日に起きるという予測ができるようになるほど単純なものではありません。2030年代に南海トラフ巨大地震が起きる( 前回 参照)ときまでに、予測の手法としてどこまで確立できるかが注目されます。

関東大震災では約10万5000人の犠牲者が出た(神田明神境内から日本橋方向)(写真:渡辺広史/アフロ)
関東大震災では約10万5000人の犠牲者が出た(神田明神境内から日本橋方向)(写真:渡辺広史/アフロ)
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人は助け合うことで幸福になれる

 地震から命を守るためには、地震の現象面だけを知っておけばいいというわけではありません。人間の生き方そのものについて考えておくことも非常に重要です。

 『 定本 災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか 』(レベッカ・ソルニット著/高月園子訳/亜紀書房)は、大規模災害や大事件に遭遇したとき、パニックではなくユートピアが生じると紹介しています。

大規模災害が起きたとき、ユートピアが生じると解説する『定本 災害ユートピア』(写真/スタジオキャスパー)
大規模災害が起きたとき、ユートピアが生じると解説する『定本 災害ユートピア』(写真/スタジオキャスパー)
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 災害が起きると、人は利己主義に走り略奪を起こすイメージがありますが、実際はその逆で、自分以外の人の幸福を考えるようになる、つまり利他的になることもあるのです。東日本大震災のとき、極限状態の中でも日本人がきちんと列に並んで水や食料を分かち合っていた様子を、海外のメディアが驚きをもって伝えていたのを覚えている人も多いと思います。

 この本にはこうした例が数多く紹介されており、災害が起きても幸福を感じることがある、というのが大きなテーマになっています。アランやラッセル、ヒルティら偉大な哲学者が『幸福論』の中で説いていることですが、人は利己主義では幸福にはなれず、他人に貢献したときに初めて幸福になれるのです。

 そう考えると、2030年代に南海トラフ巨大地震が起きて日本人の半分が被災すると、非常に困難な状況に陥りますが、残り半分の日本人が他人を助けることで、結果的に、助けられた人も助けた人も皆が幸福になれるかもしれません。

 この構造を知っておくと、次の南海トラフ巨大地震のときに、人の役に立とうと考える人が増えてくると思います。確かに災害が起きるのは怖いことです。ですが、怖いだけではなく、人間のいいところが見えてくるはずです。困難な状況でも誰かを助ける場が生じ、他人に手を差し伸べた人はそれによって幸福になるということを、特に若い人たちには今のうちから知識として知っておいていただきたいのです。

 日本列島は地震も活火山も多いのですが、そこで暮らす日本人は何万年も絶滅せずに生き延びています。災害が起きるたびに皆で協力し、助け合い、社会を再生してきたからです。日本は自然災害が多いけれど、そのたびに日本人は困難を乗り越え、懸命に人を助けることで人生が開けて幸せになったのではないか、というのが私の持論です。

鎌田さんは「日本人は災害が起きるたびに皆で協力し、助け合い、社会を再生してきた」と話す(写真/鎌田さん提供)
鎌田さんは「日本人は災害が起きるたびに皆で協力し、助け合い、社会を再生してきた」と話す(写真/鎌田さん提供)
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2030年代に南海トラフ巨大地震が起きる

 今年は関東大震災から100年ですが、東日本大震災からすでに10年以上がたち、人によっては地震に対する恐怖心や危機意識が薄れてきているかもしれません。実際に震災を体験していても、人間は嫌なことは忘れようとしますから、危機感が薄れても当然かもしれません。

 しかし、南海トラフ巨大地震は確実に起きます。よく南海トラフ巨大地震は、「今後30年以内に70%の確率で起こる」という言い方をされますが、これでは漠然としていて腑(ふ)に落ちません。地震は確率で語るものではないのです。厳然たる事実として、「2030年代」に「東日本大震災の10倍の被害」の地震が来ることを認識し、命を守る備えをしていただきたいと思います。

文/橋口いずみ