2050年にC0₂を実質的にゼロにするカーボンニュートラルの実現に向けて、世界中で再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。しかも、ロシアによるウクライナ侵攻で脱炭素化はさらに加速し始めました。その理由と、今後日本が進むべき道について、 「日経エネルギーNext」 の創刊時より編集長を務め、電力・エネルギー問題に詳しい山根小雪さんに解説してもらいました。
ウクライナ侵攻で変わったこと
今年2月にロシアがウクライナに侵攻する直前まで、日本のエネルギーの最大関心事は脱炭素でした。菅義偉前首相が2020年10月、「2050年までに、温暖化ガスの排出を全体としてゼロにする。脱炭素社会の実現を目指す」とカーボンニュートラルを宣言したことで、国内の雰囲気は一変。数多くの企業が脱炭素を宣言し、再エネの大量導入に向けて官民が動き出しました。
ところが、ロシアのウクライナ侵攻後は、足元の電力不足もあいまって、「脱炭素などやっている場合ではない」「石炭火力発電所をもっと活用すべきだ」という意見が散見されるようになりました。
今の電力不足はウクライナ侵攻によるものではなく、長年の国の不作為によるものです(前回 「『電力難民』20万社超も 電力不足3つの構造問題」 参照)。ウクライナ侵攻で激化する資源争奪戦の影響は、これから本格的に出てくることでしょう。
一方、欧州の雰囲気はまったく異なります。「ロシアの資源にはもう頼らない。たとえ足元では石炭火力発電所などを活用したとしても、早期に再エネの導入量を増やし、脱ロシアを実行する」という強いメッセージを発しているのです。欧州のエネルギー情勢に詳しい関係者は、「日本と欧州の温度感の差の大きさは驚くほど」と言います。
ウクライナ侵攻によって、エネルギーを取り巻く世界情勢は緊迫しています。ロシアは化石燃料を輸出する資源国であり、天然ガスの輸出量の40%、石油の20%を占めています。先進7カ国(G7)は経済制裁として、ロシアから資源の輸入をやめようとしています。ですが、輸出量に占める割合が大きいロシア産の天然ガス・石油の輸入をやめ、他の産出国からの輸入ですべてをカバーするのは大変なことです。
日本がロシアから直接、輸入している資源量は決して多くありません。ですが、ロシア資源への依存度が高い欧州諸国がロシアからの輸入をやめ、他国で産出される天然ガスや石油を買うことで、需給がタイトになり、価格が上昇しやすくなります。グローバルの資源争奪戦が一層、厳しさを増すというわけです。
特に日本への影響が大きいのが天然ガスです。日本は電力の76%を火力発電所で発電していますが、そのうち39%が天然ガスを燃料としています(2020年度実績)。天然ガス価格の高騰は、国内の電気料金上昇に直結します。さらに、天然ガスを必要量、確保できない事態に陥れば、即座に電力不足に陥ります。
欧州は日本以上に厳しい状況に置かれています。そんななか、欧州で起きていることが脱炭素化の加速なのです。
欧州は再エネで脱ロシアを実現する
ロシアによるウクライナ侵攻から2週間もたたない3月8日、欧州委員会はロシア産化石燃料からの脱却計画「リパワーEU」の概要を発表しました。「2030年よりかなり前に、ロシア産の化石燃料から脱却する」ことを目指し、実現に向けた詳細な計画を公表したのです。
フォンデアライエン欧州委員長はリパワーEUについてこう述べました。「再エネと水素への切り替えが早ければ早いほど、エネルギー効率を高めれば高めるほど、私たちは真の意味で自立できる」。再エネの導入は、エネルギー自給率を高めることと同義です。脱炭素化を進めることで、エネルギー自給率が高まり、脱ロシアを実現できるというわけです(欧州の水素は再エネの貯蔵・輸送が主な用途)。
リパワーEUは、「2030年には電力の再エネの割合を69%にする」という数値目標も掲げています。原子力を加えた脱炭素電力の目標値は実に87%に上ります(参考: 「『脱ロシアは脱炭素で』、EUはあと8年で再エネ+原子力を87%に」 )。日本は「エネルギー基本計画」で2030年の再エネ導入量を36~38%としています。原子力の20~22%を合算しても、リパワーEUの水準にははるか及びません。
つまり、欧州ではウクライナ侵攻を経て、脱炭素化が減速するどころか急加速し始めたのです。エネルギー安全保障の議論の高まりとともに、エネルギー自給率の重要性が再認識されています。そのための最重要施策が、再エネの早期大量導入というわけです。
なぜ日本で再エネ導入は進まないのか
では、なぜ日本の再エネ導入目標は、低いのでしょうか。その理由は、原子力の利用について、実態に即した目標設定ができていないことに起因します。エネルギー基本計画は、再エネと原子力を合わせた脱炭素電源を全体の58%にするという方針に基づいています。再エネ導入目標が36%~38%、原子力を20~22%としているのはそのためです。
ただ、この数値は原子炉を30基ほど動かすことを意味します。東京電力・福島第1原子力発電所事故から11年がたった今でも、再稼働した原子炉は10基程度にとどまります。現状を鑑みると、2030年の目標達成は難しいと言わざるを得ません。そもそも日本が2050年のカーボンニュートラルに向けて、原子力をそれなりの割合で使うのであれば、新増設の道筋を付けなければなりませんが、こちらはさらに難しいのが実情でしょう。
政策面で再エネの導入目標が低く設定されていることに加えて、国内には「太陽光や風力による発電量は天候に左右されるから、不安定だ」「取り入れるにしても家庭のコスト負担が大きい」といった誤解もありそうです。
例えば、東京都が検討中の「新築住宅への太陽光パネル設置義務化」に対してSNSを中心に反対意見が出ていますが、制度や現状への誤解があるように感じます。
誤解している人が特に多そうなのが、コストについてです。東京都の補助金を活用すれば6年程度、補助金なしでも10年ほどで設置費用は回収できます。太陽光発電システムは、一部の機器を交換すれば30年は使えると言われています。設置費用を回収した後は、太陽光で発電した分だけ、電力会社から購入する電力量が減り、電気料金が安くなります。
つまり、20年以上もの間、電気料金を削減し続けるわけです。燃料価格の高騰を受け、電気料金の値上げが相次いでおり、この上昇トレンドは終わる気配がありません。住宅への太陽光パネルの設置は脱炭素対策としてだけではなく、家計を助けるコスト削減手法でもあるのです。
太陽光発電については、海外では「次代の石油」と言われて各国で導入が進んでおり、爆発的なコスト削減が起きています。
20世紀は石油の時代と言われました。太陽光発電が「次代の石油」と言われる理由は、「安さ」「巨大な賦存量(潜在的に存在すると算出される量)」「あらゆる場所で発電できる」ためです。
住宅やビルへの太陽光パネルの設置義務化も、世界では珍しいルールではありません。前述の「リパワーEU」は、69%という高い再エネ導入目標を実現するために、新築の住宅や建物だけでなく、既築の建物への設置も義務化するとしています。米国ではニューヨーク州やカリフォルニア州が、国内でもすでに京都府などが義務化しています。それだけ、太陽光発電のコストが安くなったということです。
確かに、太陽光や風力などは自然のエネルギーですから、発電量は変動します。日本は島国ですし、欧州や北米などとは気象や地理的条件が異なるため、「海外と日本は違う」という意見もあるでしょう。
しかし、太陽光や風力の変動は、テクノロジーによっていかにコントロールするかが腕の見せどころ。住宅や工場など電力を使う側の工夫や、電力網の運用方法の変更など、やれることは多数あります。
「太陽光発電は変動があるから導入できない」と否定するのではなく、「いかに次代の石油と言われる太陽光発電を取り入れるか」を前提にしてイノベーションを起こしていくほうが、建設的だし、ビジネスチャンスも広がるのではないでしょうか。
1京円の巨大市場が生まれる
実際、2050年にカーボンニュートラルを達成できるかどうかは、太陽光や風力などの再エネを総動員するだけでは不十分です。
カーボンニュートラルは、ざっくり言うと、化石燃料の使用量を実質ゼロにするという意味です。20世紀は「石油の世紀」と言われます。ちらりと身の回りを見るだけでも、電力にガソリン、プラスチック素材など化石燃料を使っているものが大量に存在します。これをゼロにするということが、どれだけ壮大な挑戦であるか分かると思います。
脱炭素で再エネばかりが話題になるのは、発電に使う化石燃料の量が圧倒的に多いためです。実際には、再エネ導入だけでなく、現在の社会インフラをすべてつくり替えるような話なのです。温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す世界的な金融機関の有志連合GFANZは、今後30年間で1京円(10000兆円)の投資を行う方針です。
巨額の投資によって社会インフラをつくり替える脱炭素は、大きなビジネスチャンスであり、世界中の企業がなんとかものにしようとしのぎを削っています。脱炭素は、新たなグローバル経済競争となっているのです。脱炭素を実現するテクノロジーやシステムを開発した国や企業が次なる覇者になります。
この動きを解説した本が、 『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』 (井熊均、王婷、木通秀樹、瀧口信一郎著/日経BP)です。
日本がとるべきは「弱者の戦略」
今、世界でカーボンニュートラルの実現に向けて関連市場が活発化していますが、残念ながら日本は出遅れています。太陽光パネル製造企業のシェア上位を中国の企業が占めるなど、中国が首位を独走し、米国が猛追しています。中国はEV(電気自動車)や蓄電池でもトップを走っており、圧倒的な強さを見せています。
ウクライナ侵攻後、米国ハイテク株が下落するなど、スタートアップを巡る状況は厳しいものとなっています。それでも、脱炭素関連技術「クリーンテック」を手掛けるスタートアップへの投資マネーの流れは止まっていません。クリーンテックはWeb3(次世代型インターネット)と並ぶ注目株です。
イノベーションはスタートアップから生まれる時代です。しかし、日本にはそもそもクリーンテックを生かした企業が少なく、投資マネーも集まりません。脱炭素は製造業が強い日本にとって戦いやすい分野であるはずですが、現状では勝てる要素があまり見つからないという残念な状況にあります。
ただ、先に紹介した本『脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス』では、日本は「弱者の戦略をとる」ことで生き残れるとも説いています。本来、インフラづくりや自動車といったジャンルは日本のお家芸のはず。太陽光や蓄電池といった巨大市場の覇権を握るのが無理ならば、強みに集中することで生き残るしかないのです。そのためには、政策だけではなく、企業経営のあり方も変えていかなくてはなりません。本書では、そのヒントも示されています。
前回の 「『電力難民』20万社超も 電力不足3つの構造問題」 と併せて、電力不足と脱炭素化の動きを知るために役立つ2冊を紹介しました。日本を取り巻く危機を理解する参考にしていただければと思います。
取材・文/三浦香代子 写真/洞澤佐智子
カーボンニュートラルはこれまでのビジネスルールを一変させ、既存産業を崩壊させる。本書がつづる現実は、21世紀の企業の盛衰は脱炭素が握ることを示している。新たな経済競争「ゼロカーボノミクス」の勃興を直視し、今すぐ動き出さなければ日本企業に未来はない。
井熊均、王婷、木通秀樹、瀧口信一郎著/日経BP/2090円(税込み)