世界中から注目を集めるエヌビディアは、技術力や半導体の販売企業としての側面が強調されがちだ。一方で、エヌビディアには研究開発のプラットフォームとしての側面もあり、研究者コミュニティーのハブになることで、自動的に自社の画像処理半導体を使ってもらう仕組みを築き上げてきた。どのようにしてきたのか? 『ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則』(野本遼平著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

 「価値移転」とは2つの異なる経済体系における特定リソースへの評価の違いを利用し、リソースを仲介することで利潤を創出する営みである。ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する野本遼平氏が主張するこのコンセプトは、事業の成功要因を解き明かし、日常に埋もれている新たな事業機会を掘り起こすのにも有効だ。

無償ツール「CUDA」が生んだ勝ちパターン

 もともとは画像処理に活用されていたGPU(画像処理半導体)を、汎用的な計算に転用する初期の潮流を生み出したのは、実はエヌビディア自身ではありません。この潮流は、むしろエヌビディアの外部にいた無数の研究者やエンジニアたち、すなわち、大学の研究室、オープンソースの開発者コミュニティー、個人のプログラマーたちによって自然発生的に広がっていったものでした。

 この流れを察知したのか、2006年にエヌビディアは「CUDA(Compute Unified Device Architecture)」というソフトウエア開発キットを公開しました。これは簡単に言えば「エヌビディア製GPUを汎用計算機として便利に使うための公式ツール」です。

 このCUDAは無償で提供され、世界中の研究者・技術者はCUDAをベースに、次々と価値の高い技術資産、例えば、AI(人工知能)モデル、数理計算ライブラリ、機械学習フレームワークなどを自発的に生み出していきました。

 つまり、エヌビディアが資金提供や委託開発したわけではないにもかかわらず、AIの顧客便益を実現する不可欠の前提となるこれらの技術資産が、エヌビディアが管理するCUDAに最適化された形で自主的に開発されていったのです。

AI業界の標準となるための戦略

 2020年代に入り、AIの時代が本格的に到来しました。AIモデルの性能は「どれだけ高性能なGPUを、どれだけ大量に使って、どれだけ大量のデータを処理するか」によって決まるという考え方である「スケール則(scaling law)」が定着し、世界中の企業や研究機関は、こぞってGPUの確保に巨額の資金を投じるようになりました。

 つまり、「GPUの計算力に大金を支払うことが当たり前」というマーケット(エコシステム)が出現しました。そしてもちろん、CUDAに蓄積された技術資産は、エヌビディア製GPUでしか最大性能を発揮できません。

 こうして、CUDAというエコシステムの技術資産が、エヌビディア製GPUというエコシステムに仲介される構造が立ち上がったのです。

 エヌビディアはこの膨大な技術資産の蓄積に対して、基本的には対価を支払っていません。開発者たちが外部経済で自主的に生み出した成果が、CUDAを通じて、あくまでも自然と流れ込んでくる仕組みをつくりあげたことで、その果実を間接的、しかし独占的に享受したのです。

 その結果、エヌビディアのGPUがAI産業における事実上のデファクトスタンダードとなる状態が確立されました。

研究の「水源」を押さえて丸ごと囲い込む

 CUDAは単なる開発用ツールではなく、エヌビディアのGPUを使う開発者に対する事実上の標準規格となっています。言い換えれば、エヌビディアはCUDAを通じて、世界中のAI研究者・開発者・コミュニティーの研究開発成果の「水源」を支配しているのです(図1)。

図1 エヌビディアの価値移転
(出所)『ゼロから創らない戦略』
(出所)『ゼロから創らない戦略』
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 さらにエヌビディアは、GPUというハードウエアの設計についても、一貫して自社で手掛けてきました。CUDA上で開発・公開されたAI向けの技術資産は、エヌビディア製GPUで最大限のパフォーマンスを発揮するよう設計されているため、結果としてエヌビディアの内部経済に吸収されていくことになります。

 このようにエヌビディアは、一方で研究開発成果の「水源」を支配しつつ、他方でCUDAに最適化されたGPUを自社で設計し続けることで、ソフトウエア(外部経済)とハードウエア(内部経済)をセットで囲い込む形で関所を構築してきたのです。

 エヌビディアは、単なる半導体設計企業ではなく、価値移転を仕掛ける「プラットフォーム型の研究開発企業」だといっても過言ではないでしょう。

エヌビディアは「プラットフォーム型の研究開発企業」といえる(写真:BINGJHEN/stock.adobe.com)
エヌビディアは「プラットフォーム型の研究開発企業」といえる(写真:BINGJHEN/stock.adobe.com)
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発想の根源も「価値移転」で突きとめた

 実はCUDAのコンセプトを築いたのは、スタンフォード大学でGPUを汎用計算に活用する研究を行っていたイアン・バック氏でした。彼が博士課程で開発した「Brook」は、GPUを汎用的に扱うための先駆的フレームワークであり、後のCUDAの設計に大きな影響を与えたとされています。

 バック氏は博士号取得後にエヌビディアへ入社し、CUDA開発の中心的役割を担い、そして2006年、エヌビディアはGPUを汎用計算に開放するプラットフォームとしてCUDAを発表しました。

 すなわち、CUDAはエヌビディアによる製品ですが、その背景には大学発の研究成果があり、エヌビディアはアカデミアの知を価値移転することで現在の地位を築いた面もあるのです。

発明でもなければ、単なる模倣でもない、1 → 10とも異なる。優れたビジネスに隠された仕組みを、ベンチャーキャピタルの最前線で活躍する著者が体系化。ビジネスパーソンの日頃の実践に役立てる!

野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)