本のタイトルからは想像できないぐらい楽しい読書体験だった――。そう話すのは、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』の読書会を主催している、Booked(https://www.facebook.com/groups/301477513859854)の沖山誠氏だ。難しそうだと思われることもある本書だが、「読んでみると遊び心のあふれた面白い本」だと語ってくれた。これまで多くのビジネス書を読み、読書会を開いてきた沖山氏に、『ファクトフルネス』の特徴を聞いてみた。
読んだあとは皆、議論が止まらない
『ファクトフルネス』の読書会は、どんな方が参加しているのですか?
沖山誠氏(以下、沖山):本当に幅広いです。ビジネスマンはもちろん、学生もいれば、定年退職された方もいらっしゃいます。中学生を対象に開催したこともあります。まさに老若男女が参加しています。
皆さんの反応はどうですか?
沖山:中学生に向けて行なったときは、まずチンパンジークイズで盛り上がりました。
沖山:中学生はクイズを出すと素直に答えるし、正解を聞くと「えーっ!!」って驚いて楽しんでくれます。そして、自分が偏った世界の見方をしていることを実感しています。中学生も大人と同じように、世界は悲惨で、電気を使えない人、予防接種を受けられない人、戦争や飢餓で苦しんでいる人がたくさんいるんだと思い込んでいるようです。テレビや教科書からの影響だと思います。
そして、クイズや本の内容に対して、自由に議論しています。例えば、本の中に「増え続けている16の良いこと」が載っていて、その中に「1年あたりの新譜数」のグラフがあります。これに対して中学生は、「どうして新しい音楽が増えているというデータをもとに、世界がよくなっていると言えるだろう?」と疑問を持つんですね。大人だったら「文化が発展しているからね」とすんなり受け入れてしまいそうなところに、中学生は素朴な疑問を持つようです。そこから、大人顔負けな議論に発展していきます。
一方で大人の場合は、まず素直にクイズに答えてくれません(笑)。クイズの裏を読もうとするので、大体正解するんですよ。
その後、議論が活発に行われるのは中学生と同じです。例えば、本の中に「減り続けている16の悪いこと」が載っていて、その中に「核弾頭の数」のグラフがあります。それに対して「いやいや、減っていると言っても、1発の威力がすごいから」と、これで世界がよくなっていると言えるのか?という議論が行われたことがありました。
このように、目の付け所や議論の仕方が、中学生と大人ではちょっと違います。大人の場合は、3時間ぐらい読書会をして、そのあとに参加者同士で飲みに行ってずっと議論している人もいます。『ファクトフルネス』って、人と話したくなるネタが大量にあるんですよね。本当に議論が尽きない。なんなら終電まで語るぐらいの勢いで、皆さん盛り上がっていますよ。
疑問を持って議論するというみなさんの反応は、『ファクトフルネス』のメッセージが届いているということでもあると思います。この本は世界の見方を教えてくれて、「疑うことが大事だ」というメッセージも含んでいる。そういった意味で、議論が活発になるということは、本のメッセージをしっかり受け取っている人が多いのかなと思います。
身に覚えのある10の本能
沖山さんはこれまでたくさん読書会を開いていますが、『ファクトフルネス』の読書会の特徴はありますか?
沖山:2つあります。ひとつは、グラフやデータを元に議論されるところです。例えば、『サピエンス全史』で読書会をしたときは、「人類はなぜ今の社会を形成できたのか」とか「ホモ・サピエンスだけが持っている特殊な能力って何だろう」とか、未来がどうなっていくかという大きく抽象度の高い話になることが多いんですね。
一方で『ファクトフルネス』は、本に載っているグラフや、ギャップマインダーの各国の所得の推移など、数字を基に議論されます。その数字をどう解釈するか、数字の切り取り方で解釈が変わるのかなど、データが議論の土台になるのは、この本の大きな特徴ですね。
もうひとつは、誰でも議論に参加しやすいところ。『ファクトフルネス』には、「低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を修了するか」「世界の中で予防接種が受けられる1歳児はどれだけいるか」など、どんな人でも想像しやすい具体的なテーマが扱われています。だから、誰でも意見を持って発言しやすく、参加者同士で議論が活発になりやすいと思います。
さらに、本の中で紹介されている「10の本能」は、誰でも身に覚えがあるでしょう。特に、「焦り本能」「恐怖本能」「分断本能」などは、自分のことに落とし込んで話しやすいかなと思います。
誰でも議論に参加しやすいということは、みんなにとって読みやすいということでもあると思います。先ほどのチンパンジークイズは、やってみると誰でも気付きがある。著者が経験した具体的な失敗談もたくさん載っているので、「自分も似たようなことをしているな」と共感もできると思います。
本能に振り回されて失敗した話も
そもそもなぜこの本を読書会で取り上げようと思ったのですか?
沖山:純粋に面白かったですし、1人で読んで「勉強になった」だけで終わる本ではないなと思ったんです。僕らがやっている読書会は、前半に本の内容を参加者にプレゼンして、後半にみんなで対話します。その対話が絶対面白くなると思ったし、僕自身もみんなと話したい欲が強かったんです。
『ファクトフルネス』は、読み終わって、対話して、そのあとにまた読み返すと、感想や感じ方が変わります。僕は図解するために4回くらい読んで、その後も何度も読み返しているんですが、何度読んでも飽きないですし、毎回楽しんで読んでいます。
どのあたりを面白い、楽しいと感じてくださったのでしょうか?
沖山:最初は、学術書っぽい内容なのかなと意気込んで読み始めたんですが、全然そんなことなくて。先ほどのチンパンジークイズも楽しいし、翻訳者の遊び心か「いつやるか? 今でしょ!」みたいなクスッとさせられる小ネタも入っている。あとは著者の個人的なエピソードや、10の本能に振り回されて失敗した話も載っています。タイトルからは想像できないぐらいの楽しい読書体験だったんですよね。
だから、「難しそうで手を出せない」と思っている人たちに、この面白さを届けたいと思って、読書会を開いたという理由もあります。
沖山さんは「図解総研」(https://zukai.co/)の理事でもあり、この本も図解してくださっていますよね。
沖山:そうなんです。読書会用と自分用に、2つ作りました。読書会では、まだ本を読んでいない人向けに作っています。最初にチンパンジークイズを入れたり、データが何を意味しているのかを解説したりしています。
自分用は、読書記録といった感じで、10の本能についてまとめました。
沖山:『ファクトフルネス』は、各章の最後に要点が書いてあります。すでにまとまっているので、そこから自分なりの解釈を入れてできたのがこの図解ですね。noteで公開していて、今でもよく読まれています。
ファクトフルネスを実践しよう
『ファクトフルネス』はどんな人におすすめですか?
沖山:著者にとってこの本を読んで欲しい人は、教育者、ビジネスマン、ジャーナリストや報道関係者、政治家だと思うので、まずその方々には読んでいただけるといいかと思います。
でもこの本は、人を選ばないんじゃないでしょうか。中学生でも、文字を追うのが苦手じゃなければ読めると思います。「大人だから読める本」でもないし、「子どもだから理解するのは無理」という本でもない。学生でも興味を持ったらぜひ読んでほしいです。先行きが不透明な今の時代だからこそ、未来を担う若者にも届くといいなと思います。
それから、『ファクトフルネス』は、今こそ読んで欲しいと思っています。本の中に、「“悪い”と“良くなっている”は両立する」という記述があります。今は新型コロナウイルスの流行で、世界中で毎日多くの人が亡くなっています。一方で、ワクチンの開発がすごいスピードで行われていますし、国際協力の新しいモデルができつつある。危機的な状況ですが、良い動きもありますよね。
この本にはデータがたくさん出てきますが、「それが絶対に正しい」と著者は言っていません。データは考えるための土台にはなるけれど、裏側や意味を考えなければいけない。例えば、貧困な人たちの生活のあり方は、実際に見てみないと分からないといったことも書いてあります。
これは、今のコロナの状況も同じだと思います。毎日ニュースで流れるデータを見ることも大切です。そのデータを踏まえて、実際に社会はどう動いているのかを合わせて考えることは、もっと大切です。ですから、今こそ『ファクトフルネス』を実践するべきときじゃないかなと、僕は考えています。
文/梶塚美帆 画像提供/沖山誠
