「『イン・ザ・メガチャーチ』、とても面白いですよ。推し活をされている谷島さんにぴったりの本です」
仕事の後輩から新刊本を勧められた。朝井リョウ氏の作家生活15周年記念作品だという。「推し活」という言葉を使ったことはなかったが、日本経済新聞の電子版を検索してみると「好きな作品やキャラクター、アイドル、スポーツ選手を応援する」ことと説明されていた。確かに今、日々の活動で優先順位が高いのは応援している女性アイドルのライブに行くことである。彼女たちの本なら並んででも買うが、そうではない小説を読んでも仕方がないと思った。
数日後の2025年9月30日、久しぶりに映画館に行った。『レッド・ツェッペリン:ビカミング』を見るためである。レイトショーなので映画館の下の階でもんじゃ焼きを食べ、ハイボールを3杯飲んで上映時刻を待った。まだ時間があったので同じ階の書店に寄った。入ってすぐに『イン・ザ・メガチャーチ』が多数飾り付けられた棚に気付いた。手に取ってみると帯の裏に「中毒症状があるほうが苦しくないのだ、人生は」と不愉快なことが書かれていた。アイドルのライブに行くのは実に楽しいが、中毒になっているわけではない。
むっとしたものの本に触ってしまったし、自分が40年間勤務した出版社が刊行した本である。なので1冊買って帰った。翌日に読み始めてその日のうちに読了した。なるほど面白い。
時代の香りを瓶詰めにして残す
この小説には3つのグループが登場する。かつて男優を推していた女性陣、男性アイドルを推す女性陣、その男性アイドルを売り出す男性陣である。ある章で1つのグループのことが語られ、次の章で別のグループの話に移る。前半はそれぞれのグループがさほど関係なく話が進む。最後になって3グループの行動が重なり、幕切れになる。正直に書くと後味がよい終わりではない。だが各グループの行動が興味深く一気に読める。
推し活に熱中する女性陣の描写がなかなかすごい。未読の方に内容をあまり明かすわけにはいかないが、応援するアイドルの動画を50台のPCで再生する光景は記憶に残った。作者の朝井氏は「私は小説を『この時代の香りを瓶詰めにして残しておきたい』と思いながら書いていることが多い」と述べているから、実際に似た行動をした人がいたのかもしれない。
『イン・ザ・メガチャーチ』に出てくる激しい推し活と自分のそれとは比較にならない。ここ数年を振り返ってみると、推しのライブがあれば平日でも休日でも、夜でも昼でも前後の時間をやりくりして行く(ただし地方まではなかなか行けない)。終演後の特典会(並んで写真を撮りサインしてもらう)には参加する。グッズ(Tシャツとかタオル)があれば買う。CDが出るとリリースイベントに行き、数枚まとめて買って知り合いに配る。人気投票の結果次第で大きなステージに出られる企画があったときは、毎朝投票して関連記事を再投稿する。SNSを毎日確認し、アイドルの朝の挨拶に返事を書く。自分の推し活はこの程度だ。
裏テーマは社会人の友達問題
日経クロステック読者の多くはアイドルの推し活をしていないだろうし、俳優やアイドルに熱狂する女性陣の話にも関心がないだろう。だからと言って『イン・ザ・メガチャーチ』が無縁ということではない。
第1に、「実は『イン・ザ・メガチャーチ』の裏テーマは、“社会人の友達”問題」だと朝井氏本人が書店員向け説明会で明かしている。「四、五十代の男性が、同じく四、五十代との男性との交流で癒やしや救いを得る」ことは可能なのかどうか。社会人、特に40代以上の男性の友人問題は数年前からインターネット上で取り沙汰されている。
裏テーマに関する朝井氏の説明は『イン・ザ・メガチャーチ』読了後に知ったのだが、読んでいる途中で感じていた。これから読む人のために詳細は書かないが、男性アイドルを売り出す男性陣の話が段々奇妙なことになっていく。当初から裏テーマへの伏線が張られているのだが、途中まで気が付かなかった。
「まさか自分が」と思う人でも推し活に走る
第2に、「まさか自分が」と思う人であってもアイドルの推し活をする可能性がある。筆者自身がそうだった。2016年に「自分は絶対にしないと思い込んでいた行動がいくつかある。女性アイドルに夢中になることはその1つである。どれほど可愛いとしても少女が歌い踊る様を愛でる趣味など欠片も無かった」という書き出しの一文を公開し、「この2年ほど毎日のように、あるアイドルグループの動画を観て、音源を聴いている。コンサートなどの動画を喜んで眺めている。仕事で使っているパソコンの待ち受け画面はそのグループのボーカリストの写真にしてある」と続けた。
2016年3月25日付 日経クロステック「記者の眼」より 「絶対正しい」となぜ決めつけるのか2014年から夢中になったアイドルと、今現在推しているアイドルは別のグループである。どちらも美しい女性3人組ではあるが。前者は海外公演を主にしており、日本ではたまにしかライブをしない。もちろん日本で開催されるときには参加している。前者についてクロステックで何度か書いている。調べてみると2016年から2020年にかけて23本書いていた。しかもそれぞれかなり長い。
23回の拙文は、アイドルに触れつつもグループ名は伏せ、プロジェクトマネジメントとかイノベーションとか最新テクノロジー利用とか、クロステックに掲載しておかしくないテーマについて書いたものがほとんどだ。そうは言っても23本の題名を一覧できるように転記して眺めていると「中毒症状があるほうが苦しくない」という言葉が頭に浮かぶ。中毒になっている人ほど自分は中毒ではないと言い張るのか。
ここまで書いて思い出したが、2014年にそのアイドルを知った場所は『レッド・ツェッペリン:ビカミング』を見た映画館や『イン・ザ・メガチャーチ』を買った書店と同じビルに入っているCDショップだった。店頭に大きなディスプレーがあり、その前を通ろうとしたとき3人組のうちボーカルを担当する少女が大写しになっていた、思わず足を止めて見入ってしまった。帰宅後、インターネットを検索してあれこれ調べ、ライブに行こうとファンクラブに入った。それから4年間で23本の記事を書いた。
『イン・ザ・メガチャーチ』に出てくる女子大生は男性アイドルを知ったときのことを「昨日までの正誤や価値観、全ての判断基準が引っくり返されるくらいの出会い」だったとつぶやく。いやいや記事を書く仕事をしていく上での価値観や判断基準はアイドルを推すくらいでは揺るがない。揺るがなかったはずだ。
「視野は拡げるより狭めるべきだった」
なぜ推し活を繰り返すのか。朝井氏はインタビューで視野について指摘した。一般には視野を広げたほうがよいことになっているものの「視野を拡大し続け、世界の全体像をしっかり把握しようとすればするほど、思い切った行動に出ることは難しくなる」のではないかと言う。この指摘は登場人物の男性を通じても語られ、女子大生は「自分の場合、視野は拡げるより狭めるべきだったのだ」と述懐する。彼女は視野を狭め、思い切った行動に出て充実感を味わう。
プロジェクトにおいてもそこで開発するシステムについても、全体像をとらえる、あるいは描くことが大事である。この指摘は何度もしてきた。数えることが難しいが23回より多く書いている。
全体を把握するには視野を広げるより視座を高めて俯瞰(ふかん)しないといけない。抽象度を上げて把握すれば情報量はそれほど増やさずに済む。視座をそのままにしてプロジェクトの隅々まで、システムにかかわる人とその業務の全てまで、目を凝らそうとしても無理だし、多くの事象や意見を見聞きしているうちにかえって判断ができなくなる。
23本の記事を書くに当たっては、アイドル現場での体験だけでなく、これまで取材で見聞きしたプロジェクトやシステムがらみで起きる問題を俯瞰し、抽象度を上げて主題を定めて書いた。とはいえ今回、23本のうち何本かを読み直したがアイドルについてあきれるほど事細かに書いている。そのあたりだけとらえると視野が狭く、視座は低い。それでも視座を上げ下げして書いたと言い張りたい。
本稿は10月5日の夜に万年筆で下書きし、6日午前にワープロソフトで清書した。下書きをした5日の午前と午後には今推しているアイドルのライブがあったので、朝から夕方まで外にいた。曇りの予報にもかかわらず太陽が照り付けていた。会場がショッピングモールの駐車場だったため照り返しも厳しかったので一時ショッピングモールに退避した。その3階に書店があった。前を通ると『イン・ザ・メガチャーチ』がその書店が独自に付けた『推してもいいが、呑まれるな。』という惹句(じゃっく)と共に飾られていた。
最寄り駅とショッピングモールの間は歩いて20分ほどかかる。往復したので相当に体は疲れたが、ほぼ最前列でライブを2回も楽しめた。おかげで晴れやかな心で帰宅でき、本稿をすらすら下書きできた。中毒だろうが呑まれようが、頭がよく回るならそれでいい。
[日経クロステック 2025年10月9日付の記事を転載]
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