「社会派クリエイティブ」を掲げ、クリエイティブディレクターとして、さまざまな広告やプロジェクトを通して社会課題の解決を目指す、arca CEOの辻愛沙子さん。20代を中心とした若い世代のオピニオンリーダー的存在だ。そんな辻さんは、食わず嫌いのない多読派。どんな本とどうやって出合うのか。増え続ける本との付き合い方について話を聞いた。

 家の中で一番多いものは何かと聞かれたら、間違いなく「本」と答えるくらい、本が大好きです。

 いわゆるビジネス書のなかでは、ファイナンス系の知識を得るためのもの、思想・哲学的なものやESGにまつわるもの、マネジメントやHR関連、クリエイティブ系などを中心に読んでいます。

 また、人文学、社会学系、フェミニズムにまつわるものは、気になるものを片っ端から読む毎日。ちなみに私は大の家具好きなので、時代別のインテリアが年表のように網羅されている 『図鑑デザイン全史』 (柏木博監修、東京書籍) は大好きな一冊です。

辻さんの自宅にある、『図鑑デザイン全史』
辻さんの自宅にある、『図鑑デザイン全史』
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 大型で分厚い本ですが、本棚のいい位置にいつも置いています。そのほか、小説や漫画もたくさん読んでいますね。

本は自分を映す鏡

 本は、自分を映す鏡のような存在だと思うんです。自分が今、何に関心があるのか、どこに共感や疑問を抱くのか。本を読むことで自分を知ることができるからです。

 最近はとても忙しく、以前より読むスピードが落ちてしまっていますが、手元にあれば、いつか読むタイミングが来るはず。だから、気になる本を見つけたら、一つの出合いだと思って、その場ですぐ購入するようにしています。ネットで出合えばすぐポチッと。書店に行けばまとめ買いです。

 書店に行って、気になるテーマが平積みされていたら、タイトルや装丁でピンときたものを何冊かまとめて買うことが多いですね。第1回の記事 「辻愛沙子 「自分は差別をしているつもりはなかったのに」 で紹介した 『差別はたいてい悪意のない人がする』 (キム・ジヘ著、大月書店)、 『レイシズムとは何か』 (梁英聖著、ちくま新書)、 『アンチレイシストであるためには』 (イブラム・X. ケンディ著、辰巳出版) も、実は同時期に買って読んだものです。

 基本的に興味があるものを買うので、一度入手した本を処分することはあまりありません。なぜなら、私は、急に読み返したくなることがよくあるからです。

 例えば、初めて読んだときは気づかなかったけれど、何度か読み返すことでふと、本の中で引用されていた音楽の歌詞を知りたくなったり、先日も朝倉かすみさんの 『ほかに誰がいる』 (幻冬舎文庫) を読み返した際、初見のときとは異なる新たな面白さに感動して、改めて本棚に残しておきたくなったり。

 ただ、収納スペースには、やはり困っています…(笑)。今は、増設した自宅の本棚にも入りきらなくて床にじか置きしてしまっていますし、オフィスの本棚にもたくさん持ってきています。公共図書館感覚で、メンバーが気軽に手に取れるように、本棚をみんなで活用してもらっています。社内のSlackでも「何かおすすめの本ない?」と、よく情報共有しているんです。

オフィスの本棚には、漫画も文芸もビジネス本もさまざまな分野の本が並ぶ
オフィスの本棚には、漫画も文芸もビジネス本もさまざまな分野の本が並ぶ
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本は「手紙」代わりの伝えるツールにもなる

 本は、紙で読みたい派なのですが、移動時に便利なのでKindleも活用しています。小説や漫画はKindleで読むことが多いですね。お気に入りの作品は紙でも電子書籍でも買うことがありますし、その中でも特に好きなものは何冊も買って、友人に「読んで!」と配ることも。

 感動を共有したいという思いもありますし、本の中身はもちろんタイトルだけでも、「あの人、そういえばあんなこと言っていたな」と友人の顔が思い浮かぶことがあるんです。手紙を書くのは少し照れ臭いけど、本をプレゼントすることで、自分の気持ちを伝えるというシチュエーションがよくありますね。

納得いく解が得られないときに

 私自身、「空はどうして青いの?」と疑問を抱いていた子どもがそのまま大きくなったような性格なので、街中に常に気になるワードがあふれていて、あらゆるタイミングでクエスチョニングする癖があります。

 例えば、学校で「どうしてハイソックスの色は白じゃないとダメなの?」と先生に尋ねても「そういうものだから」と言われて納得できる回答が得られず、もやもやしてきたことは何度もあります。

 今の学校教育の中では、問いの立て方について学ぶ機会があまりありません。その問いのプロセスを大事にする解に出合う機会も少ないように感じます。私は常に頭の中で「どうして?どうして?」と考えてしまうタイプでした。そのたびに、思考や哲学の本を読むことで、学びを得ることがたくさんありました。

 永井玲衣さんの 『水中の哲学者たち』 (晶文社)も、そんな「どうして?」をベースにした哲学対話の本。とても刺激を受けました。

「思考や哲学の本を読むと、リアル社会で正解を得られなかったことに対して向き合えるような気がします」
「思考や哲学の本を読むと、リアル社会で正解を得られなかったことに対して向き合えるような気がします」
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 読みやすい哲学エッセーで、幅を広げるのではなく、奥深く考える世界がそこにある。問いを立てることの楽しさ、世の中をよく観察し、分からないこと自体をも大切にする思考のヒントがもらえる本です。

本が明日の「行動」を変える

 こうして、いろいろなことに興味関心が生まれるから、本が好きなのかもしれません。一つ興味関心が生まれたら、そのルーツや背景をもっと知りたくなる。ただ、読書によって未知のものを知りたいと思う一方で、自分の解釈をその先の行動に生かしたい、原動力にしたいという気持ちも強くあります。

 例えば、 『82年生まれ、キム・ジヨン』 (チョ・ナムジュ著、筑摩書房)を読んだとき、韓国のジェンダーについてもっと知りたいと思うと同時に、どうしてこれが今もなおまかり通っているのだろうという気持ちが湧いてきました。そうやって、世の中で起きていることに対して「悲しいけれど、嫌だけれど、世の中ってそんなもんだよね、仕方ないよね」とただ受け入れるのではなく、おかしいものはおかしいと主張し、変えていかなくてはいけないものもあるんだと。

 私にできることはないのか、と能動的に考える。そして、次の自分の選択や行動につなげていく。本を読むことが、自分の行動を変えるきっかけになる。これは、本を通して単純に「知りたい」という気持ちの先にあるものなのかもしれません。

 私たちの目の前にある政治にしても、規則や決まりごとにしても、誰かの痛みがあることが当たり前とされている「今」は変えていくべきだし、そこに気づける人でありたいと思っています。変えるためには、「強さ」が欠かせないし、時には「勝ち」を得る必要もある。そのために、歴史を学び直したり、自分が経験と地続きではない分野の知識を得たり、思考を深めたり。ビジネスの知識やスキルも、文学も、映画もアニメもすべて、自分の血肉にしていきたいと感じています。

 雑食的に読んでいると、面白いんですよ。例えば、組織の本を読んでいるときに、ウルトラマンの1シーンが思い浮かぶ、なんていうこともあったりして。自分の脳内で、点で見ていたものが線になる瞬間がある。それも、読書の醍醐味だなと思います。

取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 本写真/スタジオキャスパー