「やりたいことは山積みなのに、なぜか一つも終わらない」「気づいたらスマホで時間をムダにしてしまう」――これはやる気の問題ではありません。脳が無意識にフル稼働し、休めなくなっているからです。休ませるカギは、タスクの切り替えを最小限に抑えること。その具体策を、神経心理学と実践知の両面から解き明かした書籍が『 脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術 』(マルク・ティッヘラー、オスカル・デ・ボス著/児島修訳)。オランダで10万部超えのベストセラーの本書から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「集中力の仕組み」についてです。

集中力は4つの要因で低下する

 本書ではこれから、集中力を取り戻すための方法を深く掘り下げていきます。

 その前に、私たちがこんなに簡単に気が散ってしまうのは、決して不思議なことではないという事実を理解しておきましょう。進化論の観点からすれば、人間の脳は1つの作業にずっと集中するようにはできていません。

 考えてみてください。もし先史時代に私たちの祖先がナッツの皮をむくのに没頭していたら、後ろから忍び寄ってきた空腹のトラに気づかなかったかもしれません。そうなったら、一巻の終わりです。

 つまり、私たちが集中を保ちにくいのは、人類の祖先が進化の過程で身につけた、生き延びるために必要なメカニズムであると言えるのです。

 しかし、現代の職場でトラに襲われる心配はまずありませんし、仕事の内容もナッツの皮むきより複雑になっています。だからこそ、私たち現代人にとって、日常の様々な刺激に気を取られない技術を身につけることが重要になるのです。

 では、いったいどうすればそれを実現できるのでしょうか?

 「集中力を高める秘訣は、外界の刺激を完全に遮断し、メールチェックは1日1回だけにすること」などという意見もあります。しかし、現実的にはそれを職場で実践するのは難しいでしょう。

 それに、そもそもそんなことをする必要はありません。後述するように、世捨て人のようになったり、デスクを人里離れた場所に移動したりしなくても、仕事に集中することはできるのです。

 「集中するのはとても難しい」という考えを持つのは、大きな誤解です。

 にもかかわらず、多くの人は集中するのは大変なことだという前提のもとで、締め切りの力やカフェインの効果に頼ろうとします。たしかに、それは外部の刺激を遮断し、集中力を高めるのにある程度は役立つでしょう。

 しかし、大きなストレスも伴います。ストレスはあなたを仕事に駆り立てるのには効果的かもしれませんが、帰宅後も頭が回り続けてくつろげず、夜の睡眠が妨げられやすくなります。長い目で見れば、持続的な方法だとはいえません。

 私たちがその代わりに選ぶべき方法があります。それは、「自分の思考の仕組みを理解すること」。私は本書の共著者オスカル・デ・ボスとともにこの問題の研究に15年間以上取り組み、「集中力が低下する4つの要因」を明らかにしました。

 本書では、この4つの要因とその対処策を具体的に説明していきます。これらを理解することは、あなたの生産性を上げ、ストレスを減らすのに大いに役立ちます。

 集中力の低下を防ぐ方法を説明する前に、まずは集中力の仕組みと、気が散ると脳にどんな影響が生じるのかを理解するところから始めましょう。

意識に届く刺激はわずか0.0003%

 目や耳を通して脳に入ってくる情報は、最初に「ふるい」にかけられます。もしこの仕組みがなければ、「思考脳」(思考を司る脳の部位である前頭前皮質)は情報の洪水に襲われ、たちまち混乱してしまうでしょう。

 前頭前皮質は、脳の「司令室」のようなものだと考えてみてください。私たちはここで情報を分析し、意思決定を行い、計画を練り上げます。

 今、あなたがこの文章を理解できているのも、脳のこの部分が機能しているおかげなのです。以前、このプロセスは「短期記憶」と呼ばれていました。

 しかし、私はこの用語には少し誤解を招くところがあると思っています。なぜなら、前頭前皮質は実際には情報を「保存」しているわけではないからです。そのため私は前頭前皮質を「思考脳」と呼んでいます。

 情報をふるいにかける役割を担う脳の部位は、視床と呼ばれます。簡単に言えば、視床はあなた専属のパーソナル・アシスタントのような働きをしています。

 たとえば、あなたがパーティーで周りの人たちと会話を楽しんでいるとしましょう。ふと、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえます。その瞬間、それまで聞こえていた周りの音は消え、あなたの意識は一気にその声に向かいます。

 誰でも、こうした経験をしたことがあるはずです。心理学では、この現象をずばり「カクテルパーティー効果」と名付けています。

 面白いのは、会話の中であなたの名前が特に大きな声で発せられたわけではないことです。では、なぜあなたの脳はその言葉だけを拾い上げたのでしょうか?

 実は、脳は周囲の会話を無意識のうちにすべて聞き取っています。あなたのパーソナル・アシスタントである視床がそれらをふるいにかけ、あなたに知らせるべき情報かどうかを判断しているのです。

 自分の名前は聞こえるのに、ほかの会話が聞こえないのはそのためです。耳はほかの会話もすべて拾っていましたが、パーソナル・アシスタントはそれを「本人に知らせる必要なし」と判断していたのです。

 この現象は、会話に限ったものではありません。奇抜なTシャツを着て歩いている人や、あなたの手元にあるスマートフォン(以下、スマホ)、前を通り過ぎる車、小鳥のさえずりなど、私たちが五感で知覚する様々なものに対して起こります。

 人間の脳には、毎秒1100万ビットもの情報が入り込んできています。私たちは、まるで歩く巨大アンテナのようなものなのです。

 幸い、この大量の刺激はまず潜在意識下で処理されます。もし、私たちが感覚から得た刺激をすべて意識していたら、たちまち頭がパンクしてしまうでしょう。私たちのパーソナル・アシスタントがどれだけ情報を選り好みしているかを示す数字があります。脳が受け取る刺激のうち、意識に届けられるのはわずか0.0003%しかないのです。

人間の心は、絶えず刺激の波にさらされている。私たちのパーソナル・アシスタントは、「門番」のような役割を果たし、どの刺激を意識に伝えるかを慎重に取捨選択している(図版制作:キャップス)
人間の心は、絶えず刺激の波にさらされている。私たちのパーソナル・アシスタントは、「門番」のような役割を果たし、どの刺激を意識に伝えるかを慎重に取捨選択している(図版制作:キャップス)

カフェで集中できる理由

 これが、集中力(フォーカス)の仕組みです。それは、膨大な情報の中から本当に重要なものを選び抜く、極めて強力な取捨選択のツールなのです。

 脳は常に、頭の中に届いた最新の刺激が、今していることよりも重要かどうかを判断し続けています。

 カクテルパーティー効果は、自分の名前を呼ばれたときだけに生じるのではありません。脳が「自分に関係がある」と判断するあらゆる情報に当てはまります。

 たとえば、趣味に関する情報や、顧客の名前、電話の着信音、自分に向かってくる車などです。脳がそれを重要だと判断すれば、私たちの集中力はすぐにそれまでしていたことから引きはがされてしまうのです。

 だからこそ、オフィスのオープンスペースは集中しにくいのです。周りを同僚に囲まれていて、自分が関わっているプロジェクトについて話をしているのが聞こえてくると、どうしても耳が反応してしまいます。

 一方で、見知らぬ人ばかりのカフェでは集中がしやすくなります。誰かの話し声が聞こえても、それは自分には関係のないことだからです。

職場では自分に関係のある話が往々にして聞こえてくるため、集中できない(写真:Songsak C/stock.adobe.com)
職場では自分に関係のある話が往々にして聞こえてくるため、集中できない(写真:Songsak C/stock.adobe.com)

(第2回に続く)

神経心理学とビジネス現場の知見をもとに、脳を休ませつつパフォーマンスを最大化する方法を紹介。締め切りやカフェインに頼らず、脳を効果的に「オン/オフ」することで、仕事、勉強、会話、睡眠の質まで自然に高めます。オランダで10万部突破のベストセラー。

マルク・ティッヘラー、オスカル・デ・ボス著/児島修訳/日経BP/1980円(税込み)