私は普段から、「この本面白いよ」と人に本を紹介することが多いのですが、そのなかでも、長年、私の人生のバイブルになっている3冊の本があります。

 1冊目は、世界的に有名なベストセラー。 『夜と霧(新版)』(ヴィクトール・E・フランクル著、みすず書房) です。私がこの本を読んだのは、40代で役員になった頃でした。

「40代で出合えたことに、感謝しています」
「40代で出合えたことに、感謝しています」
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 40代って、いろいろと悩みが出てくる年代なんですよね。30代までは、若さと勢いで何とかできる部分があるのですが、年齢を重ね、立場が変わると、だんだん「自分は本当にこれでいいのか」なんて、新たな種類の悩みにぶつかるんです。この本を手にしたのは、ちょうどそんなときでした。

40代の壁にぶつかっていた

 この本で、精神分析学者である著者が、アウシュビッツの収容所で過酷な環境を生き抜いてきた壮絶な経験がつづられています。描かれているのは、極限状態にありながら、希望を捨てずに生きるということ。それが、どれだけ人間に活力を与えるのかということ。

 この本は、「人生に意味を求めるのではなく、人生の意味に応える生き方をしなさい」という示唆に満ちていて、苦しいときにどう生きるかが、その後の人生を決めるのだと教えてくれています。

 このメッセージが、40代の壁にぶつかっていた私に、ものすごく響いたんです。

「この先私はどう生きるのか、という視点で考えるいいきっかけになりました」
「この先私はどう生きるのか、という視点で考えるいいきっかけになりました」
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 確かに、「この出来事には何の意味があるのか」といちいち考えていたら生きていくのが苦しくなってしまうし、それって結局、「正解探し」でしかない。人生は思うようにいかないことだらけですし、苦しいことのほうが多いと感じることさえある。そんななかで、今、与えられている状況にひとつずつ応えていくことが人生の意味になるんだよという教えに、心がすごくラクになりました。

 振り返ると、私は、希望通りの部署に配属されたことが一度もありませんでした。

 いつもやりたい仕事が明確にあり、それをやらせてもらっていたわけではなく、どちらかというと、やらなければいけないことにひたすら応えてきたタイプです。ようやく、やりたいことができるようになってきたと手応えを感じ始めたのは、40代になってから。

 それまでは、希望する部署への異動がかなわなかったり、得意ではない環境で働いたりしたこともありました。苦しい場面もたくさんあった。それでも与えられた課題を受け入れ、無我夢中で向き合っているうちに、状況が好転したり、自分でも思ってもいなかった感情がわき出て「これって天職だな」と喜びを感じるようになったり…。目の前のことにきちんと応えていくという積み重ねが、今に繋がっている。改めてそう感じさせてくれたのが、この本だったのです。

人生のバイブルベストはこれ!

 大好きな本はたくさんありますが、私にとって、まさに「人生のバイブルベスト」の本は、この 『おんなのことば』(茨木のり子著、童話屋) です。

「本を開いて1ページ目で、心をわし掴みにされます」
「本を開いて1ページ目で、心をわし掴みにされます」
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 出合いは、10年以上前に参加したマネジメント研修で推薦本に挙げられていたのがきっかけ。茨木のり子さんの有名な詩はいくつか知ってはいたものの、本格的に読んだのは、このときが初めてでした。

 特に、心揺さぶられたのが、「自分の感受性くらい」という詩です。

 私たち人間というのは、つい他責思考に陥りがちですが、この詩では、いろんな場面での他責をひとつひとつ否定しているんです。その一言にハッとさせられる。「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」というフレーズを読んだ瞬間は、背筋が伸びるような思いでした。

「このフレーズ、ガツンとやられましたね」
「このフレーズ、ガツンとやられましたね」
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 他にも、女性の置かれている立場を憂う一方で、諦めずに時代を変えるエネルギーを持とうといった熱いメッセージが込められていて背中を押してくれたり、簡潔な言葉のなかにある凛とした強さが、「もっと(自分で)考えなさい」と叱咤激励してくれたり。

 この本があまりに大好きで、社内だけでも、プレゼントした人は数十人います。とにかくお薦めしすぎて、もしかしたら煙たがられているかもしれませんね(笑)。ダイバーシティなど女性が集まる研修会でも、お薦め本は? と聞かれると必ずこの本を紹介しています。

 ただ、贈った本の感想は、相手になるべく求めないようにしています。本人がどう受け止めるか、その本が響くかどうかは、それぞれの置かれた状況やコンディションによって違うからです。私自身もそうでした。刺さるときもあれば、全然刺さらないときもある。だから、贈った時点で、私は満足しています。

小学生の頃から繰り返し読む本

 小学校の頃からずっと手元に置いている本もあります。既に10回以上は読んでいるのが、灰谷健次郎さんの 『兎の眼』(角川文庫) です。

(注)撮影した『兎の眼』の表紙は、角川文庫のかまわぬコラボカバーデザイン
(注)撮影した『兎の眼』の表紙は、角川文庫のかまわぬコラボカバーデザイン
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 子どもの頃は、単純に「いい先生と悪い先生の対比物語」として読んでいたのですが、社会人になってからは、多様性の観点で解釈したり、ひとりの親の目線で読んでみたりと、その時々でいろんな気づきがありました。最近では、「ひとりの女性の本質的な自立の物語」として胸に響くようになりました。

 一人の女性が大学を出てすぐに結婚し、小学校の先生になるのですが、最終的に離婚して自立を遂げ、教師として力強く成長していく。書かれた当時は約50年前ですから、女性が自立して一生涯働くということに対し、今ほど理解が得られなかった時代だと思います。そのなかで、自分の責任をただ全うしたいと、ひたむきに仕事に向き合い、プロフェッショナルな職業人になっていく姿に勇気をもらいました。

どの視点でこの本を読むか

 時代は進んだものの、果たして今の日本が女性にとって本当に働きやすい社会になったのかというと、決してそうとはいえません。特にジェンダーダイバーシティは当時から大きく進展した、とはいい難い状況です。いまだに「夫が働いているのだから、妻は家庭を守って、仕事はそこそこでいいんじゃない?」といった考え方をする人もいる。でも、仕事に生きがいを感じる女性はたくさんいて、価値観も多様化してきた。変わってきたもの、いまだに変わらないもの…そんなジェンダーダイバーシティの視点から読むと、また違った学びがあります。

 この本は昭和の小学校が舞台です。当時はクラスの中にいろんなバッググラウンドを持つ子がいて、みんな仲間として一緒に遊び学んでいた時代でした。私の小学校時代もそんな感じでしたね。でも今は、同質性の高い子たちが集まって学ぶことが増えたように感じます。そうすると、お互いの違いのなかでいろいろな価値観を学んだり、人の世話を焼いたり焼かれたりという経験が乏しくなってしまいます。

 この本でも、世話を焼く立場にいた子が、相手から学んで成長していく場面が出てくるのですが、それって、ダイバーシティ&インクルージョンも同じだなと思うんです。

 また、母親として育児の視点から読むと、子育て中は「あるべき」論ばかりにとらわれていないで、子どもにどんどんトライさせるほうが大きな成長につながることもあるよね、というメッセージを感じ取れる。年齢や立場によっていろんな読み方ができるのも読書の醍醐味ですよね。

「児童文学の本ですが、マネジメント層やエリート層の大人にこそぜひ読んで欲しいですね」
「児童文学の本ですが、マネジメント層やエリート層の大人にこそぜひ読んで欲しいですね」
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 自分のフィルターで読み始めたのに、読んでいるうちにいつしか、自分では気づくことができなかった視点が得られる一冊です。

 特に、「こうあるべき」という思考に縛られている管理職の人や、失敗経験の少ないエリートの人にこそ、時には肩の力を抜いて、こういう本を読んでみて欲しいなと思います。

取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也