ウクライナはなぜ激しい抵抗ができるのか――。その問いに、日本マイクロソフト元社長成毛眞氏は「ホロドモール」を知ってほしい、と言う。ウクライナの抵抗は、ソ連の過去のジェノサイドを知っていれば当然だという。そして、ジェノサイドを知るには『毛沢東の大飢饉』が屈指の本だ、とも。歴史を知れば、その国に現在いる人が見えてくる。17万部の大ヒットとなった 『2040年の未来予測』 (日経BP)の著者でもある成毛眞氏推薦の『毛沢東の大飢饉』を紹介する。

ソ連による大量餓死の歴史を持つウクライナ

 ロシアの軍事侵攻に対するウクライナの激しい抵抗は、ウラジーミル・プーチン大統領には大きな誤算だったのだろう。だが、今回のウクライナの底力を見て、「わが日本も万が一のときには」などと考えるのはやめておいたほうがいいと思う。日本は、何百年もの間、城主が切腹などすればあっさりと戦闘が終わり、民衆が五体満足を保障されてきた国だ。ウクライナは歴史が違う。

 ウクライナの抵抗は、旧ソ連による過去のジェノサイドを知っていれば不思議ではない。1932年からのスターリンによる人工的な飢餓(農産物搾取と輸出)では約400万人のウクライナ人が餓死したと推定されている。「ホロドモール」である。

 これはどれほどの衝撃だったか。1935年(昭和10年)当時の日本に引き直してみると人口の4分の1が飢餓で死んだことになる。現代のウクライナ人のどれほどがこれを記憶・伝承しているか知るよしもないが、多くの国民の記憶に残っているだろう。

 スターリンと並ぶ独裁者で知られる毛沢東が、スターリンから30年ほど遅れて1958年頃から行ったのが大躍進政策だ。

  『毛沢東の大飢饉』(フランク・ディケーター著、草思社) には、毛沢東と中国共産党の愚挙によって4500万人もの国民が死亡し、250万人が拷問・処刑死したと書かれている。

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 この本は中国でも物議を醸したらしく、2011年に私がこの本は面白そうだとFacebookでつぶやいたら、内容を信じるなというコメントが北海道在住の中国人から書き込まれた。日本語版の発売前である。いかに中国で危険視されていたかが分かるだろう。中国人にとってもはや「焚書(ふんしょ)」の対象となっていたような本なのだから、つまらないはずがない。

 ちなみに、ユン・チアンの『マオ』(ユン・チアン、J・ハリデイ著、講談社)によれば、当時のナンバー2であった劉少奇はソ連大使に対して、大飢饉が終息する前に3000万人が餓死したと話していたらしい。つまり中国人は3000万人までは認めるが、本書の4500万人は誇張であると主張したいらしいのだ。孟子の五十歩百歩という言葉を忘れているのだろうか。

 ともあれ、死者4500万人という数だけが問題なのではない。文字通りの愚策・愚行によって、耕作地、木、鉄、住居、衣服、生産物まであらゆる資源が無駄に浪費された。だから大飢饉後には、中国の多くの農村は、比喩ではなく石器時代の生活に戻ってしまった。

 中国は、その後の文化大革命でも自らの愚行により、壊滅的な大打撃を受ける。

 20世紀中は、米欧の資本主義国も近隣諸国も中国の脅威どころか存在すら気にする必要がなかった。日本が近隣防衛まで米国任せにすることができ、それゆえに資源を経済に投入することで高度成長できたことは、皮肉だが毛沢東によって担保されたと言ってもいいかもしれない。

 ここまで読んで気になった人は、ぜひ最初に挙げた『毛沢東の大飢饉』を手に取ってほしいが、少しだけ内容を紹介しよう。

 著者はオランダ生まれの香港大学教授だ。北京の外交部をはじめ、各省の党档案(とうあん)館などから1000点を超える資料を収集した。档案館とは国公立の公文書資料館のことである。1999年に档案法が改正され、50年を超える文書が公開されることになったのだ。そのなかから驚くべき事実を知ることになる。

『毛沢東の大飢饉』は、中国にとって「焚書」のような対象だ
『毛沢東の大飢饉』は、中国にとって「焚書」のような対象だ
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大躍進のプロジェクトすべてが負の遺産に

 1957年11月、毛沢東はソ連のフルシチョフに張り合うため、中国は15年以内にイギリスを追い抜くと宣言した。しかし、その後それなりに発展したかに見えるソ連とは異なり、中国は愚かな思いつきと狂気じみた統治組織で大量の労働力と資本を使い、計画が成就しなかっただけでなく、将来にわたる巨大な負の資産を残したのである。大躍進政策で行われた複数の巨大プロジェクトのすべてがそうだった。

 例えば、農産物の生産量を増やそうとして、無謀な肥料作りを始める。ふん尿だけでなく女性の髪まで切って肥料として使ったという。民家も肥料にされる。なんと麻城県というところでは肥料にするために何千軒もの家が解体されたのだが、それを『人民日報』が成功例として紹介したため、気を良くして、年末までに5万軒の家屋や牛舎、鶏舎が壊された。当時の民家はわらと泥で造られていたからである。肥料をまくということが目的化してしまい、しまいには農地に白砂糖をまくという倒錯ぶりだ。

 これらの愚行で餓死者が出ているにもかかわらず、地方政府や官僚は毛沢東に水増しした生産量を報告していた。そのために毛沢東は大豊作だと思い込み、休耕地を増やすように指令する。余剰物は輸出に回そうということになり、農産物や木綿などの繊維製品まで輸出した。結果的に農民たちは衣服まで手に入らなくなってしまう。

 驚くことに千万人単位の餓死者が出ているにもかかわらず、毛沢東の国際的な体面を保つために輸出は続けられ、他国からの援助は断り続けた。その結果人々がどうなったのかは本書を読んでみてほしい。

 中国共産党にとって最も隠したいのは恐らくこの大躍進政策のはずだ。次が文化大革命。そして天安門事件であろう。であるがゆえに、その橋頭堡(きょうとうほ)たる天安門事件を国民に隠し続けるのだ。いったん決壊すれば国民の知識が大躍進政策にまで行き着いて、革命が起こるかもしれない。

 自国内での近代現代ジェノサイドの経験のない日本人やアメリカ人は想像もできないことだろう。

 中露というのは過去に間違いを起こして自国民を数千万人単位で餓死または殺している。それも20世紀、日本でいえば、昭和の時代に入ってからだ。ウクライナや中国という土地はそのような経験をしてきたところだということが、この読書から分かるはずだ。それを踏まえた上で、現在を眺めると、また違った景色が見えるだろう。

本から歴史を学ぶと、見える景色は変わってくる
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構成/栗下直也 写真/山口真由子

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暗い未来でも未来を予測できる力さえあれば、どう生きればいいかは自然と分かる。現在を見つめれば、未来の形をつかむことは誰にでもできるのです。ただ知識を得るためだけでなく、読後、俯瞰(ふかん)的に未来を考えられ、そして自分の人生を切り開く力がつく一冊。

成毛眞著、1870円(税込み)