「みんなが働いているのに自分だけ休んでいいのか」「止まっている間に置いていかれるんじゃないか」……。休むことにどこか罪悪感を持ってしまう人がいるかもしれません。しかし、休むことは決してさぼることではなく、むしろ「次の集中のために最も重要な準備」だと、エグゼクティブコーチの吉川ゆりさんは言います。吉川さんの新刊『
なぜ、あなたは時間に追われているのか 「時間がない」から解放される15の仕組みと思考法
』(日経BP)から、休息の大切さについて抜粋、紹介します。
【前回の記事で紹介した内容】
集中力の誤解(3)マルチタスクができる人のほうが優秀
集中力の誤解(4)集中力は年齢とともに低下する
集中力の誤解(5)やる気があれば集中できる
アスリートに学ぶ回復の大切さ
私が出会った企業経営者などのハイパフォーマーたちは驚くほど上手に、戦略的に休んでいます。彼らにとって休息は、仕事が終わった後のご褒美や余った時間ではなく、スケジュールに最初から組み込まれた「絶対に欠かせないサイクル」なのです。
例えば、オリンピックに出るような一流のアスリートを想像してみてください。彼らは、24時間365日休まずに激しいトレーニングをしているでしょうか。多くのスポーツはシーズン制でオンとオフが明確に分かれており、年中試合をしているわけではありません。食事や睡眠に気を使い、オフシーズンには体を休め、メンテナンスをしています。さらに、多くのプロスポーツ選手の現役生活は10年、長くても20年ほどです。
一方で、私たちビジネスパーソンはだいたい40年以上、あるいは人生100年時代といわれる今ならもっと長期間、働き続けなければなりません。それにもかかわらず、多くのビジネスパーソンには明確なオフシーズンはありません。特に多くの日本人はお盆やお正月に1週間ほど休む程度で、それすら休まずに働いている人もいます。
つまり、私たちビジネスパーソンのほうが、スポーツ選手よりも圧倒的に長く、休みも少なく働き続けているのです。そう考えると、ビジネスパーソンこそ、日々の習慣に気を使い、適度に休息を取り入れて、体と心を整える方法を真剣に考える必要があると思いませんか。
裁判官の判断にさえ「休憩」が影響している
集中力とは、脳が使える限られた認知資源です。この資源は、多くの人にとって朝、目覚めた直後が最も豊かな状態にあります。その後、日常の小さな選択や判断を繰り返すたびに脳への負荷が蓄積し、徐々に使いにくくなっていきます。
この認知資源が枯渇することが、いかに私たちのパフォーマンスに影響するか。そして、それを防ぐために「休憩」がいかに重要かを示す、興味深い研究があります。イスラエルの裁判官が囚人の仮釈放を認める割合が、1日の中でどう変化するかを調べたものです。
本来、裁判官は法律と証拠に基づいて、公平で冷静な判断を下すプロフェッショナルです。しかし、調査結果は驚くべきものでした。
判断に影響するのは、法的な側面だけでなく…
裁判官たちは1日に何件も判断をし、その間、2回の食事休憩を取ります。休憩前の作業開始時には、裁判官が仮釈放を認める割合は約65%でした。しかし、連続して事案を審査し続けていると、仮釈放の承認率は徐々に下がっていき、休憩を取る直前にはほぼゼロ、つまり「現状維持(却下)」を選ぶ割合が高かったのです。ところが、食事休憩を挟んだ直後には、承認率は再び65%程度まで回復しました。
仮釈放を「認める」という決断には、更生の可能性やリスクなど複雑な情報を読み解く高い認知資源が必要です。しかし、この資源が減ってくると、脳は複雑な思考を避けてより安全で単純な「現状維持」という選択肢を選びやすいという可能性が示唆されたのです。
つまり、裁判官のような判断の専門家でさえ、法的な側面だけでなく「直前に休憩を取ったかどうか」に、判断が大きく左右されていたのです。
この事実は、私たちに休養の重要性を教えてくれます。プロフェッショナルであっても、脳の疲れには勝てません。脳の資源が枯渇して判断が「現状維持」に逃げてしまう前に、意図的に休憩を挟んで回復させる。このサイクルを回すことこそが、常に質の高い決断と集中力を維持する方法と言えるでしょう。
休まずに続けると「燃え尽き」に
仕事時間が長いことと生産性の高さがイコールでないことは、OECD(経済協力開発機構)の調査や多くの産業心理学の研究で一貫して証明されています。
「時間がないから休めない」「休むのが怖い」と思って休みを取らずに走り続けると、私たちの体と脳には何が起こるでしょうか。
まず脳の司令塔である前頭前野の機能が著しく低下します。前頭前野が疲弊して機能しなくなると、簡単な判断をするのにも時間がかかるようになり、ちょっとしたことでイライラしたり、落ち込んだり、感情が不安定になったりするといわれています。
さらに見逃せないのが、ストレスホルモンの影響です。休まずに心身が緊張した状態が続くと、ストレスホルモンのコルチゾールが分泌され続けます。コルチゾールは、一時的には体を戦闘モードにして頑張らせてくれますが、出続けてしまうと脳の細胞を傷つける可能性があるほか、免疫力を下げたり、睡眠のリズムを狂わせたりするとされています。
コルチゾールが慢性的に高い状態が続くと、脳が興奮して眠れなかったり、眠りが浅くて疲れが取れにくくなったりします。そして、疲労が雪だるま式に蓄積されていくのです。
その結果、休まずに時間をかけて努力しても仕事が終わらず、ミスは増え、良いアイデアも出てきません。それは本人の能力が低いからではなく、脳と体がガス欠を起こしてしまっているからです。
この状態のまま無理を重ねると、最終的には燃え尽き症候群になってしまいます。ある日突然ベッドから起き上がれなくなったり、頑張っていた仕事に対して何の感情も湧かなくなったりします。脳が「もうこれ以上は無理だ」と強制終了をかけた状態です。一度バーンアウトしてしまうと、回復するのには長い時間がかかります。
[日経ウーマン Web 2026年4月17日付の記事を転載]
構成/久保田智美(日経ウーマン編集)
吉川ゆり著/日経BP/1980円(税込み)


