豊富なコンテンツで多くのファンを獲得するNetflix(ネットフリックス)は、ユーザーの視聴態度を分析することでヒットを生み出してきた。デジタル技術を駆使して優れたコンテンツを多数制作し、Netflixは拡大してきたと考えられているが、成功の要因は過去の事業で築いたリソースを活用したことにあった。そのリソースとは? 『ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則』(野本遼平著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

 「価値移転」とは2つの異なる経済体系における特定リソースへの評価の違いを利用し、リソースを仲介することで利潤を創出する営みである。ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する野本遼平氏が主張するこのコンセプトは、事業の成功要因を解き明かし、日常に埋もれている新たな事業機会を掘り起こすのにも有効だ。

失敗が許されないコンテンツ制作のジレンマ

 映画やアニメといった大型コンテンツは、制作に多額の資金を要するため、「失敗」が許されにくいという宿命を抱えています。こうした背景から、あらかじめ一定の「支持」が見込める原作付きの企画が優先されやすくなります。シリーズものや、伝統的IP(知的財産:Intellectual Property)のリメイク作品が多く制作されるのも、同様にヒット確度を高めるための合理的な判断です。

 しかし、原作や伝統的IPを用いる場合、ライセンスフィーや権利使用料の支払いが避けられず、制作側が手元に残せる粗利は相対的に小さくなってしまいます。

 これはSpotify(スポティファイ)のような配信型ビジネスにおいても見られる原価構造上の特徴ともいえます。しかし、この点に関してNetflixは、一般的な配信型ビジネスから脱皮して、異なるアプローチを採用しました。

勘に頼った伝統的な制作方式の限界

 ユーザーは、どのような作品であれば最後まで一気に視聴し、どのような展開で飽きてしまい、どのシーンで集中力が途切れてしまうのか。こうした情報はこれまで技術的に収集・活用する手段がなかったため、コンテンツ制作の現場では、作品全体に対する定性的なレビューや評価を参考にするしかありませんでした。

 そのため、脚本や編集といった構成の最適化には限界があり、最終的には関係者の経験や勘に大きく依存していました。そのため、映像作品の制作現場においては、「優れた脚本(家)」の確保が最も重要であるという共通認識があるようです。

コンテンツ制作を一変させた戦略

 この状況を変えたのが、オンラインによるストリーミング配信というテクノロジーの登場でした。ストリーミングを通じて、ユーザーの視聴行動を細かくトラッキングできるようになったことで、「どの作品が人気か」「どの監督・俳優が人気か」「どこで離脱したのか」「どのシーンで一時停止したのか」「一気見された作品にはどのような特徴があるのか」といったデータが、詳細かつ大量に取得できるようになりました。

 すなわち、ストリーミングというプラットフォームと、それを定量的に分析できるデータサイエンスのテクノロジーが進歩した結果、外部経済に放置されてきた「ユーザー群の視聴態度」というデータが、リソースとして再定義されたのです(図1)。

図1 Netflixの価値移転
(出所)『ゼロから創らない戦略』
(出所)『ゼロから創らない戦略』
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そもそも大量のユーザーはどこからきた?

 Netflixはこの視聴データを活用し、制作・編成の意思決定の高度化や配信の最適化を実現し、ヒット確度を高めるプロセスを築きました。これにより、Netflixは他社の原作に頼らずに、自社コンテンツとして高い粗利率を確保しつつ、高いヒット率を実現することに成功したのです。同社の粗利率は約45%を超えて推移しており、メディア事業の平均的な水準を大きく上回っています。

 しかし、このアプローチをとるためには「視聴ユーザーの囲い込み」が大前提となります。だとすれば、「そもそも、なぜそれほど大量のユーザーをNetflixは自社プラットフォームに囲い込むことができたのか」が重要な問いとなります。

 この点Netflixは、DVDのオンデマンドレンタル事業ですでに成功を収め、多くのユーザーを獲得していた企業です。

DVDレンタル事業のユーザーが成功の秘訣

 そのため、後にストリーミングサービスに参入するときにも、既存のユーザー基盤を活用することが可能でした。ストリーミングサービスを開始した2007年時点で、Netflixは600~700万人のサブスクライバーを抱えていたとされています。

 同社は「ストリーミング時代に入ってからユーザーをゼロから集めた」のではなく、すでに構築済みのユーザー基盤を、他のエコシステムに持ち込むという「変則型の価値移転」も仕掛けたのです。

既存の会員をストリーミングサービスに取り込んだ(写真はイメージ)(写真:davide bonaldo/stock.adobe.com)
既存の会員をストリーミングサービスに取り込んだ(写真はイメージ)(写真:davide bonaldo/stock.adobe.com)
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既存のリソースを活用できる事業が優位に

 映像作品や音楽のストリーミングサービスにおいて、ユーザーを獲得するには膨大なマーケティングコストが必要となるため、収支を合わせるのは簡単ではありません。実際に、ストリーミングサービスで成功している企業は、Netflixのように既存のユーザー基盤を持っていた企業か、アマゾンやアップルのように他の大規模サービスとの「抱き合わせ」ができる企業か、ディズニーのように、圧倒的な独自コンテンツ資産と、それに紐づくファンベースをすでに保有していた企業などです。

 要するに、事業開始時点で「ユーザーやファンの囲い込み」にすでに成功していたプレーヤーが、ストリーミングサービスで成功しているのです。

発明でもなければ、単なる模倣でもない、1 → 10とも異なる。優れたビジネスに隠された仕組みを、ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する著者が体系化。ビジネスパーソンの日頃の実践に役立てる!

野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)