「話し合い」が苦手な学生たち

 みなさん、「話し合い」はお好きですか? 「話し合いは面倒臭い。できればやりたくない」という方は多いのではないでしょうか。

 人がこの世に生を受け、他の人々と「ともに生きていく」ためには、話し合いは避けて通れないものです。しかしながら、会社や学校、地域社会…、今、あらゆる場で話し合いが機能不全に陥っているように感じます。

 私は大学教員でもあるのですが、話し合いができない学生が少なくないと感じます。教員経験は20年以上にもなりますが、ずっと感じ続けてきた違和感でした。

 グループワークなどの際も、いきなりGoogleフォームを作って意見を募り、そのまますぐに多数決をして、ほとんど話し合いをせずに方針を決めてしまうグループがあります。といっても、みんなで話し合って納得して決めた方針ではないので、誰もついてこないし、後から文句を言う人が出てきたりして結局うまくいきません。

 このようなことを避けるため、私の授業では、最初に話し合いのやり方について教えることもあります。中学、高校では、アクティブラーニングが導入され、以前よりも話し合いや対話による深い学びが重視されるようになっています。にもかかわらず、学生たちはなぜか話し合いをして自分たちで決めていくことが苦手なようです。

 では、社会人ならしっかり話し合いができているかというと、これがそうでもありません。仕事柄、企業の方々とお打ち合わせをしたり、会議に参加したりすることも多いのですが、しばしば残念な話し合いに遭遇します。話題があちこち脱線し、グダグダになってしまって、まとまらない。それぞれが自分の主張を述べただけで、すぐに多数決で決めてしまう。オンラインの話し合いの場で出席者がカメラオフ、ミュートにしていて誰からも反応がない…など、学生同様、全員で何かを決める場、話し合う場になっていないケースが多いのです。

 また、リーダー的な存在の人が「それはいいね」「同感だね」などと、一つ一つの発言に対して評価する言葉(評価語)を発しているために、話し合いにならず、単なるご意見伺いの場、承認の場になってしまっているケース。誰からも発言、反応がないために、気まずい間(ま)を埋めようと、リーダー的存在の人が話しまくっている、といったケースもよくあります。

「学生だけでなくて社会人も・・・あらゆる場で話し合いが機能不全に陥っているように感じます」
「学生だけでなくて社会人も・・・あらゆる場で話し合いが機能不全に陥っているように感じます」
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「話し合い」は民主主義のベース

 この数年、「民主主義の危機」ということが言われるようになりました。実際、十分に話し合いが行われないまま重要な意思決定がされてしまうなど、今の政治状況は非常に危ういものになっているように感じます。悲しいことに、学生たちと話していると、多くの学生が「経済や経営の力で世の中を変えることができる」ということを信じている一方、「政治の力で世の中を変えることができる」ということを信じている学生は、極めてごく少数です。

 また、近年、「民主主義はタイパ・コスパが悪いので、独裁・専制主義も悪くない」と言ってくる学生もいます。独裁・専制主義で「間違った方向」に権力集中したときの被害を、忘れています。大学教員として「君たちがどれほど政治に対して無関心でいたとしても、政治の力で君たちを変えることはできてしまうのだよ」と、伝えてはいますが、ここ数年、「やはりいま一度、民主主義というところに立ち返るべきなのではないか」という思いを強くしています。

 そして、民主主義のベースとなるのが、「話し合い」です。

 「話し合いをしたことがない」という人はまずいないでしょう。ですが、話し合いとはどのようなものか、どう進めるべきなのか、ということをきちんと説明できる人はほとんどいません。なぜなら、話し合いについては教育機関でもほとんど教えられていないからです。そこで私は「話し合い」の入門書として 『話し合いの作法』 (PHP研究所)という本を書きました。この本では話し合いとは何か、なぜ話し合いが必要なのか、といった基本から、具体的な「話し合いの作法」を、イラストや具体的な事例をふんだんに盛り込んで、分かりやすく解説しています。

「話し合い」の入門書として刊行された『話し合いの作法』
「話し合い」の入門書として刊行された『話し合いの作法』
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「話し合い」は始めが肝心

「話し合いを始める際に重要なのは『目的』をしっかり共有しておくということです」
「話し合いを始める際に重要なのは『目的』をしっかり共有しておくということです」
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 どうすれば「よい話し合い」ができるのでしょうか。ここで、話し合いのこつを少しだけお伝えしたいと思います。

 話し合いは始めが肝心です。いきなり話し合いを始めてはいけません。大切なことは、最初に「何について話すのか=テーマ」と「何のために話すのか=目的」と「どのように話すのか=ルール」を明確にしてから、話し合いを始める、ということです。

 話し合いを始める際、まずは、何を話すのか、「テーマ」を共有します。重要なのは、話し合いで何を目指すのか、「目的」をしっかり共有しておく、ということです。私は学生たちに必ず「Why are you here?」と、問いかけます。なぜ今ここに集まっているのか、なぜ今ここでこのテーマについて話し合うのか、話し合いの目的と最後に達成したい成果、ゴールを明確にしておかないと、終わりの見えないダラダラとした話し合いが続いてしまいます。

 「テーマ」と「目的」が明らかになったら、「ルール」を決めます。

 時間配分や進め方、司会役や書記役などの役割分担、挙手して発言するなどといった発言方法など、話し合いのルールをあらかじめ明確にしておくとスムーズに進められます。オンラインの話し合いであれば、画面オフ禁止、発言時以外はミュートにする、など、ツールの使い方についてのルールも決めておくとよいでしょう。

 話し合いをスムーズに進めるためのルールだけでなく、安心して発言できるようにするためのルールも必要です。

 話し合いとは、それぞれが自分の考えを持ち寄り、その場に出し合うことで成立するものですが、「つまらない意見」だと思われないか、「場違いな発言」になっていないか、といったことが気になってしまうと、発言しにくくなってしまいます。そこで、「ズレがあってもOK」「お互いの発言を尊重する」など、安心安全な場をつくるためのルールもつくっておくと、自分なりの考え、意見をちゅうちょせず出すことができます。学生たちも「論破禁止」「意見は最後まで聞ききる」など、自分たちで誰もが発言しやすくなるようなルールをつくっています。

 話し合いをしていて、よく起きるのは、二つのトピックの混線です。

 例えば、「何のイベントをするのか」を話し合っているうち、「イベントに誰を招くのか」というトピックが混ざってしまい、何のトピックについて話しているのかが分からなくなってしまう、といった現象です。これは、LINEやslackなどのタイムライン上の話し合いでもよく見られます。「今、何について話しているのか」ということがズレてしまうと、話し合いになりません。ファシリテーター役が軌道修正することができればいいのですが、そうでない場合は、ホワイトボードに書き出すなど、話し合いを見える化すると、混線を避けてスムーズに進めることができます。

 今、社会には、「どうせ話し合っても分かり合えない」「どうせ話し合っても何も変わらない」といった話し合いに対する諦めが渦巻いているように思います。諦めるのは簡単ですが、話し合って共に生きていく先にしか希望はありません。「民主主義の危機」を脱するためにも、社会の分断と対立を乗り越えるためにも、世界平和を目指すためにも、話し合いが必要です。

 そして、話し合いができる社会をつくっていくためには、私たちの半径5メートル以内の家族や友人、職場、町内会やPTAなどごくごく身近なところにある「話し合い」から始めるしかない、そう考えています。

取材・文/井上佐保子 写真/鈴木愛子