今年の夏、電力需給のひっ迫が見込まれるため、政府は節電要請を出しました。6月26日から30日までは東京電力管内で「電力需給ひっ迫注意報」が発令される事態に。さらに今年の冬は、夏以上の電力不足が懸念されています。先進国の日本で、なぜこのような電力不足が起きるのか? 「日経エネルギーNext」 の創刊時より編集長を務め、電力・エネルギー問題に詳しい山根小雪さんに解説してもらいました。
2021年1月にもあった停電の危機
2022年3月22日、東京電力・東北電力管内に住む皆さんは「電力需給ひっ迫警報」を目にして、驚いたのではないでしょうか。「ロシアによるウクライナ侵攻で石油や天然ガスが足りなくなったのでは」と思われた方もいたかもしれませんが、違います。3月16日に発生した福島県沖地震により発電所で故障が発生したところに、季節外れの寒波が到来し、電力の使用量が予想より増加したことが原因でした。
実は、2021年1月10日にも電力需給がひっ迫し、停電の危機が起きていました。ただし、このときには何も警報は出ませんでした。電力業界側が「停電の危機がある」と行政に訴えたものの、「急に言われても節電要請は出せない」といったやり取りがあっただけです。日本の電力インフラは、ウクライナ侵攻とは関係なく、ちょっと想定外のことが起きたら停電危機に陥ってしまう、非常に脆弱なものになってしまっているのです。もし突然、停電が起きれば、病院で治療が受けられず、命が危険にさらされるといった重大な事態が発生するかもしれません。
「電力需給ひっ迫警報」の発令基準は、発電設備の余裕度である「予備率」が電力の安定供給に最低限必要な3.0%を確保できるかどうかです。経済産業省が3月22日に電力需給ひっ迫警報を出したのは、予備率が3.0%を下回りそうになったためです。
今夏は北海道と沖縄を除く全国で、予備率が3~5%という低水準で推移する見通しのため、政府は節電要請を出し(期間は7月1日から9月末まで)、6月26日から30日までは警報の前段階である「電力需給ひっ迫注意報」が発令されました。今年の冬はさらに厳しい状況になることが見込まれており、政府は節電要請に加えて、「電力使用制限令」の発令を検討しています。使用制限令は、節電に協力しなかった違反企業に罰金を科すことができる厳しいルールです。
実は日本の予備率は、過去10年のデータの推移をみると3.0%台が頻発しています。電力不足に陥りやすい状況は、今に始まったことではないのです。
電力が足りない3つの理由
では、なぜ日本の電力は足りていないのでしょうか。それには主に3つの理由があります。
まず1つ目は火力発電所の老朽化です。日本の火力発電所の多くが高度経済成長期につくったものです。1960年代、70年代につくられたものが多数あります。60年代につくったとすると、すでに50~60年ほど経過し、機械設備としての機能が落ちています。高度経済成長期につくった橋や道路、トンネルと同じように発電所も老朽化しているのに、近年、新設した火力発電所が少なかったことが影響しています。
しかも、日本も含めて世界は脱炭素にかじを切りました。今後、再生可能エネルギーの導入は一層進むことでしょう。化石燃料を使う火力発電所を新設しても、投資が回収できるかどうかは不透明な状況にあり、経営判断は難しさを増しています。一方、古い火力発電所は減価償却が終わっていますから、稼働させれば利益を上げやすい状態です。このような状況で問題を先送りにしたまま、ここまで来てしまったと言えます。
電力が足りない原因、2つ目が燃料不足です。
現在、日本の電力の75%以上を火力発電でまかなっています。火力発電所を動かすためには、天然ガスや石炭などの燃料が必要です。仮に発電所の設備に余裕があったとしても、そこで焚(た)く燃料がなければ、発電できません。
長らく日本の電力会社は、燃料は十分に入手できる想定で電力インフラを運営してきました。ところが近年、この常識が崩れてしまったのです。
例えば、中国は2020年9月、習近平国家主席が「2060年までに二酸化炭素(CO₂)排出量を実質ゼロにする」と宣言しました。従来のメイン燃料だった石炭よりもクリーンな天然ガスにシフトしようとしており、天然ガスを大量に買っています。2021年1月に日本で起きた停電危機は、まさに天然ガスの調達量の不足によるものでした。
さらに、今はロシアのウクライナ侵攻により、多くの国々がロシア産の天然ガスを避け、それ以外の産ガス国から調達しようとしています。中国などとの争奪戦だけでも厳しいのに、そこに欧州勢が加わってきたのです。加えて、天然ガスの不足を補うべく、石炭にまでグローバルな争奪戦が発生しています。価格の高騰に加えて、そもそも必要な量を確保できない事態が発生しつつあるのです。
今後も燃料の壮絶な奪い合いは続き、価格はさらに高騰する可能性があります。この影響もあり、国内の電気料金はすでに上昇していますが、日本の電力会社が買い負ければ停電が起きかねません。
電力が足りない原因の3つ目は、日本のエネルギー政策です。
東日本大震災が起きた2011年3月11日以降、日本の原子力発電所は停止しました。原子力規制委員会の審査が完了したものから順次、再稼働させていますが、2022年7月14日現在、稼働している原子炉は5基のみです。そして、日本が今後原子力をどのように使っていくのか、もう少し言うと新設・増設するのかは議論を尽くす必要があります。
ですが、日本の原子力は「塩漬け」にされたまま、議論が進んでいません。私も毎年3月11日、「日経エネルギーNext」で問題提起を行っていますが、毎年同じようなことを書いている状態です(今年の記事は 「3.11から11年、ウクライナ侵攻が浮き彫りにした日本の不都合な真実」 )。
しかし、日本のエネルギー政策のベースである「エネルギー基本計画」は、2030年に電源の20~22%を原子力にするとしており、これは原子炉を30基ほど動かすことを意味しています。およそ現実的ではない前提に立って政策を検討してきたことが、需給ひっ迫につながる要因を放置することにつながってしまったのです。エネルギーは国家の根幹です。ですが、エネルギー政策のベースになる部分があいまいなままなのです。
以上から分かるように、日本の電力不足は今に始まったことではなく、発電所の不足に燃料の不足、さらにはエネルギー政策の不作為という構造問題によるものです。そして、この先もっと深刻化する恐れがあるのです。
電力を買えない「電力難民」が急増
電力不足のリスクが増しているだけではありません。「電力難民」という喫緊の問題が顕在化しています。
電力難民とは、電力会社と契約ができず、電力を買うことができない人や企業のことを指す言葉です。今春から電力難民が急増しています。今はまだ電力難民となっているのは企業だけですが、今後、家庭へも広がる可能性があります。
通常、企業は1年ごとに電力会社と契約を結び、電力を調達しています。その電力調達の仕組みは、私も執筆に携わった 『コスト削減と再エネ導入を成功させる 最強の電力調達 完全ガイド』 (久保欣也、三宅成也、山根小雪著/日経BP)で詳しく説明しています。
世界的な燃料価格の高騰などを背景に、電力会社が販売する電力のコストが上昇しています。電力は自由化したとはいえ、発電所の8割をJERA(東京電力と中部電力の燃料・発電部門の折半出資会社)や関西電力といった大手電力会社が保有しています。
新電力は電力市場などで電力を調達し、顧客に販売しています。燃料価格の上昇などさまざまな要因により、昨年秋から電力市場の高騰が続いています。終わりの見えない高騰に、新電力の多くは、顧客への販売価格よりも原価が高くなる逆ザヤの状態に陥りました。
このため、新電力は今年初頭から、電力契約の更新時期を迎えた企業に対して、大幅な料金値上げや更新辞退の申し入れをするようになりました。事業撤退や破産する新電力は後を絶ちません。
既存顧客へのサービス提供も継続できない新電力が、新しい顧客と契約できるはずもありません。しかも、大手電力まで新規の受け付けを中止してしまいました。これまで契約していた新電力と契約を更新できず、大手電力とも契約できない。こうして多くの企業が電力難民になっているのです。
大手電力は、既存顧客に対しては従来の電気料金のまま提供を続け、新規顧客との契約だけを停止している状況です。繰り返しますが、日本は自由化しているといっても、依然として大手電力が発電所の8割を保有する寡占(かせん)が続いています。こうした状況をかんがみ、経済産業省は大手電力の現在の対応は望ましくないという見解を示しています。大手電力が新規受け付けを再開することが、状況の改善には欠かせません。
先進国とは言えない状況に
どこの電力会社とも契約できなかった場合、国が用意したセーフティーネットの「最終保障供給」を利用することになります。2022年3月から最終保障供給の利用件数は急増しており、5月には約1万3000件となりました。ほとんどが企業と自治体です。すでに異常事態ですが、これはまだ序の口。今のまま状況が改善されなければ、20万社をはるかに超える企業が電力難民となる可能性があると指摘する専門家もいます。(参考: 「企業の3割が最終保障供給に?電力難民が増え続ける日本の現実」 )
エネルギーは国家の屋台骨となるもの。電力なくして企業は業務ができませんし、国民は生活ができません。それなのに、電力会社と契約できず電力供給を受けられないという事態は、日本が先進国とは言えない状況に陥っていると言わざるを得ません。
今夏の節電要請を機に、日本がエネルギーを、電力をどう確保していくのか、議論すべきです。ロシアによるウクライナ侵攻によって、世界中がエネルギー安全保障を見直しています。資源を輸入に頼る島国の日本では、より早く、真剣に考えないと、想像もできないような危機的状況に見舞われる可能性すらあるのです。
取材・文/三浦香代子 撮影/洞澤佐智子
どんな企業でも電気料金は安くなる。コツさえつかめば3割削減も。急にSDGs対応を迫られても大丈夫! 最初のステップであるコスト削減から、世界の潮流となっているSDGs/ESGへの対応まで、企業が実践すべき電力調達ノウハウを余すところなく解説。
久保欣也、三宅成也、山根小雪(著)/日経BP/2750円(税込み)