新刊 『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか?』 では、戦時下のウクライナ政府でデジタル変革を率いるミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革大臣へのメールインタビューを行った。ロシアによる侵攻の3年前に着手した「野心的な目標」とは? イーロン・マスク氏に提供を直談判した衛星インターネット接続サービス「スターリンク」の現在とは? ウクライナのレジリエンス=強靱(きょうじん)さの源泉に迫る、一問一答の一部を公開する。
2019年に着手した「野心的な4つの戦略目標」
いまウクライナが直面しているロシアとの戦争では、ウクライナのデジタル政府化が「レジリエンス=強靱(きょうじん)さ」の一つになっているように見えます。それについて、どう考えていますか。ウクライナのデジタル政府化はいつ頃から本格化したのでしょうか。
ミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革大臣(以下、フェドロフ大臣):ウクライナのデジタル変革は、2019年に国の歴史上初めてデジタル変革省が創設されたときに始まりました。
デジタル変革省の活動が始まって以来、われわれの野心的な目標は、サービス提供の面で世界で最もユーザーフレンドリーな国になることでした。
われわれのグローバルな目標は、2024年までに達成すべき4つの戦略目標に分けられています。
(1)サービスの100%オンライン化
(2)交通インフラと集落の95%をブロードバンドでカバーする
(3)ウクライナ人600万人がデジタルスキル開発のプログラムに登録する
(4)GDPに占めるITの割合を10%に引き上げる
デジタル・プロジェクトを実装するため、政府チームは独自の国家体制を構築しました。2020年3月、すべての国家機関に最高デジタル変革責任者(Chief Digital Transformation Officer=CDTO)職が創設されました。ウクライナは、このようなアプローチを世界に先駆けて実装しました。
2年半で、われわれは多くの目標を達成しました。法律で物理的な文書と同等とされた世界初のデジタルパスポートを始めました。世界最速の事業登録、納税、子どもの登録をスタートしました。バーチャル・アクティビティの合法化、テクノロジー企業向けにヨーロッパで最高の税制である「Diia.City」を立ち上げました。
ロシア侵攻後に「開発のペースは数倍加速」
本格的な戦争が始まってからも、われわれはその使命を放棄せず、デジタル国家づくりに邁進しています。戦時下で平時よりも迅速かつ効果的な解決策が求められている現在、開発のペースはさらに数倍加速しています。
国のデジタル化が始まって2年間で、デジタル変革省のチームはサービスの立ち上げやデジタル化に必要なノウハウを獲得しました。多くのウクライナ人は、スマホアプリの「Diia」ポータルを使っています。
われわれには、確立されたシステム管理チームがあります。このチームのおかげで、戦争が始まって以来、われわれは仕事を迅速に再編成し、新しい優先順位を決め、その実行に24時間年中無休で取り組むことが可能になっています。
われわれはつねに「臨戦態勢」です。戦争が始まって以来、軍事支援、周辺国へ書類なしで家を出た人のためのeドキュメント、政府への現金支援申請、敵の動きをウクライナ軍に知らせるチャットボットである「Vorog(「敵がいる」という意味)」、周辺国の避難した国民向けインターネットテレビ、ラジオも始めました。
さらに被災した家屋などの復旧のための損賠賠償請求の申請受け付けを開始しました。われわれは常に新しい社会サービスを立ち上げています。
しかし、省の設立以来のわれわれの主な任務である公共サービスの100%デジタル化という目標は変わっていません。政府とのやり取りを数クリックで可能にするという目標です。戦時下にある今、すべてのウクライナ人にとって政府サービスへのアクセスがいかに必要であるかを目の当たりにしています。
国軍支援、敵軍情報、補償申請、養子縁組…
戦争中に行動することで始まった主なものを以下に挙げてみます。
・陸軍支援―UNITED24基金を通じて陸軍に資金を送ることができる。
・スマホなどで視聴できる「Diia」テレビと「Diia」ラジオ―真実のニュースへの24時間年中無休のアクセス。
・eドキュメント―戦争の初期段階ですべての国家安全保障レジストリが切断されたため、われわれは「eドキュメント」を立ち上げました。多くのウクライナ人は家からなんの書類も持たずに隣国へ逃れましたが、検問所や警察、あるいは日常生活でeドキュメントを身分証明書として示せることができました。
・Vorog―占領者と敵の動きに関する情報を軍隊に提供するための「Diia」を通じて承認されたチャットボット。リリース以来、このボットは30万人以上のユーザーによって使用されています。他のボットとの主な違いは、「Diia」による承認です。これは、妨害工作員が偽の写真やビデオをスパムできないようにするために必要です。
また、チャットボット Vorog では、ブチャ、イルペン、ホストーメリの協力者と殺人者について情報提供できます。
・破壊された財産の申請―さらなる補償のために、戦闘地帯での被災または破壊された財産に関する追加補償の通知。
・失業手当の登録―数回のクリックと1個のアプリで政府に失業手当を申請する機能。
電子申請は、戦時下で食品販売や飲食店の開業に必要な374種類の免許を1つにまとめたものです。これがあれば、個別の許可、ライセンスは不要です。
国内避難民の登録と社会扶助の実施。このサービスは、戦闘地域にあるコミュニティから移動した市民、または一時的に占領下にある市民が利用できます。
ポータルサイトで新サービスが開始され、養子縁組の相談を申し込むことができるようになりました。近く登録から1分で証明書を取得できるサービスを始めます。
1万2000台以上のスターリンクを活用
フェドロフ大臣は、イーロン・マスクにスターリンク配備をツイッターで要請しました。スターリンクはどう活用されていますか。
フェドロフ大臣:現在、ウクライナでは1万2000台以上のスターリンクが使用されています。スターリンクから一部を受け取りました。一部はヨーロッパ諸国のデジタル変革大臣とパートナーであるアメリカ国際開発庁(USAID)のおかげです。
近年、われわれはモバイル・インターネットと光学機器の両方で国の全域をカバーするために取り組んできました。スターリンクは戦争中でも大半の地域で機能しますが、停電や戦闘が行われている遠隔地でも必要なのです。
スターリンクの技術の助けを借りて重要施設の運用で新しいソリューションを見つけました。重要なインフラの維持および更新に使用しています。
以下は、その一例です。4月にボーダフォンのエンジニアが、キーフ地方のイルピンとロマニフカの町付近で基地局を開設し、住民に2Gおよび4Gのサービスを提供するようになりました。
携帯電話会社のネットワークを衛星回線でバックアップするスターリンクのような使い方は、世界では前例がないようです。また、光インターネット・サービス・プロバイダーの更新にスターリンクを活用しています。
暗号資産寄付サイトで6000万ドル以上を調達
3月15日、ウクライナ政府は暗号資産寄付Webサイト(https://donate.thedigital.gov.ua/)を立ち上げました。これはどのように実現したのでしょうか。
フェドロフ大臣:ウクライナ軍の差し迫ったニーズに対応するため、暗号通貨は最初の数日間、本当に役に立ちました。CryptoFund の助けを借りて、ソーシャルメディアでのアピールの結果、6000万ドル以上の暗号通貨を調達しました。
暗号基金は、デジタル変革省の要請により、暗号プラットフォームKUNA、ブロックチェーン会社 Everstake、暗号交換FTXとともに立ち上げられました。このオペレーションには、寄付アドレスを設定したウクライナの暗号プラットフォーム、ウクライナ国防省、ウクライナ保健省が参加しています。デジタル変革省は、国防省と保健省の要求に基づいて、必要な軍事機器の調達に努力しています。国防省は、ウクライナ軍のニーズに応じて、配備を決定します。
その後、暗号交換所FTXとウクライナのスタッキング・プラットフォームEverstake と並んで、「AidforUkraine」と呼ばれる公式ウェブサイトを立ち上げました。世界中の人々が暗号通貨を介して寄付することができます。暗号通貨での寄付の量は注目に値します。おそらく、史上最多の暗号通貨の寄付が行われています。ウクライナ軍の装備に4500万ドルの暗号通貨による寄付金が投じられました。
暗号通貨の寄付により、われわれはウクライナ軍に以下の装備品などを提供することができました。
・防弾チョッキ
・防弾チョッキ用の弾道プレート
・医薬品
・ウォーキートーキー
・ランチパック
・赤外線カメラと光学機器
・ヘルメット
暗号通貨の寄付を通じて購入されたすべてのヘルメットとベストは、現在、ウクライナの兵士たちの命を救っています。
IT軍は守って、攻めて、真実を広める
ウクライナにはIT軍と呼ばれるサイバー軍があります。ウクライナ国家としてサイバー攻撃を行っているユニットは他にありますか?
フェドロフ大臣:今、われわれはロシアと世界初のサイバー戦争を戦っています。そして、われわれは必ず勝利する。サイバー戦線での戦争は、ロシアの戦車がウクライナを離れるまで続きます。
本格的な侵略が始まる前から、ロシアはわれわれの国家資源、ウェブサイト、銀行システム、メディアを常に攻撃していました。ロシアによるサイバー攻撃を撃退し、サイバーセキュリティを強化しました。
しかし、戦争が始まると、われわれは自分自身を守るだけでなく、敵と戦うウクライナのサイバー部隊を作り始めました。ウクライナのIT軍は、ウクライナと国際的なIT専門家を結集して、サイバー戦線でのロシアの攻撃と戦っています。プロジェクトへの彼らの参加は自主的なものです。
サイバー戦線での戦争が始まって以来、われわれのIT軍は、ロシアの政府機関や政府機関のサイト、宣伝メディアのサイト、人気のある銀行サービスなど、数百のサイトを「ダウン」させてきました。
IT軍には3つの重要な要素があります。以前はインフラや顧客の保護にのみ焦点を当ててきたIT企業ですが、何をすべきかを理解しています。次に、サイバーポリティクスとサイバーボランティアなど、いくつかのサイバーグループがあります。
また、個人のIT専門家やこの分野に参入したばかりの人が、たとえばDDoS攻撃などの攻撃ベクトルの技術をすぐに習得し、積極的に支援しています。IT軍のサイトで見ることができる公式の目的と非公式の目的があります。サイトやデータベースへの攻撃だけでなく、実際に戦闘地域で何が起こっているか、真実を広めることも非公式の目的です。
IT軍はロシアにとって重要な80以上のデータベースに侵入しました。これらは、市民、企業、および非常に機密性の高いデータベースです。また、たとえば、デジタル封鎖により、現在、「VKontakte」はサーバーを購入することすらできなくなりました。彼らのサイバーセキュリティも制裁によって大きな打撃を受けています。
IT軍のDDoS攻撃は非常に効果的であることが証明されました。会計サーバーを攻撃し、会計未提出の罰金を取り消しました。また、ロシアでは、「ブラックマーク」への攻撃により、マークの有無を確認しないまま、商品を流通させることもありました。他のボランティアグループが軍隊に支援されて攻撃を行うこともよくあります。たとえば、ターゲットがIT軍の電報チャネルで公開されている場合、そのターゲットは他チャネルによってピックアップされ、より大きな効果を上げられます。
渡部恒雄、長島 純、熊野英生、田中 理、柏村 祐(著)、日経BP、2200円(税込み)