2020年に社長に就任した私にとって、大きな目標のひとつが、ポーラという会社の企業価値を上げることでした。ところが、取り組みをスタートしようとした矢先、コロナで世の中が一変し、あらゆる価値観が崩れてしまった。もともと弊社は、お客様と直接お会いする対面販売を強みとしてやってきたのですが、コロナ禍でそれがままならず、設立以来、最大の危機に陥りました。

コロナ禍の危機で社内に広がる不安の声

 「経営はこの状況をどう考えているんですか?」「私たちはどうしたらいいのでしょうか?」――そんな悲鳴にも似た声が上がり、私の元にも質問が相次ぎました。社長として、社内に広がる不安の声に答えなくてはいけない。でも同時に、「社員のみんなも主体的に考えてほしい」と思っていたんです。

 先の見えないこれからの時代には、私の経験則だけで引っ張っていく以上に、多種多様な社員がみんなで知恵を出しあうほうが、きっとうまくいく。「今は大変だけど、この難局に打ち勝っていこう」と力を合わせてエネルギッシュに乗り越えていくことができないだろうかと考えました。もともとポーラの社員は、真面目で目標に対して一生懸命取り組む傾向が強いのですが、半面、組織に忠実なあまり、自分の殻を打ち破るのが苦手で、大きな壁にぶつかったときの突破力が少々弱いように感じていました。

「私自身もその一人として、そんな課題を克服したいと思っていたんです」
「私自身もその一人として、そんな課題を克服したいと思っていたんです」
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 そんな中、弊社が100周年を迎える2029年のビジョンを新たにつくることになりました。みんなで課題図書を読んだり、議論を重ねたりしてたどり着いたのが、「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ」というビジョンです。

 これまでと大きく違うのは、主語が「会社」ではなく、「社会」だということ。部門長たちのアイデアでした。そこから「幸せ」について思いを巡らせていきました。「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会」をつくるためには、まずは私たちが自分自身の可能性を信じなくてはいけない。自社のブランドやビューティーディレクターなどのビジネスパートナーの可能性を信じることも大切。そもそも「可能性を信じる」ってどういうことだろうか。

 もともとポーラには、「美と健康を願う人々および社会の永続的幸福を実現する」という企業理念があり、「幸せ」体質が根付いています。ただ、これまでは、「永続的な幸福=美と健康に関わる人に有益な製品とサービスを提供し続ける事」だと短絡的にひもづけていました。でも、実はそれだけじゃない。永続的な幸福には、「つながり」というのも重要な要素だし、「自分の可能性を信じる」という思考もある、と気づいたのです。

 そんな時に出合ったのが、幸福学を研究している前野隆司さんの著書 『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書) です。

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 そこには、幸せには4つの因子があり、これらをバランスよく伸ばすことが大事だと書かれていました。<4つの因子とは、①「やってみよう」(自己実現と成長の因子)②「ありがとう」(人と社会への感謝を示す因子)③「なんとかなる」(前向きと楽観性の因子)④「ありのままに」(独立と自分らしさの因子)>

 読み進めるうちに、ポーラのビジネスパートナーにはこれらの4つの因子を持っている人が多いと感じましたが、社員については、まだ伸ばすべき部分があるんです。でも、「素養はある!」と。

 そこで、前野先生と一緒に幸せについて共同研究できたらいいなと考えました。早速、アポをとり、15枚ほどの資料を作ってプレゼンをしました。

 まだメンバーが誰もいないのに、「ポーラに幸せ研究所のチームをつくります!」と宣言し、アドバイザーになってほしいとお願いしたところ快諾をいただき、「幸せ研究所」の構想が立ち上がったのが、2020年の12月ごろです。

 当初、幸せを経営の軸にした「幸福経営」を目指したいと考えていました。でも、経営側から「幸せになりましょう」と発信するのは押し付け感があるし、「皆さんを幸せにします」と宣言するのも、ちょっと違う。そうではなく、「みんなで自主的に幸せについて考えよう」というものにしたかった。そこで、まずは私主宰のワーキンググループとして、遠慮なく断ってもらってもいい前提で、賛同してくれそうなメンバーに声をかけ、4~5人の少人数で活動をスタートしました。

 ただ、社内だけでなく、研究結果は世の中に積極的に発信していこうと考えていました。それは「社会を幸せにするため」という大それた目的からではなく、悩んで迷っている誰かのヒントや気付きになったり、幸せ研究に興味を持って一緒に考えたいと言ってくださる会社が出てきたりすると面白いと考えたからです。

 とはいえ、参加してくれたメンバーも最初は半信半疑です。社内には、「また及川が変なことを言い出したぞ」と思った人もいたでしょう。でも、「やってみよう」「なんとかなる」「自分らしく」という幸せ因子の実践ですから、トライアル&エラーの精神で、「失敗したって構わないし、なんならバカにされてもいいや」くらいの気持ちで取り組み始めました。

 ただ面白いことに、「幸せ」というテーマと向き合うと、みんな自問自答しだすんですよね。

そもそも、幸せって何だっけ

 「果たして自分はお客様を幸せにできているだろうか」「ビジネスパートナーの幸せってなんだろう」と仕事の本質を見つめ直し、「そもそも私は幸せなのだろうか」と「問い」が生まれていく。

 すると、徐々にみんながいろんなアイデアを出し合うようになります。企業理念にもある「Science.Art.Love.」にちなんでアートやサイエンスをテーマに研究するチームも出てきたりして。そもそもみんな本来の自己業務もあって忙しいはずなのに、「幸せ研究」を自分の業務にひもづけながら上手に活動する人たちが増えていきました。

 そうなると、「社員が幸せに働く」という人事部の主要業務にもフィットしてきて、「幸せを経営の根幹に据える」という道筋ができてくる。「幸せ」というお題が与えられ、その研究結果をみんなで共有することによって、社員に「考えるきっかけ」が生まれたわけです。

「もちろんみんながそうした思考になっているわけではありませんが、良い方向に変わりつつあると感じています」
「もちろんみんながそうした思考になっているわけではありませんが、良い方向に変わりつつあると感じています」
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 研究を進めるなかで、新たな発見もありました。

幸福度が高く、成果を出せるチームの特徴

 全国のポーラショップで働く人たちの幸福度の高さについて調査を行ったところ、「一般の働く女性よりも幸福度が高い」という結果が出たんです。

著書『幸せなチームが結果を出す』では、この調査結果に基づいた、「幸せなチームづくり7か条」をまとめている
著書『幸せなチームが結果を出す』では、この調査結果に基づいた、「幸せなチームづくり7か条」をまとめている
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 考えてみると、少し不思議です。なぜなら、ショップで働くビューティーディレクターは、全員が個人事業主で、歩合制による完全な成果主義。個人の売り上げが収入に直結する仕事なので、他人の仕事をサポートしても収入が増えるわけではない。個人主義の関係になってしまう、あるいは他の人がどうあろうと関係なく仕事することもできるのですが、そうではなく、メンバーは総じて幸福度が高く、チームワークも良いショップが多い。もう少し深く調べてみると、「リーダーの幸福度が高く、成果を出しているチーム」と「リーダーの幸福度は高いけれど、成果を出せていないチーム」があると分かりました。

 いったい何が違うのか。

目の前の数字より長期的な幸せ

 幸せで成果を出しているチームは、目先の数字や結果ではなく、「長期的な幸せ」を大事にしていました。

 商売をやっていると、いい時もあれば悪い時だってあるし、運やタイミングにも左右されます。ですから、目先の数字に一喜一憂せず、長い目で見て行動することが大切です。例えば、「あなたにエステをしてもらいたい」という顧客との信頼関係だったり、「今は自分の業績は悪いけれど、頑張ってみよう」と一緒に店を支えるメンバーがいることだったり、意見を言い合える心理的安全性の高いチーム力だったり。

 実は、前野隆司先生と共にポーラ幸せ研究所のアドバイザーである前野マドカさんは、立場を伏せてお客としてショップに通った際にこの幸せなチームの姿を目の当たりにしたそうです。そこでは、スタッフたちが仲間のために動き、会社や上司、お客様への感謝を語っていた、と。「あんなに“ありがとう”と“笑顔”が連鎖している組織はなかなかない」と言っていただき、とてもうれしかったですね。

 さらに分析すると、幸せなチームづくりができているショップは、新規顧客リピート率が高いという結果にもつながっていました。これは、未来につながる数字です。すぐに結果が出なくても、「未来への種まき」を着々と続けることが、自分自身やチーム、メンバーの幸せにつながっていく。そうして見通しが立ってくると、個人事業主としては安心して働くことができ、ウェルビーイングが実現できるのです。

「幸せなチームというのは、未来をつくる数字のベースがちゃんとできていることが分かってきました」
「幸せなチームというのは、未来をつくる数字のベースがちゃんとできていることが分かってきました」
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社内に広がっていった「幸せ研究」

 「ポーラ幸せ研究所」の立ち上げから2年半。当初、5人だったチームメンバーは、現在30人近くに増えました。さらに面白いのは、各地でワーキンググループが自主的に立ち上がり、さまざまな「幸せ活動」を始めていることです。

 例えば、静岡地区では、「静岡をポーラで一番幸せなチームにするために、ビジネスパートナーと一緒に取り組む」と頑張っている女性リーダーがいます。彼女は、静岡の課題点を分析し、「それを改善して伸ばせば、みんながもっといい仕事ができる。その実現のために“幸せ活動”をやりたい」と言ってくれました。さらに、「組織風土や人材開発は、管理職や本社任せにするのではなく、現場の私たち自身が考えなくてはいけない」とも。こうした自主性のある意見が、いち社員から挙がるなんて、と感激しました。

 また、近畿地区でも、一人の社員が「幸せ研究」の近畿支部を作りました。当初は周りに理解されなかったようですが、次第に賛同者が増え、今ではその地区のリーダーが、「彼女の幸せ研究ってすごいんですよ」と私に自慢してくるほど(笑)。こうしたことが各地で起こり始めているんですね。

 そして、これまでの研究活動を1冊にまとめたのが、『 幸せなチームが結果を出す 』です。これを読むと、どんな立場の人も「自分たちのチームは果たして幸せなんだろうか」と問いを立てるきっかけになるのではと思います。

『幸せなチームが結果を出す』(及川美紀、前野マドカ共著、日経BP)
『幸せなチームが結果を出す』(及川美紀、前野マドカ共著、日経BP)
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幸せは結局、自分への問いから

 幸せ研究を始めたばかりの頃、管理職を対象に、幸福学のウェビナーを開催したことがあります。その時に印象的だったのが、終了後のみんなの声です。「勉強になりました」でも「チームの幸せのために頑張ります」でも、ない。しんみりとした顔で、50代のちょっぴりこわもての男性役員たちが、「及川さん…自分は幸せなのかって考えちゃったよ」と言うんです。

 つまり、幸せというのは、結局、自分に問うことなんですよね。自分の幸せを考えることで、他人の幸せについても同じように考えられるようになる。こう言うと、皆さんから「経営者なのに青臭い」と言われます。確かに、私の考えは理想論的で少し甘いかもしれない。でも、「幸せ」に関しては、理想主義でもいいんじゃないかなと思っているんです。

「青臭いかもしれないけれど、幸せは理想を追求したいなぁと思うんです」
「青臭いかもしれないけれど、幸せは理想を追求したいなぁと思うんです」
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取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也