量子コンピュータをはじめ、通信やセンシングなど幅広い分野に変革をもたらすと期待される「量子情報技術」。その可能性を理解するには、まず何が従来の技術と違うのかを知ることが重要です。物理学者の田中篤司氏が、量子ならではの原理を身近な言葉と巧みな対比で解き明かす『 量子革命 』の魅力を紹介します。
コンピュータの性能を向上させるにはどうすべきでしょう? 1つの方向性は、いまあるものをより精緻にすることです。コンピュータを構成する素子を小さくしたり、新素材を使ったりするアプローチです。別の方向性は、新しい「コンピュータの動作原理」を導入することです。その一例が「量子コンピュータ」で、これが本書の主題の1つです。「量子コンピュータ」に新しい動作原理を提供するのは、「量子論」と呼ばれる、ニュートン力学や相対性理論のような、現代の物理学の基本理論の1つです。量子コンピュータは、今はまだ実験室の中のものですが、技術さえ進めば実用化されるはずだと考えられています。
本書は、イタリア出身の物理学者3名による、量子コンピュータをはじめとする量子情報処理技術の一般向けの入門書です。他の主要な話題は、暗号通信に用いられる量子通信や、量子センサーを利用した計測技術などです。これらは全て、単なる部品の置き換えではなく、動作原理の刷新です。そして、原理的に期待される性能を発揮するならば、量子コンピュータは従来のものより著しく速くなり、量子通信はより安全になり、量子センサーでは高い精度が得られ、小型化もできます。
本書には説明の「型」があります。それぞれの量子情報技術について、まずは従来の技術の常識的なアイデアや原理を説明してから、「量子」をどのように使うことで新しい話になるのかを説明していきます。量子情報技術の概念を語る言葉がまだ発明されていない以上、既存の情報技術のアイデアを用いてその新奇性を説くこの型は理にかなっています。
本書は全体の準備として、「ビット」と「量子ビット」の説明からはじまります。常識的に使われているビットに、量子論での重ね合わせを導入した素子が量子ビットです。重ね合わせの例えにモナ・リザの微笑が出てくるのはお国柄かもしれません。複数の素子が量子的に作動するなら、素子間に生じる「エンタングルメント(量子もつれ)」という相関を利用できます。この量子的な相関についても、普通の統計相関と対比しながら説明が進みます。どの話題においても重要なポイントは「素子の状態(ビットなら0か1か)を量子的に重ね合わせること」と、「たくさんの素子を集めたときのエンタングルメントを利用すること」です。
著者の1人のカサティ名誉教授は、量子系の複雑なダイナミクス(量子カオス)研究における、世界的な開拓者の1人です。ほかの著者ら(ベネンティ教授、モンタンジェロ教授)とともに、量子コンピュータでの量子系の複雑なダイナミクスのシミュレーション研究を行い、大学院生向けの量子コンピュータの教科書も出版してきました。
量子情報処理技術が実用化されるためには今後も研究が必要であり、その過程で大学と企業と社会の関係がより重要になると著者らは述べています。その先駆けとなるプロジェクトがいくつか紹介されていますが、日本ではなかなか知る機会の少ない、イタリアやヨーロッパでの話題に多く触れられているのは特徴的です。
この技術が原理的な変革をもたらすことから、それが社会にどのような影響を与えるのか、いまだ計り知れないところがあります。これを論じるためにも、一般市民に科学についての情報を正しく提供することが重要だと著者らが強調していることが印象に残りました。
