社会課題の解決に、企業の積極的な関与が求められるようになっています。ESG、SDGs、カーボンニュートラルなどに加え、昨今、「生物多様性」や「ネイチャーポジティブ」というキーワードが登場してきました。これらは何なのか、企業はどう対応すべきなのか。『 ESGとTNFD時代のイチから分かる 生物多様性・ネイチャーポジティブ経営 』の著者であり、東北大学 グリーン未来創造機構/大学院生命科学研究科 教授、「 日経ESG 」シニアエディターの藤田香さんに聞きました。
「ネイチャーポジティブ」とは何か
「ネイチャーポジティブ」は2020年ごろからよく使われるようになった言葉で、「生物多様性の損失を食い止め、回復に転じさせる」という意味です。2022年12月にカナダで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を採択し、2030年までにこれを実現させることが目標として掲げられました。
生物多様性、そしてそれを支える生態系が生活やビジネスにとって重要であることは、以前から指摘されてきました。自然界の生物は人間の食糧になりますし、非生物も含めた自然という大きな視点で見ると、水は飲料のほか、工業用水としても必要です。森の木々や土壌は蓄えた雨水をゆっくりと川に流し、洪水を防ぐ役割を果たしています。こうした自然の役割は生態系サービスと呼ばれ、人間はこれに依存して活動しているのです。
英国財務省が2021年2月に発表したダスグプタ報告書では、自然の価値が経済システムに組み込まれていないことが問題視されています。例えば、工業用水のコストとして、これまでは水道料金や浄水場の建設費・設備費だけが考慮されていましたが、森林が雨水を蓄え浄化してくれた分まで金額に換算し、経済システムにのせる必要があります。自然に依存している部分をコストに換算すると、約44兆ドルにもなるとの試算(世界経済フォーラム、2020年)もあります。
これだけ自然の恵みを得ながら活動をしているにも関わらず、人はそれを毀損し続けているわけで、ダスグプタ報告書には「この事態を変えるには金融が動かねばならない」と記されています。
2021年6月に英国で開催されたG7コーンウォール・サミットでは、ダスグプタ報告書を受けて「2030年自然協約」にG7諸国が合意し、ネイチャーポジティブな経済を、国、金融界、産業界、ビジネス界のリーダーとともに推進することになりました。これは金融機関や投資家のESG(環境・社会・企業統治)投資をさらに促進させるもので、企業が経営・事業活動をネイチャーポジティブな方向へ改めるための後押しにもなります。もちろん、自治体や消費者の行動変容も重要になります。
CO₂削減と生物多様性のトレードオフ
以前から企業が取り組んでいるSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標の中にも、自然環境に関するものはあります。「目標14 海の豊かさを守ろう」「目標15 陸の豊かさも守ろう」といった直接的なもののほか、「目標12 つくる責任つかう責任」も環境に関係するものと言えます。
企業が資源を調達する際に生物多様性を考慮しているか、保護されるべき森林を伐採して木材を得たり、農園にしたりしていないか、地域の動植物に負荷を与えていないか――こうしたことを、企業だけでなく消費者も考えなければなりません。
また、森林は生き物のすみかであるとともに、温暖化ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルに欠かせない二酸化炭素(CO₂)の吸収源でもあります。とはいえ、カーボンニュートラルばかりを重んじて、草原に太陽光パネルを敷き詰めれば生態系のバランスが崩れますし、風力発電のファンは鳥がぶつかる危険がある上、騒音問題の原因にもなります。洋上での風力発電も、設置場所を選ばなければ海洋の生態系を乱してしまいます。
こうしたトレードオフを「仕方ない」と諦めるのではなく、CO₂削減と生物多様性がシナジーを生むような対策を取ることが求められる時代になっているのです。
気候変動、資源循環と生物多様性を統合
これまで企業が重視して取り組んできたESG、SDGs、カーボンニュートラルそれぞれに、ネイチャーポジティブにつながる考え方はすでに内包されています。しかし、環境の3大分野である気候変動、資源循環、生物多様性をバラバラに捉え、個別の対策だけが進むこともありがちです。
特に生物多様性は「絶滅危惧種の保護」のような狭い視点で捉えられることが多く、生態系サービスの向上や資源循環という観点から取り組む企業はあまりありませんでした。それが2020年以降、G7、COP15などを通じて国際的にネイチャーポジティブが注目され始めたことで、3大分野を統合的に考えようという機運が高まってきています。
では、企業として、どのようにネイチャーポジティブに取り組めばいいのでしょうか。次回は先進企業の事例を挙げて紹介しましょう。
取材・文/暮 論子 写真/鈴木愛子
自然・生物多様性を守り増やす「ネイチャーポジティブ」経営の世界動向をイチから解説。アップルからネスレ、花王、丸紅、BNPパリバなど世界の企業・投資家の事例が満載。新入社員から経営者まで、自然資本・生物多様性・TNFDを手ほどきします。
藤田香著/日経BP/2860円(税込み)


