社会課題を解決するクリエイティブディレクターとして活動している、arca CEO辻愛沙子さん。報道番組のコメンテーターとして活躍し、若い世代の価値観に寄り添い、社会へのメッセージを込めて作り上げたクリエイティブは常に注目を集める。そんな辻さんが、「冒頭10ページは衝撃」と言う一冊の本。それは、誰にでも潜んでいる差別意識について深く考えさせられるものだった。
アンコンシャスバイアスを知るために
普段から読書が趣味であり日課なので、気になる本があればその場ですぐにオンラインで購入したり、メモしておいて書店でまとめ買いをしたりします。オフィスも自宅も本棚には常に本があふれてしまうくらい、小説から人文学まで幅広く手に取りますね。
今日はその中から、特に私の価値観を変えた本として「アンコンシャスバイアス」をテーマにお薦めの3冊を紹介したいと思います。
まず最初は、 『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』(キム・ジヘ著、大月書店) 。
これは、無意識のバイアスを含めたマジョリティー、特権性、差別表現とは何かという問いや課題を考察し、それらといかに向き合い、解決していけるのかを深く考えていくエッセーです。
著者は、韓国の大学でマイノリティーや人権、差別論をテーマに研究しているキム・ジヘ教授。アメリカや韓国での実例やデータを用いて比較文化の側面から分析し、「差別はよくない、ジェンダーギャップは是正されるべきだ」といったメッセージだけではなく、現状からどのようにしてそれが解消され得るのかのアプローチまで、本質的な問いがたくさんちりばめられています。
社会構造や法律の観点から、差別や排除が起きている現状への理解を促しながらも、その視点は、決して上からではない。教科書的なアプローチだけではなく、温度感を持ったリアルな語りかけが交互に折り重なっているのが非常に印象的な一冊でした。
記憶に強く残っているのは、「あなたには差別が見えますか?」というプロローグ。冒頭10ページだけでも、とにかく読んでほしい。私は衝撃を受けました。
専門家として活動を重ねている著者ですら、意図しない無意識な差別表現をしてしまったという、生々しい失敗経験が描かれています。
例えば、韓国に移住した人に、つい「すっかり韓国人ですね」と言ったり、障がいを持つ人に対して気軽に「大丈夫ですよ、希望を持ってください」とエールを送ったり。本人が、無意識のうちに、あるいは、よかれと思って発言したことが、相手にとっては侮辱につながる。小さな攻撃性を持った偏見=マイクロアグレッションになることを、これらの具体的なエピソードから痛感させられるのです。
「自分は差別をするつもりがなくても、相手にとっては声や選択肢を奪われたり、軽視されたりするように感じる言動がこんなにもあるんだ」と、改めて感じさせられるシーンがたくさん出てきます。
私はよく、ジェンダーギャップについて考える講演会などに登壇するのですが、「内省・開示・変化」という3つのプロセスが大事だとお話ししています。
「開示」が足りない
仮に、ある企業が「弊社にはこれまで女性役員が一人もいなかったので、昨今の状況を鑑みて変革を目指します。社内外から女性の執行役員を登用し、マネジャー陣向けにアンコンシャスバイアス研修を実施します」などといった声明を発表するとしましょう。
もちろん、こういったアクションは、ないよりもあったほうがいい。でも、「内省」から「変化」まで一足飛びに進み過ぎて、「開示」のプロセスが足りていないのではと感じることが多々あるんです。
例えば、企業は「これまで女性役員がいなかった理由や背景」の現状を開示すると、非難されるリスクもあります。だから、「変化」したという前向きで美しいストーリーの文脈に乗せてしまう。もちろんIR資料などには「開示」の部分が言及されていることもありますが、それらは主に、株主などのステークホルダーが閲覧するもので、誰もがアクセスできてさまざまな人の目に触れやすい情報というわけではない。
本気でその課題に向き合う謙虚な姿勢や、これまで自分たちが取り組めていなかったことや抱えていた課題など、内省した結果を誠実かつ正直に開示することが大事だと思うんです。あくまでそこがスタートラインで、内省と開示なくしてまっとうな変化は起こり得ないのではないかと。その部分が、企業レベルでも個人レベルでも、圧倒的に足りていないのではないか、と常々思っています。
よく考えると、人類史上、ジェンダーやセクシュアリティ、人種や宗教に至るまで、完全なる平等が達成されたことは、悲しきかないまだ一度もないわけです。もちろん前進はしていると信じていますが。だからこそ、そんな社会を生きる私たちは自覚できていない攻撃性や特権性を内包していることは数多とあるし、完璧な個人も企業も存在しません。
だからこそ“アンコンシャス”バイアスと呼ばれているわけですが、内省で満足するのではなく、誠実に開示をしていくことで、社会の視線は少しずつ変わっていくのではないかと思うのです。
そういう意味でも、この本はまず、失敗の「開示」から導入する、稀有(けう)な本だと思います。研究者である著者が、どれだけ葛藤して悩んできたのか、自分に足りていない要素や視点にどのようにして向き合おうとしてきたのか、誠実に語ってくれているからこそ心に響くのかもしれません。
そして、読んだ私たちは、差別がいかに日常的なものであるかということに気付いていきます。登場する出来事や現状は韓国のものが多く、日本の現状と異なる部分はあるかもしれませんが、意識の部分では国境を越えて、私たちにも学びと共感を与える部分が大いにあると思いますね。
組織に潜む「特権」による排除感
この本は、マネジメント層やビジネスパーソンこそ、学びや気付きを得るところが大きいのではないかと思っています。
組織の中には、見えない「特権」があちこちに潜んでいます。その「特権」による排除が、自分たちが無意識に過ごしている日常の中で、当たり前のように起きているんです。そういう隣り合わせの差別に気付けるきっかけをくれるのが本書です。
実在する人名や固有名詞がたくさん出てくるので、Google検索をしながら読むと、より理解が深まるかもしれません。
そして、この本を読んだ後、さらに差別について詳しく知りたくなったら、ぜひ読んでほしいのが、 『レイシズムとは何か』(梁英聖著、ちくま新書) です。
この本では、在日コリアンへのレイシズムを専門とする著者が、レイシズムの歴史を解説してくれます。何より、帯にある「日本に人種差別はない。その発想が新たな差別を生み出している」という言葉に私は共感し、手に取ったのを覚えています。より体系的な話を深掘りするのに最適です。
併せて読みたいのが、3冊目の 『アンチレイシストであるためには』(イブラム・X. ケンディ著、辰巳出版) です。
今、世界中どこを見渡しても、不平等や不条理、不均衡がまだまだ社会の前提になってしまっている。その中で、個人としてできることは何なのか、思考を重ねることができる作品です。
「アンコンシャスバイアス」――よく聞くけれど、何となくしかイメージができない。自分は無意識に誰かを傷付けていないだろうかと不安になったり、差別に対抗するために何か自分にできることはないだろうかと感じたりする人もいるかもしれません。そんな人は、この3冊を試してみませんか。
『差別はたいてい悪意のない人がする』でエントリーしてジェネラルな知識を得たうえで、『レイシズムとは何か』『アンチレイシストであるためには』と、読み進めていく。一気に、納得感が増していくと思います。
取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 辻さん写真/辻さん提供 本写真/スタジオキャスパー