2022年の出生数は80万人を割る見込みで、少子化が止まりません。そもそも少子化の本質的な問題は何なのでしょうか。少子化に有効な対策とは? 少子化や人口減少の問題に詳しい日本総合研究所 調査部上席主任研究員の藤波匠さんが、様々な調査データを基に解き明かしていきます。藤波さんと30代の女性、20代の男性による架空鼎談形式で、結婚・出産適齢期の人々の実感や考え方を踏まえながら、分かりやすく説明します。最終回。
第1回
「止まらぬ少子化 出生数7年で20%超減少、80万人割れの衝撃」
第2回
「少子化 非婚・晩婚だけではない出生数激減もう1つの理由」
※本記事をもとにした書籍『 なぜ少子化は止められないのか 』(日経プレミアシリーズ)を2023年5月に刊行予定です。
そもそもなぜ少子化は問題なのか
藤波 早速ですが、お2人は、人口が減ることの最大の問題はどこにあって、なぜ少子化対策が必要なのだと思いますか。
宮本 うーん、そうですね。やはり社会保障の持続性が低下することには危機感を感じます。私たち世代では、将来年金は期待できないという話ですしね。経済成長の観点からも課題です。経済成長に重要な生産年齢人口はすでに減少していますし、今後さらに減ることは間違いありません。そうであれば当然、国内投資も期待できなくなります。
大森 投資という意味では、外資による投資も期待できなくなりますよ。あと、低成長が常態化すれば、海外からの労働力も入ってこなくなるかもしれません。円が安くなった局面で、外国人技能実習生が確保できなくなるのではないかという話も取りざたされました。政府は、高度人材の移民を増やしていきたいなどと言っていますが、低成長の国に来る高度人材がどれだけいるのだろうと考えてしまいます。
藤波 お2人のご指摘はもっともで、それらは、どんなに難しかろうと、少子化対策に取り組まなければいけない理由であることに間違いはありません。でも、私が少子化対策を重要だと考える最大の理由は、少し観点が異なるかもしれません。
私は、 第1回 で宮本さんが言われた「経済的負担感から子どもの数は抑える」と言ったこと、それこそが少子化を考える上で一番大きな問題であり、少子化対策を行う本質的な理由だと考えているんです。現代の日本が、結婚して子どもを育てていこうという若い世代のごく当たり前の希望が、経済や雇用の問題によってかなえられない国になっているということなんです。
もちろん、結婚や子どもを希望しない人に無理強いすべきではありません。でも、種々のアンケート調査などを見ると、結婚して子どもが欲しいんだけど、収入や雇用の現状からそうした願いはかなわないと考える人は、かなりの割合に上ることが分かっています。
国のために子どもを生むわけではない
宮本 今の話で、私は少しハッとさせられました。自分が、当たり前のように、収入の状況から子どもの数を抑えることになるだろうと、違和感もなく考えていることが、実はおかしなことなんだと気づかされた感じです。よく考えてみたら、ちょっと怖いです。当たり前の希望がかなえられないのであれば、それは社会が間違っているか、政策に誤りがあるんですよね。
藤波 国としては社会保障や経済成長が重要であることに間違いはないけれど、別に個人は国のために子どもを生んでいるわけではありませんからね。極論すれば、移民を大量に受け入れれば、少子化による経済分野の課題は多少なりとも解決できます。やはり、日本人として、この国で子を生み、育てていきたいと思えない現状にこそ問題があるのであって、そこをきちんと理解して、直していくことが必要なんじゃないでしょうか。
宮本 欧米では、移民が出生率押し上げの一翼を担っていると言いますから、日本でもそうした発想が必要な時期は来るでしょうが、そうしたこととは別に、私も日本で生まれた以上、この国で子を生み、育てていきたい気持ちはあります。
藤波 私の価値観を押し付けるつもりはないんだけれど、少子化問題は、現代日本の最大の課題だと思っています。出産一時金を少し増やすといった付け焼き刃的な政策では、どうにもならない。
東京都の小池百合子知事が、今年の年初に、少子化対策は一刻の猶予も許されないとして、都独自に、都内に住む0~18歳の子どもに1人当たり月5000円程度を給付する意向を明らかにしましたよね。年間にすると子ども1人につき6万円となりますから、親としては助かると思いますけれど、それですぐに少子化が改善することはないと思います。若い世代が夢を持って生きていける社会を目指すべきなのであって、そのためには、日本社会の構造的な問題にメスを入れざるを得ないと思います。
また、どうしたら、政治が少子化対策に本腰を入れるようになるのか、マスコミがもっと注目してくれるのか、いつも考えながらリポートを書いているんだけれど、なかなか思うようにはならない。マスコミは、国による人口統計が発表されるときなどは取り上げてくれるんだけれど、一過性なんですよね。ニュースが消費されるという言葉の通り、あっという間に通り過ぎてしまう。当然、国民の関心事となるまでには至らないし、SNS(交流サイト)でちょっと話題になってすぐ忘れ去られる。大半の国民はもう諦めている感じですよ。
でも、そうした雰囲気に流されてばかりいたら問題は解決しません。具体的にどのような政策が考えられるでしょうか。
経済好転が少子化対策を後押し
大森 一般に、日本の場合は欧州諸国に比べて、子育て支援に対する公的な支出が少ないことが指摘されていますね。
藤波 少子化の政策効果を勉強するなら、 『子育て支援の経済学』 (山口慎太郎著/日本評論社)が参考になると思います。欧州の様々な少子化対策を見ると、日本はまだまだ至らないところがありますし、政策効果のエビデンスの蓄積が薄いことも明らかです。
宮本 欧州は、保育政策に力を入れている国が多いという話を聞いたことがあります。それにならって、日本でも保育所の受け入れ枠の拡充に力が入れられ、最近は東京でもほぼ待機児童問題は解消したようですね。
大森 にもかかわらず、少子化は加速。
藤波 少子化対策のモデルとされるフランスや北欧ですが、最近は再び少子化が進展しています。10年という少し長いスパンで見ると、フランスや北欧でも出生率の低下は明らかです。加えて、先進国では、子どもを生むかどうかという選択に際し、その時々の若い世代を取り巻く経済の状況が強く影響してきたことは明らかです。
図表1を見てください。2008年のリーマン・ショックから10年の欧州債務危機をきっかけに、ドイツでは、経済が欧州で独り勝ちの状況となり、失業率が急速に改善しています。逆にフィンランドは、失業率が高止まりの状況となりました。両国の経済状況が若い世代の雇用環境や暮らしぶりに影響を及ぼし、ドイツでは出生率が改善した一方、フィンランドは大幅に悪化しました。10年代、ドイツは保育環境の改善などを中心に少子化対策に力を入れましたが、経済環境の好転が、その後押しとなったことは間違いありません。
日本では、バブル崩壊以降の長期にわたる低成長が若い世代の暮らしぶりを悪化させ、少子化に拍車をかけたと考えるべきです。社会保障で若い世代の暮らしを支えることは重要ですが、それですべてが解決に至るとはとうてい考えられず、やはり適度な経済成長と労働分配率の向上によって、若い世代が将来に希望を持てる社会をつくることが何より重要だと思っています。
宮本 わが家は夫婦で正社員として働いていますが、このまままじめにコツコツと仕事に取り組んでいれば、将来、給料が上がり豊かな暮らしを送れるようになるという実感はなく、自己研鑽(けんさん)のつもりで私は大学院に通い、夫は資格取得に励んでいる感じです。
大森 私は日本で働くことに希望が持てず、一時期は海外での就職を考えました。
藤波 30年にわたって低成長に有効な手を打てなかった歴代政権や、抑制的な賃金水準で良しとしてきた国内事業者の責任は免れないと思います。岸田文雄首相が、今年の年頭の会見で、“異次元の少子化対策”として、児童手当の増額や育児休業制度の強化などを表明しましたが、同時に賃金の引き上げにも言及している背景には、若い世代ほど賃金が低下している現状への配慮があると思います。
ただ、光明もあると思っているんです。1990年代は、10年間にわたって出生数が120万人で安定していました。大森さんがこの世代ですね。今ちょうどこの世代が、結婚・出産の年齢に差し掛かってきたんです。そのため、出産期にある年齢層の中でも、とりわけ20歳代から30歳代の人口割合が、わずかながらですが高まっているんです。こうした状況は、あと10年ほど続く見込みです。
何とか今後10年の間に、経済を成長軌道に乗せるとともに、体系的な少子化対策を構築し、出生数減少に歯止めをかけるようにしていくべきだと考えています。あと、参考になると思いますので、時間があれば私の書いた 『子供が消えゆく国』 (日経プレミアシリーズ)も読んでみてください。
また機会があれば、少子化以外のテーマでも結構ですから、ディスカッションしましょう。
宮本・大森 ぜひお願いします!
『子供が消えゆく国』
2019年、出生数が86万人に急減。予測より2年も早く、90万人の大台割れ。だが、日本の人手不足は、IT活用によりイノベーションを起こす絶好の環境。人口減少を契機として、次世代が今より豊かに暮らせる社会を創造する道筋を示す。
藤波匠/日本経済新聞出版/935円(税込み)