家電や書籍の購入時や、レストランを決める際などに、いまや無視できないレビュー。「星の数(レーティング・格付け)」を見て比較検討することも多いのではないでしょうか。一方で、「不当なレーティングがなされている」として、社会問題にもなっています。適切なレーティングに不可欠の学問的知見が、十分に現場に実装されていないことで起こっているのです。実際のビジネスに必要な学問的な知見とはどういうものか。どうすれば、実装できるのか。新刊 『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』 の編著者であり経済学者の坂井豊貴氏と、同じく編著者で経済学のビジネス実装に取り組んでいる今井誠氏が語ります。前編は「学問的知見が生かされないことのデメリット」について。

起こるべくして起こった「食べログ被害者の会」

今井誠氏(以下、今井氏):インターネット上のレーティング(格付け)を基に意思決定することは、もう当たり前になりました。食べログで評価が高い飲食店で食事をし、アマゾンのレビューで多くのレビュアーが高評価を付けている商品を選ぶ、という具合です。

 一方で、不透明、不公正なレーティングへの批判が起きています。直近の例では、「食べログ被害者の会」(*)。4000ものチェーン飲食店が食べログに対して集団訴訟を起こそうかという事態になっています。坂井さんはレーティングも専門としていますが、今の状況はどう思いますか?

*「食べログ被害者の会」――グルメサイト「食べログ」に関して、「チェーン店だけが実際の口コミの平均点数よりも低めの平均点数がトップに表示されている。これは不当なアルゴリズム(「チェーン店ディスカウント」)による差別的な印象操作である」として、2022年4月4日、韓国料理店チェーンを経営する韓流村より立ち上げが発表された会。同会には4000ものチェーン飲食店が参加し、食べログ運営会社のカカクコムを相手取った集団訴訟を検討している。22年6月16日には、20年5月に韓流村がカカクコムに損害賠償などを求めた訴訟の判決があり、東京地方裁判所は3840万円の支払いを命じた。

坂井豊貴氏(以下、坂井氏):レーティングはその影響力が高まるにつれ、高い社会的責任を求められるようになりました。どういうロジックで点数が付いたかが透明であること。そのロジックが公正なものであること。透明性と公正性のいずれか1つでも欠けるレーティングは、今後、高い訴訟リスクを抱えると予想しています。

 仮に法廷でいかなる批判をされようとも、すべてに合理的な説明で対処できる、堅固なロジックがレーティングには必要なのでしょう。

「レーティングを提供するサービスは、もともと高い訴訟リスクを負っている」と語る坂井氏
「レーティングを提供するサービスは、もともと高い訴訟リスクを負っている」と語る坂井氏
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今井氏:「点数を付ける」というのは本来、重い責任を伴う行為ですよね。

坂井氏:その通りです。例えば大学が入試で採点ミスをすると、世間から強い非難を浴びるし、学長は謝罪会見を開かねばならない。飲食店の点数付けは入試の点数付けほど責任は重くない、と甘く考えるのは禁物です。点数は、店主の人生や、会社の運命を変え得るわけだから。そもそもレーティングを提供するサービスは、一方的に採点をして勝手に公表するわけだから、必ず敵をつくるんです。相当注意深くやらねばならない。

今井氏:食べログへの集団訴訟は、経済学の学問的知見――学知が十分に取り入れられていたら防げたかもしれない、ということですか?

坂井氏:食べログに経済学が取り入れられているかどうかは知りませんが、おそらくほとんど、あるいは全く取り入れられていないのではと思います。きちんと取り入れていたなら、そのロジックを堂々と公に説明できるはずなんです。そうしたら人々はそれなりに納得してくれる。あるいは「このロジックを打ち負かすのは難しい」と思ってくれます。

今井氏:もし訴訟になっても、学知が適切に取り入れられていたならば、そのレーティングのロジックを説明できますね。

坂井氏:仮に私が設計したレーティングを不満に思った人に訴訟を起こされても、私はロジックとその正当性をすべて学問的に説明できます。おそらくこの分野で私より詳しい人はいませんし、どのような質問をされても、まず間違いなくそれは私が過去に考えたことがある問題です。これは私がえらいからではなくて、私が学問という「巨人の肩の上に乗っている」からです。

今井氏:私自身は不動産オークションの運営に携わっていました。その不動産オークションでも、2018年から坂井さんに関わってもらっていました。当時、私の周りは専門家の知見――専門知の必要性をそこまで感じていないようでした。しかし、私自身、オークションの制度設計には専門知が必須だと思っていました。ここをおろそかにすると、どこかで無理が出るのではないかと。説明責任を果たせるルールづくりが重要な時代になってきたということですよね。

坂井氏:その通りです。食べログをはじめとするウェブサービスのレーティングは、要するに、ユーザーがインプットした情報を1つの数字に集約して表しているわけです。インプットを集約してアウトプットに変換する「関数」を設計するというのが、レーティングのルールづくりです。あれは社会指標設計と関数方程式の知識がともに必要な、難しい分野なんですよね。膨大な学問の蓄積があります。

今井氏:経済学者の知見なくしてそうしたサービスを提供するのは、大変なことですね。

レーティングの失敗は、ときに世界不況を引き起こす

今井氏:透明で公正なレーティングというと、どんなものがあるでしょうか?

坂井氏:これは本当に手前味噌で恐縮ですが、私が監修しているいくつかのレーティングくらいです。寡聞にして、それ以外でうまくできているものを知りません。よくある例としては、アマゾンのように全レビューの星付けの単純平均をとる方法がありますが、少数のアンチが極端に低い評価を付けて全体値が大きく下がる問題が生じている。

今井氏:例えば「☆1」のようなものですか?

坂井氏:はい、アマゾンは「☆1」が付くと一気に総合評価が下がってしまいますよね。これは、例えばトップ評価とボトム評価の10%を含めないようにするといった単純な工夫で解消できる問題なのですが、その仕組みは実装されていません。そもそも平均でよいのかという問題はさておき、平均でさえもうまく使われているわけではない。

今井氏:証券会社は、企業や債券を「AAA」や「B+」などで格付け評価しますが、あれもレーティングの一種ですよね。その格付けもけっこうあやしいものが多くて、そのずさんさが2008年の世界的な金融危機の引き金になりました。

「リーマン・ショックもレーティングが関係している」と語る今井氏
「リーマン・ショックもレーティングが関係している」と語る今井氏
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坂井氏:そうですよね。経済学には、レーティングに関する研究の蓄積がかなりあります。例えば国内総生産(GDP)も一国のある種の豊かさに点数を付けたものです。ただ、GDPでは「本当の豊かさ」を測れないのではないかという議論は1970年代から世界中で起こっています。

今井氏:そうですね。

坂井氏:例えば1人当たり平均GDPで見ると、カタールやサウジアラビアなど、産油国は高い。一部の石油王が莫大な富を持っているから、一般人は貧しくとも、平均値が高いのです。これ自体が平均というレーティング手法の問題点です。そしてこれらの国は女性の社会進出が進んでいません。それで「豊か」だとはいえないでしょう。

今井氏:GDPで豊かさを測ることへの批判は昔からありますが、それでもGDPの影響力は高いですよね。GDPの代替案として、国連のHDI(Human Development Index/人間開発指数)はいいレーティングではないでしょうか? 

坂井氏:HDIは教育水準や平均寿命なども含めた指標として、うまくできています。あれは1998年にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン氏の議論をベースに、学知を踏まえて作成されたものです。

「星の数」は情報の非対称性を解消する集合知(写真:chainarong06/Shutterstock.com)
「星の数」は情報の非対称性を解消する集合知(写真:chainarong06/Shutterstock.com)
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「経済学×ビジネス」=「成功に向かうためのプロセス」

今井氏:なぜ世の中に「いいレーティング」がないかといえば、何らかの点数を付けるというのは、極論すれば、誰にでもできることだからじゃないかと思うんです。例えば5人が付けた点数を合計して5で割って平均点を出す、みたいなことは誰でも考えられますよね。うまくいくかどうかは別として。

坂井氏:そうですね、質さえ気にしなければ、何らかの点数を出すのは難しいことではない。

今井氏:だけど、さっき坂井さんがおっしゃったみたいに、点数を付けるのは大きな責任が伴うし、影響力も大きい。訴訟リスクもある。学問を使うと、こうした問題はクリアできるわけですよね。

坂井氏:点数を付ける以上、低い点数を付けられた人は、不満を持ちます。これはどんなにレーティングをうまくやってもそう。しかし透明で公正なレーティングであれば、理不尽ではない分、納得してもらいやすい。

今井氏:ビジネスに経済学を活用するというと、「すぐマネタイズ(収益化)に結びつく」という面が強調されがちです。しかしそれだけでなく、「すぐにはマネタイズに結びつかないが、ここをしっかり詰めておくと、お客様から信頼が得られ、長期的なマネタイズに結びつく」という活用法もあるわけですね。

坂井氏:ビジネスをする上で一番大切なのは、結局は信頼だと思うのです。その獲得に学問が使えるというわけです。

「長期的な信頼の獲得に経済学は役立つ」と語る両氏
「長期的な信頼の獲得に経済学は役立つ」と語る両氏
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(対談後編に続く)

構成/福島結実子 写真/尾関祐治

「経済学のビジネス実装」第一人者の経済学者&実務家が贈る
「現場で使える」ビジネス教養


「経済学は、ビジネスとは別もので、役には立たない」と思い込んでいませんか?
実は、最新の経済学は、マーケティング、データ分析、財務管理などの限られた分野だけでなく、商品開発や企画立案、販売戦略、ESG(環境・社会・企業統治)対策、さらには、日ごろの会議、SNSの新しい活用などあらゆるビジネス現場で活用できる段階に達しています。

経済学がどのように役に立つのか?
実際にどう使えばいいのか?

気鋭の経済学者5人[安田洋祐氏(1章)、坂井豊貴氏(2・6章)、山口真一氏(3章)、星野崇宏氏(4章)、上野雄史氏(5章)]と、ビジネスにすでに経済学を実装している実務家[今井誠氏(終章)]が語る、「ビジネス×経済学」の決定版です。
ウェビナー開催 成田悠輔×安田洋祐 気鋭の経済学者が激論「経済学はビジネスに役立つか?」

■開催日:2022年7月19日(火)20:00~21:00(予定)
■テーマ:成田悠輔×安田洋祐 気鋭の経済学者が激論「経済学はビジネスに役立つか?」
■講師:米イェール大学助教授・成田悠輔氏、大阪大学大学院経済学研究科准教授・安田洋祐氏
■モデレーター:エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役・今井誠氏(『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』編著者)

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス、日経BOOKプラス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)。