後発だったFacebook(フェイスブック)が、なぜ巨大事業に成長できたのだろうか? 一般的な説明としては「実名制」「排他性」があげられる。しかし、「価値移転」というレンズを通して見れば、Facebookは他の企業に先駆けて「既存の人間関係」をオンライン上にうまく移すことができたのが勝因と考えられる。『ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則』(野本遼平著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
取り残されていたFacebook
「価値移転」とは、基本的には、あるエコシステムに存在するリソースを別のエコシステムへ仲介・供給し続ける構造を指します。例えば、物理商品であれば、仕入れと販売を繰り返す流通の仕組みが典型例です。
しかし、ネットワークを価値移転するケースにおいては事情が異なります。ソーシャルグラフ(編集注:オフライン上の個人同士のネットワーク)が一度オンライン空間に移植されてしまうと、後発の事業者は、開拓するべき外部経済を失うため、もはやソーシャルグラフの価値移転を行うことができません。
また、内部経済においてはネットワーク効果(ユーザーが増えるほどサービスの利便性が増し、それがさらにユーザーを惹きつけるという強化型のフィードバックループ)に阻まれて、後からシェアを奪うことが極めて困難となります。
だからこそ、ネットワークの価値移転は「早い者勝ち」であり、いち早く外部経済にあるソーシャルグラフを自らのプラットフォームに取り込むことが、勝敗を分ける決定的なポイントになります。
技術だけではなく人間心理も活用した戦略
また、人間は社会的な存在であるため、ネットワーク(すなわち人間関係)は個人単位よりも、集団単位で価値移転するほうが効率的です。Facebookが最初にハーバード大学を対象とし、その登録には大学のメールアドレスを必須とした打ち手は、まさに人間が社会的な存在であるという特性を活用したものでした。
排他性と信頼性を演出するこの設計は、「取り残されたくない」「仲間外れにされたくない」ユーザーの自発的な参加とソーシャルグラフの移転を促進しました。さらにFacebookは、ユーザーのスマートフォンに保存された「連絡先データ」を一括アップロードする機能を導入しました(図1)。
排他性と信頼性を演出してユーザーの心理的ハードルを巧みに下げ、最小限の労力で最大のネットワーク移転を促すこの仕組みや導線は、技術力だけでなく、人間心理に対するFacebookの深い洞察力と創意工夫の賜物だといえるでしょう。
「実名制」「排他性」は優位を示さない
ところで、FacebookがSNSとして成功した差別化要因のひとつとして「実名制であること」や「(初期においては)排他的であったこと」が語られることも少なくありません。
しかし、筆者としては、Facebookの本質はあくまでも「既存のオフラインのソーシャルグラフを、そのまま移転させること」にあり、これを実現するために(あるいは実現した結果)、サービス設計が「実名制」かつ「排他的」になったのだと考えます。「実名制」「排他的」が適しているかどうかは、どのような価値移転を実現したいか次第なのです。
こうしてFacebookは、ユーザーのリアルな交友関係を一気に自社のエコシステムに取り込むことに成功しました。この点が、日本で先に事業を展開していたミクシィとの決定的な差となりました。ミクシィも一時的にメールアドレスによる友人検索を導入しましたが、プライバシーの懸念により短期間で廃止されています。
「ネットワークの価値移転」と「ユーザープライバシーへの配慮」はトレードオフの関係にあります。どちらを選ぶかは経営ポリシー次第ですが、少なくとも資本主義のゲームにおいては「価値移転」を優先する事業のほうが強いのでしょう。
本質的な判断基準は
スタートアップや新規事業立ち上げの文脈において、しばしば「先行優位」なのか「後発優位」なのかという議論がなされます。「後発」であっても、実行力さえあれば先行プレーヤーを追い抜けるといった意見も少なくありません。しかし、ここで本質的に重要なのは、「先行」と「後発」の判断基準時点をどのように考えるかです。
単にプロダクトやソリューションをリリースした時点を「先行」「後発」の基準時点と考えると、「後発」優位なケースも多く見られるかもしれません。SNS事業としてはミクシィやMyspaceが先行していたことを捉えて、Facebookが後発優位の事例として語られることも少なくありません。
しかし、価値移転の仕組みを構築できた(あるいは、少なくとも構築に着手した)タイミングを「先行」「後発」の基準時点と考えると、見え方が一変します。
すでに存在する人間関係に目をつけた
例えば、Myspaceは、ユーザーが自らのコンテンツを自由に発信し、不特定多数のインターネットユーザーとつながることを主眼とした「SNS」でした。つまり、どちらかというと新しい関係性やネットワークを創造することに重きを置き、「すでに存在するソーシャルグラフ」をそのまま移転するというアプローチは希薄でした。
また、ミクシィも、匿名性や安心感を重視しており、リアルなソーシャルグラフをそのまま移転させるという思想は持っていなかったように見受けられます。その一方で、Facebookは前述の通り、既存のソーシャルグラフを移転させることにフォーカスしていました。
価値移転での先行が優位性を左右する
つまり、「SNS」というくくりの「ビジネスの開始」に関してはFacebookよりミクシィやMyspaceが先行していたわけですが、「ネットワークの価値移転」という観点においてはFacebookが先行していたわけです。これは、「SNS」などのような大雑把な概念やバズワードで物事を眺めてしまうと、本質を見失ってしまうわかりやすい事例でもあります。
また、ビジネスの開始で出遅れたとしても、価値移転において先行すればいいのだとすれば、「先行するものの、価値移転がうまく埋め込まれていない他社のビジネス」を観察・分析し、それに価値移転を埋め込む形で事業構築ができれば、いわゆる「後発優位」として市場を獲得することができるかもしれません。
野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


