2021年から始まったポーラ幸せ研究所の「幸せ研究」は、もともとポーラの中にあった「幸せの種」を見つけ出す作業でもありました。

 幸せというのは、実は自分の身近なところに種があって、それに気付いて育てることで増幅していくものです。共著で出した『 幸せなチームが結果を出す 』(日経BP)の中でも、幸せを育てるのが上手なスタッフをケーススタディとして紹介しましたが、紹介したスタッフが皆、口をそろえて、「これまで当たり前にやってきたことが、そんなにすごいことだとは思わなかった。やっぱり、対話が大切なんですね!」と言うんです。

 同書の中にまとめた「幸せなチームづくり7か条」でも、最初の条件に挙げたのは「対話する」です。違いを認め、いいところを探し、指示命令ではなく、粘り強く対話をする。結局、それが未来をつくり出す結果につながっていくのだと思うのです。

「対話ができるチームは強くてしなやかで、結果を出せる土壌がありますよね」
「対話ができるチームは強くてしなやかで、結果を出せる土壌がありますよね」
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「幸せなチーム」はぬるま湯ではない

 「幸せなチーム」というと、なんだかぬるま湯のような職場イメージを持つ人もいるかもしれません。でも、私たちが目指すのは、甘えのようなものではなく、それぞれが自分の意見を持ち、臆することなく発言できるチームです。「その意見も分かりますが、私はこう思います」「こういう考え方もあるのでは?」などと、活発に意見を交わしながらも、人間関係が壊れず、互いの信頼も揺らがない。そういう関係性を育てていけるチームのことなのです。

 そこで重要なのが、「心理的安全性」です。いくら「私らしく」といっても、会社というのは組織ですから、そう簡単ではありません。みんなが恐れるのは、反対意見を述べることでネガティブな評価をされること。

 ですから、たとえどんな意見であっても、「ジャッジしない・されない」という前提が大事だと思っています。ただし、ジャッジしない=評価をしないということではありません。いいことをすれば、きちんと評価されるべきです。自分の物差しだけで善し悪しを判断しない、個々の考え方の違いを受け止め、正解を求めないということです。

 「心理的安全性」が高まれば、年代や役職、雇用形態などにかかわらず、「私はこう思う」という「私」を主語にした会話が生まれ、アイデアも出やすくなりますよね。人間同士ですから、時には議論が白熱して感情的になる場面もあるでしょう。ですが、それも会社やチームをよりよくしたいという思いから起こること。相手も自分と同じ気持ちなんだと理解し、認め合う。組織を活性化させるには、そんな「健全ないざこざ」がとても大切だと実感しています。

 それは、上司だけが「心理的安全性の高い職場にします!」と宣言しても駄目なんですよね。これまでの組織のあり方を見直す必要があります。

 従来、社内の組織図といえば、ピラミッド形のネットワークが主流でしたが、これからは、円の真ん中に自分が存在し、その周りに上司や同僚、後輩、ビジネスパートナーなどがいて、それぞれがつながってぐるぐると回り大きな目標へと向かっていく。そうしたつながりを互いに意識してつくっていくことで、組織として成熟していくのではないでしょうか。

 私が大切にしたいと思うのは、「mustではなく、willで仕事をしたい」ということ。なぜなら、社員の様子を見ていて気付いたのですが、「must」で取り組んだことについては、自己評価の場面で自分が頑張ったこととして胸を張って言わない傾向があるからです。一方、自分たちでアイデアを出して「will」で努力したことは、「こういう動画を作ってみたんですけど、どうでしょうか?」とか「イベントをやろうと思ってこんな準備をしています」とか、自信を持って報告してくれます。

「そういう時、『すごくいいね!』と言うと、みんなとてもうれしそうな顔をしてくれるんですよ」
「そういう時、『すごくいいね!』と言うと、みんなとてもうれしそうな顔をしてくれるんですよ」
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 自発的に取り組んだ小さな成功体験を積むと、一人ひとりの発想力が上がり、行動につながっていく。時間はかかるかもしれませんが、そんな積み重ねによって、組織は変わっていくと思います。ビジネスパートナーや社員のためにも業績はもちろん上げていきたいと切に願って取り組んでいますが、たとえ一時的に苦しい時期があったとしても、総合的に強いチームであれば、それでいいと思っています。ビジネスはトータルの勝負ですから。

従業員アンケートの内容に変化が

 こうして研究と実践を重ねていくうちに、組織にも少しずつ変化の兆しが見えてきました。2020年のコロナ禍での従業員アンケートは、匿名で記入できるフリー回答欄が真っ黒でした。中身は「経営はこの状況をどう思っているのですか?」「私たちはこれからどうしたらいいんですか?」――そんな不安の声でびっしりと埋め尽くされていました。ところが、最近の回答欄は同じ真っ黒でも、内容が違います。「私もまだまだできる、もっと頑張れると思いました」「自分にはまだ足りないところがあると気付かされました」。“自分事”として課題を捉えた「I will」で書かれた内容がすごく増えたのです。

 会社の経営方針に対しても、「I think」で書かれた意見が目立つようになりました。「私はこんなふうに思いますが、及川さんはどう思いますか?」というキャッチボールに変わってきています。社員それぞれが「思考」を経て、自分の考えを述べてくれるのです。

 前回の 「ポーラ及川美紀 前例なき企業の幸せ研究 転機となった1冊」 でも話しましたが、社長になった時、「会社をどうするつもりですか?」と、社内からたくさんの意見をもらいました。社長として気を引き締めると同時に、私は、「みんなも主体的に考えてほしい」と思いました。そして今、確かな手応えを感じ始めています。

 とはいえ、なかなか面と向かって経営陣に意見できる人は、そう多くはいませんよね。せめて従業員アンケートで、自分の意見を書くのが精いっぱいという人がほとんどではないでしょうか。実際、私が社員だった時もそうでした。「もっと発言してほしい」と言われても、難しいのも分かります。でも、まずは自分の「will」をとがらせ、小さなチームをつくって行動してみるのはどうでしょう。3人くらいがつながると、「個人の意見」ではなく「チームの意見」として声を上げやすくなるものです。

ゴールはあえて設けない

 よく、「幸せ研究の目的は何ですか?」「最終的なゴールは?」と聞かれるのですが、明確なゴールは設定していません。というより、「あえて設けていない」というべきかもしれないですね。もちろん、企業理念の追求という意義や、経営の中に幸せ研究を生かすという大きな目的はありますが、そもそも「幸福とは?」に対する明確な答えなんて、一生かけても出ないだろうなと思うのです。

 ただ、「幸せとは何か」という問いを立てることで、それぞれが自分自身や周りの人たちの幸せに思いを巡らせるようになり、できることを探して少しずつ行動に移していく。実は、それを続けていくこと自体が一番大切なんじゃないかと思っています。

 私たちは、とかく効率論で物事を考えがちな傾向があります。ゴールや目的を設けて最短ルートを探して、それに沿った行動を取ろうとする。ただ、この幸福というテーマに関する研究では、あえてそれをしなくてもいいんじゃないかと思うのです。

寄り道で、結果が出る

 例えば、幸せ研究チームで合宿をした時のことですが、最初、責任感の強い担当メンバーがガチガチに詰め込んだアウトプット重視のプログラムを作っていました。もちろんアウトプットは必要ですが、缶詰め状態になってひねり出すことが合宿の目的ではない。そこで、朝の1分間スピーチを朝ヨガと散歩に変え、研究発表を終えた後はたき火を囲んで語り合いお互いを知るという、緩いプログラムに変えてみました。蓋を開けてみたら、翌日のブラッシュアップ研究が想像以上にはかどりました。「この2つのテーマを掛け合わせるとこんなアウトプットができるね」「このチームとあのチームで一緒にやろう」といった発想がどんどん生まれて、3カ月ぐらい頭を悩ませていた問題があっという間に解決したんです。

「合宿ではメンバーも最初は、『こんな遊びみたいなことでいいの?』と戸惑っていましたが、アウトプットの質も素晴らしいものになり、驚きました」
「合宿ではメンバーも最初は、『こんな遊びみたいなことでいいの?』と戸惑っていましたが、アウトプットの質も素晴らしいものになり、驚きました」
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 やっぱりみんな、どこかに「着火ボタン」を持っているんです。「must」を手放して、「will」に変えることで自然とつながっていく。効率だけを求めるより、時にはこんな「寄り道」をしたほうが、最終的に結果も出せると確信しました。幸せ研究は、ある意味、実験フィールドのようなもの。今も試行錯誤しながら、現状を研究し続けています。

 「利己と利他のバランスも大事」。これも、幸せ研究をしていく中で学んだ、私が好きな言葉の一つです。人のためが自己犠牲の上に成り立つと苦しくなるけれど、自分が楽しいことをするという「利己」がまずあり、それが利他とつながるなんて最高じゃないですか。

 今回、幸せ研究を始めるにあたり、参考図書として読んだのが、以下の7冊です。

 『 ウェルビーイング 』(前野隆司、前野マドカ著、日本経済新聞出版)は、今回の幸せ研究のベースとなっています。

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 いろんな企業の事例も載っているので参考にしやすいのもポイント。体系的に企業とウェルビーイングの考え方を学ぶのに最適な参考図書であり、私たちの幸せ研究にとっても教科書のような1冊ですね。

 また、「文化と幸福」について体系的に学ぶべく手に取ったのが、『 これからの幸福について て』(内田由紀子著、新曜社)。日本にとっての幸福な個人、社会のありようについて、文化心理学の視点から提言しています。

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 ラッセル、アラン、ヒルティの『幸福論』は、世界的に有名な「三大幸福論」と呼ばれる名著です。幸せ研究、特に「仕事と幸せ」を考える上で、この3冊は外せないなと思いました。

■ラッセル『 幸福論 』(岩波文庫)
■アラン『 幸福論 』(岩波文庫)
■ヒルティ『 幸福論 』(岩波文庫)

左から、アラン、ラッセル、ヒルティの『幸福論』(いずれも岩波文庫)
左から、アラン、ラッセル、ヒルティの『幸福論』(いずれも岩波文庫)
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 なかでも、ラッセルの『幸福論』は、エッセーということもあって、一番読みやすく、共感できるポイントもたくさんありました。特に、「仕事と幸せ」をテーマにした箇所では、「働くことはつらいことだと思われがちだけど、幸せに働くというのもあるよね」と実感しました。寝室やお風呂場など、いろいろな場所に持ち込んでいたので、シワシワで折り目だらけで、本がボロボロになりました(笑)。

「どの本も『仕事と幸せ』の関係性について書かれている箇所に大きな学びがありました。線を引いたり、付せんを貼ったりしていますね」
「どの本も『仕事と幸せ』の関係性について書かれている箇所に大きな学びがありました。線を引いたり、付せんを貼ったりしていますね」
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 『 人はなぜ「美しい」がわかるのか 』(橋本治著、ちくま新書)は、美しいとはどういうことかを理解した上で幸せ研究をしようと、メンバーと一緒に読みました。この本の一番の面白さは、「美しさとは○○である」という結論や正解が書かれていないこと。

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 内容も、ゴキブリに美を見いだしたり、急に『徒然草』の話が出てきたりと、思考があちこちに行き来して、読み手の力量を試されていると感じる構成なのですが、「正解を求めなくてもいい。幸せ研究も、行きつ戻りつしながら、思考実験していけばいいんじゃない?」と言われたような気がしましたね。

 『 それでも人生にイエスと言う 』(ヴィクトール・E・フランクル著、春秋社)は、私の好きな本『夜と霧』の著者であり、精神医学者のフランクルがナチスの強制収容所から解放された翌年に市民大学で語った講演集です。

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 つらく過酷な状況の中、どうすれば人生に希望を見いだすことができるのかというヒントが詰まっていて、「考え方がいかに大事か」を教えてくれます。そして、最後に大事なのは、やっぱり希望を持つということ。まさに「will」や未来志向でものを考えることにつながります。『夜と霧』の解説書として読んでも分かりやすいと思います。私にとってのバイブルです。

及川さんが取り組む「幸せ研究」に役立った7冊
及川さんが取り組む「幸せ研究」に役立った7冊
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取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也(及川さん) スタジオキャスパー(本)