経済的依存度の高い国に無理難題を押しつける──。米中をはじめとする大国による「経済の武器化」は2010年代以降、急速に進んでおり、トランプ関税はその典型例だ。米国の経済武器化の内幕を描いたエドワード・フィッシュマン著『チョークポイント』の解説文を執筆した鈴木一人・東大大学院教授に、本書のポイントや日本企業の進むべき道について聞いた。

相手の息の根を止める急所

「チョークポイント」という言葉は、日本人にはあまりなじみのない言葉ですが、経済安全保障の分野では、必ず押さえておかなければならないキーワードです。チョークポイントとはそもそも何か、その特徴などを教えていただけないでしょうか。

鈴木一人(以下、鈴木):チョークポイントというのは、その一点を押さえれば、相手の息の根が完全に止まる急所のことです。例えば、中国が圧倒的な世界シェアを握るレアアースはまさにチョークポイントであり、もし、中国が輸出を止めたら世界の自動車産業や防衛産業など、主要産業の多くが致命的なダメージを受ける可能性があります。

 ところが、中国はレアアースの輸出を止めても、中国自身の痛みはミニマムで済みます。もちろん、レアアースを生産している会社は損害を被るが、それ以外にはあまり被害が及ばない。こうした「被害の非対称性」が、チョークポイントの重要な特徴といえます。要するに、チョークポイントにはレバレッジがあり、小さな力で大きな結果が得られるわけです。

鈴木一人(すずき・かずと)氏
鈴木一人(すずき・かずと)氏
2000年英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。00~08年筑波大学大学院人文社会科学研究科で専任講師・准教授、08~20年北海道大学公共政策大学院で准教授・教授。12~13年プリンストン大学国際地域研究所客員研究員。13~15年国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長(ともに現職)。内閣府宇宙政策委員会委員(宇宙安全保障部会長)、日本安全保障貿易学会会長、国際宇宙アカデミー正会員、日本国際問題研究所客員研究員なども兼任。(写真:鈴木愛子、以下同)

エドワード・フィッシュマン著『チョークポイント』を日本の読者が読むとき、どこにポイントを絞って読むと、より理解が深まりますか?

鈴木:2つのポイントがあります。トランプが再び大統領になって、世界中にけんかを売っても、どの国も米国と付き合わざるを得ないのはなぜかがよくわかります。日本だけでなく世界の多くの国々が、特に金融システムや輸出において米国への強度の依存状態にあります。そのように依存せざるを得ない状態がどうやってつくられてきたのか、なぜ米国に振り回されないといけないのかが見えてきます。

 2つ目は、国家の強みをどうやって地経学的なパワーにするかというところです。そのためには、本書でも米国の国際緊急経済権限法(IEEPA、米国の相互関税の根拠になっている法律)の話が繰り返し出てきますが、このようなポリシーツールを備えておく必要があります。

 日本は、自由貿易やオープン・エコノミーという建て付けで、基本的には国際ルールに基づいて金融や貿易を進める方針をとってきたため、意図的にポリシーツールを持ちませんでした。経済安全保障推進法はありますが、経済安保は防御的な側面が強く、自国をレジリエントにすることや他国の圧力をはねのけるといった「守り」に重きが置かれています。自分たちの強みを伸ばして国家のパワーにするために役立つわけではありません。

 けれども、今、世界では、米国も中国もそうですが、大国が相手の国の首根っこをつかみにいこうとしているわけです。すでにそういう時代に入っていること、さらには、日本に何が欠けているかが、本書を読むとよくわかる。そこが大事なポイントだと思います。

一度ハマると抜け出すのが難しい「相互依存のワナ」

著者は、「経済的相互依存」と「経済安全保障」と「地経学的競争」という3つの軸を打ち出し、この3つは同時にはかなわず、よくて2つ、普通は1つだと述べていますね。

鈴木:その通りだと思います。相互依存というのはワナなんですよ。相互依存が進めば進むほど、そこから離れられなくなる。今、各国が苦労しているのはそこです。トランプ関税によって1930年代のブロック経済に戻るのではないかということがよく言われますが、当時と今とでは相互依存の度合いが違うので、そうはなりません。サプライチェーンがこれだけグローバル化し、企業が海外に投資をして子会社をつくり、グローバルにビジネスを展開しているので、そんなに簡単に切り離せるものではありません。

 切り離せないというのがやはり一番の問題で、切り離せないからこそ、さらに相互依存が進んでいく。そして相互依存が進んでいくと、当然、比較優位が働くので国際的に分業化されていきます。つまり、ある特定の産業が、ある特定の国に集中していく。そうすると、相互依存を武器にする国が出てくる。これが、地経学的な競争です。地経学的な競争が起きるのは、相互依存があるからなのです。

 相互依存があるから、依存側の国に対して初めてそのチョークポイントを握ることができる。依存側はそれをかわし、自分たちを守ろうとする。これが経済安全保障です。「経済的相互依存」と「経済安全保障」と「地経学的競争」は、3者が同じレイヤーにあるわけではなく、「経済的相互依存」がベースにあり、その上の層で「経済安全保障」と「地経学的競争」が対立している状況にあると捉えるべきです。地経学的競争が進めば進むほど、経済安全保障を強化して自分たちを守らなければいけない、というふうになっていきます。

トランプ政権のリバランス政策は失敗する可能性が高いが、失敗しても「トランプ前」の状況には戻らない、と話す鈴木教授
トランプ政権のリバランス政策は失敗する可能性が高いが、失敗しても「トランプ前」の状況には戻らない、と話す鈴木教授

米中のチョークポイント対決は中国に軍配

チョークポイントという視点で見ると、今の米中間の経済的な対立はどのように分析できますか。

鈴木:中国が持っているチョークポイントは米国によく効いていて、米国の持っているチョークポイントは中国にだんだん効かなくなっている。そういう関係にあるので、チョークポイント対決で米国は中国に負けています。

 簡単に言えば、中国が持っている最大のチョークポイントはレアアースです。米国は中国にレアアースの供給を大きく依存しているので、輸出を止められると米国はぎゃふんと言わざるを得ない。米国側の対抗措置として考えられるのは、ドル決済へのアクセス制限です。中国も国際取引でドルを使った決済が欠かせないので、本来、この措置は効くはずなのですが、米国はこのチョークポイントを使って中国に圧力をかけることができない。

どうしてですか?

鈴木:中国でビジネスをしている米国企業がたくさんあるからです。ドル決済というチョークポイントを使う場合、ターゲットは中国の銀行になります。ところが、中国で活動する米国企業は非常に多いので、中国の銀行が機能しないと彼らが困るわけです。さらに、中国の金融機関は、米国債の有力な買い手でもある。なので、米国が持っているチョークポイントは武器として使えないんです。

 一方、中国はレアアースという非常に強力な武器が使える。だから、米国対中国のチョークポイント対決では中国に軍配が上がり、関税を含めた貿易交渉でも中国が有利です。中国はメンツを立てることの大事さをわかっている国なので、トランプのメンツを潰さずに、実質的に中国にとって有利な状況をどうつくるかという交渉を進めているところです。

 ただし、中国にとってレアアースの輸出を止めることは、リスクも伴います。輸入側が、中国以外からのレアアースの調達や、レアアースの代替品開発、そもそもレアアースを必要としない製品の開発を誘発してしまう可能性があるので、中国としても「最後の手段」として取っておきたい。けれども、トランプが先にけんかを売ってきたので、最強のカードを切ってきているわけです。

トランプ関税が失敗しても元には戻らない

トランプ関税についてですが、『チョークポイント』の著者によると、今、トランプは、関税措置などによって米国の製造業の復活など、経済や産業の基本構造を変えようとしており、これは一時的なものではなく、トランプ後の米国でもこうした政策は続くと主張しています。この点についてはどうお考えですか。

鈴木:トランプ大統領が関税措置によって米国の経済や産業の構造を変えようと試みているというフィッシュマンの主張は、確かにその通りだと思います。ただし、それが成功するかどうかは保証されていない。ここが難しいところなんですね。

 米国への輸出に関税がかかれば、米国の消費者から見ればインフレの圧がかかるので、その影響がどうなるか。また、日本や韓国、EUは、米国に莫大な金額を投資することが、関税合意の中に盛り込まれました。日本の場合は5500億ドルですが、それをやったからといって米国での製造業の雇用が増えるかどうかは不透明です。トランプの任期中に雇用が増えなければ、「この関税政策は失敗だ」となる可能性も大いにあるわけです。

 そのときに、トランプが言うところの「リバランス」(貿易赤字、生産と消費のバランスなどの是正)や製造業復活を本当に実現できるのかというと、私は結構難しいなと思っています。

その理由は何ですか?

鈴木:市場原理や経済の論理はトランプが考えているほど柔(やわ)ではないからです。企業は当然、安いところで買い、高いところで売る。そういう経済活動を意図的にねじ曲げる、要するに、安く買って高く売ることが成立しない世界をつくることにはそもそも無理があります。

 この市場原理は、トランプであろうがなかろうが恒久的なものなので、市場原理とその基本構造を再構築しようとするトランプの圧力との折り合いをどうつけられるかがポイントです。ただ、残念ながら、今の米国は、製造業で儲かるような環境にはないので、トランプが期待しているような結果にはなかなかならないと思います。

トランプのリバランス政策が失敗に終わったら、揺り戻しが起きて、相互関税の前の状態に戻っていく可能性はありますか?

鈴木:そうなるとは思いません。「やっぱり市場原理による自由貿易が一番合理的だよね」とはならない。そうなってしまうと、自由貿易によって不利益を被る米国内のラストベルト(米北東部から中西部に広がる、かつて製造業で栄えた地域)の人たちの不満や抵抗が非常に強くなるので、政治的にそれは受け入れられないからです。

 米国の大統領選挙は選挙人制度で、ウィナー・テークス・イット・オール(勝者総取り)の仕組みです。カリフォルニア州やニューヨーク州、テキサス州、フロリダ州などではどちらの党の候補者が勝つかが選挙を行う前から決まっていて、大統領選を決するのは激戦州。その激戦州は、ラストベルトにあるわけです。ペンシルベニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州で労働者層の支持を取りつけて勝たないと大統領になれない。そうした事情があるので、自由貿易の旗を振っていたら大統領選挙には勝てません。

 経済原理を政治で正そうとするトランプのドラスティックな政策はうまくいかず、自由貿易のほうに戻ろうとしても、ラストベルトの人たちが許さない。経済原理にのっとっていたら政治的には不合理になり、政治的な原理にのっとっていれば経済的に不合理になってしまうわけです。要するに、どこを向いていてもブロックされる状態になっていて、何も正解がない。

すごく混沌とした状況になるかもしれないですね。

鈴木:まさに混沌とした世界が訪れます。我々は、予測不能な混沌とした世界を見たくないし、考えたくもないので、現実から目をそむけたくなります。あるいは、こうなるだろうと決めつけて安心を得ようとしますが、それは単なる自己欺瞞(ぎまん)にすぎません。これから訪れる混沌の世界とどう向き合うか、我々は今から考えておかないといけない。

企業はチョークポイントの確認が必須

ここまでの話を踏まえて、日本企業は、これからどういうことを心がけていけばいいのでしょうか。

鈴木:自社のサプライチェーンのどの部分で、チョークポイントを握られているか。他国が握っているチョークポイントをしっかりと分析することです。

 例えば、化粧品メーカーは、一見するとチョークポイントや経済安全保障には関係なさそうですが、実際、化粧品の原材料は中国に依存しているものもたくさんあります。地政学的な情勢の変化で、そういうものを手に入れられなくなったら、その瞬間にサプライチェーンが止まってしまいます。そうした原材料や部品があるかどうかを確認し、対策を考えておく必要があります。

 この会社、あるいはこの国からではないと調達できないという原材料や部品があると、止められてしまう可能性があります。ただし、その把握は簡単ではありません。自分たちが直接調達しているものなら把握しやすいけれど、ティア2、ティア3、ティア4となるにしたがって、どこから来た原材料を使っているのかを把握するのが難しくなります。どこまでさかのぼれるかはわからないですが、できる限り点検することが大事だと思います。

チョークポイント育成は国のパワーになる

日本政府がやるべきことは何ですか?

鈴木:国策としてチョークポイントをつくっていくことです。日本は、すでにいろいろな分野において世界で圧倒的なシェアを持っている製品や技術があります。つまり、チョークポイントになり得る部品や工作機械を持っている。けれども、日本の一番の問題は、研究開発投資と、そういう地経学的パワーがつながっていないことなのです。

 日本の科学技術政策では、「トップ10%論文」(主要な論文データベースで、上位10%に入るほど多く引用された論文)が何本あったか、世界での順位はどうか、といった話に主眼が置かれているのですが、いくら論文がたくさん引用されたとしても、それがチョークポイントにならなければ、国の競争力にはつながりません。どんな研究開発に取り組めばチョークポイントになり、国のパワーになるのかというふうに、国の側で戦略を立てるべきなのに、残念ながらそういうことに取り組んでいません。

そうした戦略を立てる部門がないのですか?

鈴木:内閣府に「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」という組織があり、本来はここでその戦略を立案すべきなのですが、論文引用数の話ばかりしている。私はCSTIの「基本計画専門調査会」の専門委員で、「そこがポイントではない」と意見しているのですが、なかなかわかってもらえません。

 税金を投じて科学技術の研究開発を支援するなら、それを国家のパワーにする政策を戦略的に考え、推し進めていくべきです。日本には、世界でその企業しか持っていない技術、つまり不可欠性を有する企業がいくつもあります。例えば、半導体関連製造装置や検査装置、炭素繊維などでは世界の圧倒的なシェアを持っています。

 今、日本が持っている優位性、不可欠性、地経学的なパワー、つまり、チョークポイントをこれからもずっと維持することが大事で、それをグローバルなサプライチェーンの中に組み込んでいくことを、国が戦略として考えなければなりません。

 前門のトランプ、後門の中国みたいな世界の中で、日本が本当に生き延びるためには、どのように国家としてのパワーを強化していったらいいのかを本気で考えなければならない時期に来ています。

政府として、どういう手を打つべきですか?

鈴木:例えば、世界的な高シェアを持つ企業がその状態を維持できるように、研究開発を支援することです。今、シェアが高くても、油断しているといずれキャッチアップされていきます。だから、後ろから迫ってくる相手よりも速いスピードで前を走ることが重要です。これは、経済産業省が「Run Faster戦略」と名づけているもので、追手よりも速く走っていれば差は縮まらず、不可欠性は保たれます。

 要するに 地経学的なパワーとかチョークポイントを持つということは、言い方を変えれば「グローバルなシェアを取れ」という話なのです。グローバルなシェアの獲得は、企業にとってみれば望んでいることであり、目指していることです。それを政府が支援するのは理にかなっている。ただし、国家がそれを「経済的武器」として使う可能性があるとことを、企業側は覚悟しておく必要があります。

取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット編集委員)

チョークポイントとは相手の経済活動を締め上げ、息の根を止める急所のこと。米国は他国の米国依存を利用して攻勢を強め、他の大国は自国が強みとするチョークポイントを使って反撃する。今起きているのは、チョークポイントをめぐる世界経済戦争だ。この経済戦争の時代をいかに読み解き、生き抜くか。その知恵と未来のシナリオを提示する。

エドワード・フィッシュマン(著)、三木俊哉(訳)/日経BP/4620円(税込み)