日本の少子化に歯止めがかからない。2021年の出生数は過去最少の84万人。合計特殊出生率は1.30となった。15年には約100万人だった出生数は、22年度中に80万人を割ると予測されている。少子化問題を考えるための本を、日本総合研究所シニアスペシャリストの村上芽さんに聞いた。

コロナ禍で少子化が加速

 私は日本総合研究所で企業のESG(環境、社会、ガバナンス)活動に対する調査や、SDGs(持続可能な開発目標)、サステナビリティ人材育成に関する研究を行うとともに、2021年夏から内閣府子ども・子育て本部の「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」にも出席しています。

 こちらの検討会は少子化社会対策基本法に基づいて策定された「少子化社会対策大綱」における施策について、進捗状況などを検証・評価し、必要な見直しにつなげるPDCAサイクルを回すために開催されています。7月26日に中間評価がまとまり、それがそのまま「こども家庭庁」に引き継がれる予定です。

 こうした政策もありますが、日本の少子化には歯止めがかかりません。2021年の出生数は過去最少の84万人。合計特殊出生率は1.30です。15年には約100万人だった出生数は、22年度に80万人を割ると予測されています。新型コロナウイルス禍の影響が、若い世代の出生意欲を低下させているとも言われ、状況が好転するような兆しも見えていません。

 そんななか、今年10月からは、目安年収が1200万円以上の家庭の児童手当については、月5000円の特例給付が打ち切られることになりました(児童2人+年収103万円以下の配偶者の場合など)。

 「目安年収1200万円」は夫婦合算ではなく、「主たる生計維持者」の年収で、夫が1000万円、妻が1000万円稼いでいたとしても制限に引っかかりません。専業主婦世帯よりも共働き世帯が多い現代には、そぐわないのではないでしょうか。

 また、この児童手当の一部打ち切りによる財政効果は370億円。それを待機児童対策に充てるとされていますが、子育て世帯であることには変わりないのに、「高所得者への手当てを打ち切り、それを子育て支援の財源に」という方法には疑問も感じます。

 例えば、北欧などではもともと税金など国民の負担率が高く、子育て政策も福祉も「みんなで支えていく」という意識が強くあります。欧州の少子化対策については、自著の 『少子化する世界』 (日経プレミアシリーズ)で詳しく解説していますので、参考にしてみてください。

欧州の少子化の取り組みを解説した日経プレミアシリーズ『少子化する世界』
欧州の少子化の取り組みを解説した日経プレミアシリーズ『少子化する世界』
画像のクリックで拡大表示

 日本は子育てに対する公的資金の投入が少ない上、教育費が高く、「私的投資で何とかする」という認識です。今や子育て世帯はマイノリティーですから、子育て政策が政治の争点になりにくく、国としてはマジョリティーの高齢化問題に予算を割かねばならないのでしょう。

 また、「そもそも何のために少子化対策をしているのか」といった説明も歯切れが悪い印象です。国の本音としては、「そもそも人口を維持しないと、今の社会保障制度が成り立たない」ということがあるのですが、「子どもを生むのは個人の自由であり、国が押し付けることではない」とも言っています。

 確かに国が女性に「生む」「生まない」という選択を押し付けるべきではありませんが、もしかしたら今まで妊娠・出産に対する正しい教育を受けてこなかったために、年齢的な問題で出産を逃した女性もいたかもしれません。

 フランスなどでは、学校で妊娠・出産、または子宮頸(けい)がんなど女性特有の病気に関する教育を行っており、PACS(民事連帯契約)で異性間・同性間で共同生活を送るカップルが法律婚のカップルとほぼ同等の権利の下で子育てをすることができます。

 日本でも正しい知識を早いうちから教え、子どもを生むとすれば、いつが個人にとってのウェルビーイングを向上させるのか、といったところまで踏み込むべきかもしれません。

 日本は少子化対策だけでなく、多くの制度が何十年も前につくられたものです。もう、古くなった城を建て直し、石垣を築き直す時期に来ているのだと思います。

少子化と今後の子育てを考える3冊

 暗い話が続きましたが、ここで少子化問題を考える1冊をご紹介したいと思います。それは 『人口減少×デザイン 地域と日本の大問題を、データとデザイン思考で考える。』 (筧裕介著/英治出版)です。

 こちらは「お金がない」「出会いがない」といった人口減少に関連する問題をデザインの力で解き明かそうとしています。「夫婦がどこで出会ったか」「子育てと仕事の両立は難しい?」といったテーマも、データとグラフで分かりやすく解説されています。人口減少時代に地域でできるアクションも示されており、勉強になる1冊です。

データとグラフで分かりやすく解説されており、ペラペラめくるだけでも学びがある『人口減少×デザイン』
データとグラフで分かりやすく解説されており、ペラペラめくるだけでも学びがある『人口減少×デザイン』
画像のクリックで拡大表示

 次は私自身が子育てをするなかで読み、ハッとさせられた 『未来のイノベーターはどう育つのか 子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』 (トニー・ワグナー著/藤原朝子訳/英治出版)です。

 夫婦共働きで忙しい毎日、私が仕事に打ち込もうと思うと、やはり子どもには病気で保育園を休むこともなく、良い子でいてほしい──というのが正直なところです。さらに、保育園も小学校もいろんな決まり事が多く、それにきちんとついていくだけでいっぱいいっぱい。

 そんなときにこの本を読み、「自分は『仕事ではイノベーションが大事』と言っていながら、これでいいの?」と気づいて、愕然(がくぜん)としました。「きちんと」を守ろうとするあまり、子どもの可能性をつぶしては本末転倒です。

 今の子どもたちの世代が大人になったとき、「子ども時代は自由で楽しかったなあ」という思い出があれば、「自分も子どもを育ててみたい」と思えるはずです。この本には、子どもたちを伸び伸びと育てるためのヒントが詰まっています。

『未来のイノベーターはどう育つのか』は、村上さんが、決まりごとが多い日本の教育に疑問を抱くきっかけにもなったという
『未来のイノベーターはどう育つのか』は、村上さんが、決まりごとが多い日本の教育に疑問を抱くきっかけにもなったという
画像のクリックで拡大表示

 最後は 『暴力は絶対だめ!』 (アストリッド・リンドグレーン著/石井登志子訳/岩波書店)です。スウェーデンの作家・リンドグレーンは言わずと知れた『長くつ下のピッピ』の作者ですが、この本に書かれているように「子どものしつけに暴力は不要」ということを強く訴えた人でもあります。その発言が世論を動かし、スウェーデンでは1979年に世界で初めて子どもへの体罰を禁止する法律が制定されました。

 すでに今の親たちは体罰を受けずに育った世代となり、その子どもたちも暴力や体罰におびえることなく育っているので、とてもポジティブです。例えば、グレタ・トゥーンベリさんのようにしっかりと自分の言いたいことが言える、臆せずに行動できるというのは、やはり暴力や体罰なしに育ってきたからではないでしょうか。

 少子化問題が深刻な日本ですが、今の中学生くらいの世代に向け、出産や子育てに関するポジティブなメッセージを発信していくしかないと思います。今の子どもたちが大きくなったとき、日本は「子どもを生んで育てたい」と思える国になっているかどうか。少子化問題を解決する鍵はそこにあると思います。

取材・文/三浦香代子 構成・写真/雨宮百子

日経プレミアシリーズ
『少子化する世界』
豊富なデータから読み解く少子化の課題とは?

移民で出生率が上がったドイツ、「親になれない」フランスの若者、数よりも子育ての「質」が議論されるイギリス…。新たな課題に直面する欧州各国の動きを学び、日本が進む道を探る。

村上芽著/日本経済新聞出版/935円(税込み)