ドナルド・トランプ氏が2024年の米大統領選挙に勝利してから1年が過ぎました。関税を武器に各国に取引(ディール)を迫り、権力を気ままに振るってルールや規範を壊す姿は、傍若無人の王のようです。政権発足から間もない4月に『 信望なき大国 日本人が知らない「トランプのアメリカ」 』を書き下ろした日本経済新聞社米州総局長の大越匡洋氏が「トランプのアメリカ」の現在地を解説します。
鳴り響いた「トランプ王」への警告音
「トランプの名前が投票用紙に載っていなかったことが今夜の選挙の敗因だそうだ」――。ホワイトハウス奪還の成功から1年たった2025年11月4日の夜、トランプ米大統領はこんな「言い訳」を自身のSNSに書き込みました。
この日、全米最大の都市ニューヨークの市長選挙で民主社会主義者を名乗る34歳のゾーラン・マムダニ氏が当選しました。さらに東部ニュージャージー州、南部バージニア州の知事選では民主党の中道派候補が共和党候補を引き離して勝利を収めました。
もともと民主党を支えるリベラル層が強い地域ですが、それでも無視できないほどトランプ共和党政権に対して鳴り響いた「警告音」は大きかったといえます。だからこそ、トランプ氏は真っ先に「俺のせいで負けたわけじゃないぞ」と言いたかったのです。
とはいえ「責任はない」は通りません。なぜなら史上最長を記録する政府閉鎖に突入するなか、ホワイトハウスの東棟をいきなり取り壊し、総工費約3億ドル(約450億円)といわれる大宴会場(ボールルーム)の建設にとりかかったのはトランプ氏自身ですから。首都ワシントンに凱旋門をつくる計画もぶち上げました。
トランプ氏が米大統領という世界最強の権力の座に復帰するまでの4年間の米国を取材し、書き下ろした『信望なき大国 日本人が知らない「トランプのアメリカ」』は、『「王」の帰還』という序章から始まります。
トランプ氏はホワイトハウスの大統領執務室に舞い戻った初日から、強大な権力を無造作に振るいました。2021年1月6日の連邦議会占拠事件で罪に問われた人たちに恩赦や減刑を与え、「人質」を「解放する」と言い放ったのです。
いまから振り返れば、まさに「序章」にすぎませんでした。その後もトランプ氏はまるで絶対権力を握った王のように振る舞っています。『信望なき大国』を著したときの危惧がそのまま現実になりました。暴君ぶりは当時の想定を上回っているとも感じています。
規範を壊す「王」、広がる抵抗のうねり
米国内では不法移民の取り締まりを理由にロサンゼルスやシカゴ、ワシントンなど民主党の地盤である大都市に州兵を派遣し、街の「安全」を力ずくで演出していきました。
民主党支持者でワシントンに暮らすキャシーさんは州兵と会うたび、「それで、あなたはこの『美しい街』を気に入った?」と聞くそうです。トランプ氏は州兵を派遣した都市を治安が悪化した荒廃した街と説明しているので、皮肉をぶつけているわけです。州兵が「美しい街だ」と同意するとキャシーは満足します。ひそかな「王」への抵抗です。
トランプ政権は国防総省も「戦争省」に改称しました。米軍を動員し、中南米の麻薬組織(カルテル)との関係が疑われる公海上の「麻薬運搬船」を相次いで攻撃しています。
地政学上の競争相手である中国だけでなく、同盟国である日本や韓国を含めて関税を武器に貿易戦争を仕掛け、要求を半ばむりやりのませるディール外交を繰り広げています。新たな経済秩序が形作られつつあるのは事実ですが、権力者が恣意的に方針をころころ変える政策運営は、世界の金融市場を揺るがす不安要素であり続けています。
「反トランプ」のうねりも起きています。「王様は要らない」という抗議活動が全国に広がったのです。ところがトランプ氏は「民主党にカネで雇われたデモ」とどこ吹く風です。

その余裕の理由は2つあります。一つは「MAGA(米国を再び偉大に)」と称する自身の岩盤支持層がいまなお固い結束を保っていることです。
もう一つは政敵である民主党の迷走です。24年大統領選での敗北以降、民主党は進むべき方向を見失い、いわば「自分探し」を続ける苦境に陥っています。
米リアル・クリア・ポリティクスの各種世論調査の集計によると、11月4日時点でトランプ氏の不支持率は54.4%と支持率を11ポイント上回りました。4月下旬の不支持率は50%強だったので、岩盤支持層の外で政権に対する不満がたまっているのは確かです。
「反トランプ」の機運を民主党がしっかり受け止めることができているなら、さすがの「王」も焦るでしょう。ところが現実には「トランプ不支持=民主党支持」の計算式はなかなか成り立ちません。単に政治への諦めを生んで終わってしまう雰囲気が濃いのです。トランプ氏が余裕を保っている理由だといえます。
一瞬消えた「王」の余裕
そんな余裕の表情を一瞬でも引きはがしたのが、大統領選の勝利から1年後に実施された各地での選挙でした。象徴はニューヨーク市長選です。当選したマムダニ氏はウガンダで生まれ、後に米国籍を得ました。NY初のイスラム教徒の市長でもあります。
同じニューヨーク出身でも、白人キリスト教徒を支持基盤の中核とする不動産業者トランプ氏とは対照的です。さらにマムダニ氏は「民主社会主義者」を公言しています。
10月26日、マムダニ氏の支持者集会を訪れると、「USA!」ならぬ「DSA!」と連呼する声が響きわたりました。「米国民主社会主義者(Democratic Socialists of America)」の略です。全米で会員8万人と称し、社会主義を標榜する政治団体です。
ニューヨーク州議会下院議員に初当選したのがわずか5年前にすぎないマムダニ氏を市長に押し上げたのはこの左派の波でした。市営バスや保育の無料化、家賃の引き上げ凍結、年収100万ドル(約1億5000万円)以上の富裕層への2%課税といった公約を訴え、若者らの支持を集めました。
「反トランプ」の旗、現状への不満を結集できるか
「反トランプ」の旗の下に、生活苦や格差への不満や既存制度への不信をうまく吸収したといえます。
たとえばNYのアパートの平均家賃は広さ55平方メートルほどで月4000ドル。日本円で60万円を超えます。全国平均より面積は15%狭いのに、金額は2.5倍に上るのです。マムダニ陣営を支えたボランティアは9万人。そんな草の根の支持は、実は反対勢力であるトランプ支持層「MAGA」と通じるものがあります。
マムダニ氏の集会で象徴的な場面がありました。壇上に立ったニューヨーク州のホークル知事に聴衆が「金持ちに課税せよ」と怒声を浴びせ、知事は立ち往生しました。たとえ民主党の知事でも、富裕層課税に慎重な「既存の政治家」に左派の草の根支持層は容赦がありません。
マムダニ氏は「トランプと億万長者の寡頭政治」を敵視し、トランプ氏は「過激な共産主義者」と罵ります。米社会に根差す左傾化への警戒感を考えると、26年中間選挙や28年大統領選で「米国流社会主義」が主役になるとは想像しにくいのは確かです。ですが10年前、MAGAが国政を左右する現状を予測した人はどれだけいたでしょうか。

米政治のここ10年のメインテーマは結局のところ、「トランプは是か非か」でした。分断が深まる米政治の表舞台で、トランプ氏から主役を奪えるだけの新たな役者を見いだせるのか。この問いはこれからも世界を巻き込みます。

大越匡洋(著)、日本経済新聞出版、2640円(税込み)
