「通貨暴落から輸入物価高によるインフレ、国内経済の低迷となれば、それはもう『インフレ恐慌』だ」――世界金融危機を予言した「破滅博士」が迫り来る危機を警告。巨大債務、高インフレ、ポピュリズム、通貨暴落、AI(人工知能)失業、米中新冷戦がからみ合う次なる経済危機とは? 『世界経済を破滅させる10の脅威 通貨暴落、高インフレ、AI失業の恐怖』(ヌリエル・ルービニ著/村井章子訳/日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。
投資家が突然「根拠なき熱狂」を心配し始める瞬間
史上最悪のソブリン債務危機は、今後10年のうちにどんなふうに起きるのだろうか。この1世紀で世界はずいぶん変わったが、過去はやはり未来を見通すすぐれた窓となる。
第1次世界大戦で積み上がった戦時債務を返済しようとヨーロッパが奮闘している時期にスペイン風邪と呼ばれるインフルエンザが大流行し、1918年に数千万人の生命を奪った。当然ながら経済のアウトプットは激減する。それでも「狂騒の20年代」がやってきて楽天的な気分が世界を覆った。
1920年代は経済、金融、技術のイノベーションが相次いだ時期でもある。テレビ、ラジオ、写真、トーキー映画、真空掃除機、自動車の大量生産方式、電気信号機、等々。しかし過熱気味の株式市場は金融バブル、過度の信用緩和、債務の累積の予兆となっていた。読者もよくご存じのとおり、狂騒の20年代は悲惨な形で終わる。1929年の大暴落への政策対応を誤った結果、1930年代に世界は大恐慌に苦しむことになった。
歴史は繰り返しはしないが韻を踏むという。狂騒の20年代の再来を思わせる予兆が、いまそこかしこに見られる。大胆な金融・財政・信用緩和はグローバル市場で金融資産バブルを膨らませた。実際にモノやサービスを生む実体経済は、低金利、信用膨張、政府の景気刺激策が作り出したにわか景気に浮かれている。
無謀な投機が持ちこたえられなくなるまでパーティーは続き、やがて避けられない暴落とともにどんちゃん騒ぎに幕が下りる。この現象は経済学者ハイマン・ミンスキーの名前をとってミンスキー・モーメントと呼ばれる。投資家が突然目を覚まし、「根拠なき熱狂」を心配し始める瞬間だ。こうなったらもう暴落は避けられない。投げ売りが始まり、信用膨張に支えられた資産バブルは崩壊する。
次に起きる債務危機はこれまでとは桁外れ
バブルというものは崩壊して破綻の連鎖を引き起こすのが常ではあるが、次に起きる債務危機は、これまでとは桁外れの規模になるだろう。今日では先進国も新興国もかつてない規模の債務を抱えている。先進国の潜在成長率は低いうえ、新型コロナ不況からの回復は思うように進んでおらず、今後はもっと遅れると予想される。政策当局はすでに金融・財政政策の財源を使い果たしており、もはや弾切れの状態だ。経済という舞台で今後展開される場面がこれまでとは似つかぬものになるのはこのためである。

次のショックは何をきっかけに起きるのか、正確に予想することは誰にもできまい。とはいえ2022年前半に多くの国で起きた株価下落は、現在の資産バブルに終わりが近づいている予兆だと言ってよかろう。ほかのシナリオも考えられる。1929年のような大暴落が起きる、インフレ退治のための利上げが行き過ぎになる、新型コロナより毒性が強く致死率の高いウイルスが出現し新たなパンデミックが起きる、利上げから信用収縮が起きて企業債務危機が発生する、新たな住宅バブルが発生・崩壊して住宅購入者と貸し手を破滅させる、ロシアのウクライナ侵略のような地政学的ショックが新たに発生・拡大して資源価格の高騰とインフレを招く、これらのリスクの相乗作用により新たなグローバル規模の景気後退リスクが高まる。あるいは、保護主義への回帰が顕著になる、米国と中国の対立が深刻化してデカップリング(分断)が始まる、イタリア経済がついに破綻してユーロ圏の空中分解が始まる。ポピュリスト政治家が権力を掌握し、国家主義的な政策で経済運営に失敗して持続不能な債務を積み上げる。気候変動がついに不可逆的な一線を越え、一部地域が居住不能になる……。
いま挙げたようなショックの一つまたはいくつかが起きて深刻な景気後退や金融危機を引き起こしたとき、これまで頼ってきた伝統的な対策を講じる余裕が政府にはもうない。救済措置がなかったら、借入比率の高い家計、企業、金融機関は貯蓄も資産もすべて失い、債務だけが残るだろう。富の幻想が打ち砕かれたとき、どれだけ持っているかではなく、どれだけ返さなければならないかがあなたの運命を決めることになる。
それはもう「インフレ恐慌」だ
債務負担の大きい政府は、金利が上がると返済が苦しくなる。中央銀行は、政府が破綻するに任せるか、それとも高インフレで債務を帳消しにするか、決断を迫られることになろう。後者はデフォルトの一種と言わねばならない。こうした事態が最初に起きるのは、おそらくユーロ圏だろう。ユーロ加盟国は自国の金融危機を防いでくれる独自の中央銀行を持たないからだ。
債務の対GDP(国内総生産)比が高く通貨の弱い新興国も、危機に陥りやすい。外貨建て債務の返済資金を輸出で稼げなくなった場合、自国通貨は一段と弱くなって急落するだろう。通貨暴落から輸入物価高によるインフレ、国内経済の低迷となれば、それはもう「インフレ恐慌」だ。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーターの共同会長を務めるレイ・ダリオがそう警告している。インフレと恐慌が同時に起きる泥沼にはまり込んだ新興国からは、新天地を求める市民が大量に流出することになるだろう。
さしもの中国も、世界的なデフォルトの連鎖に無関係ではいられまい。過去数十年にわたり、中国は高度成長によって巨額の公的債務と民間債務を維持してきた。だがここにきて成長が減速しており、不動産業をはじめとする民間部門の債務過剰はすでに重い負担となっている。実際、一部の大手不動産会社は債務不履行と破産が間近とみられる。さらに、世界的に深刻な景気後退が起きて中国の輸出市場が縮小したり、保護主義が台頭して中国からの輸入を排除し始めたりすれば、中国も他国と同じく景気後退と債務危機に苦しむことになるだろう。
危機の伝染は容易に国境を越え、業界の枠も飛び越える。世界金融危機後に採用された金融政策や財政政策を再び実行できるなら、危機の拡大にブレーキをかけられるかもしれない。だが先ほど指摘したように、金融政策、財政政策いずれについてもすでにどの国も弾切れになっている。巨額の債務を抱える国は、いまや足元の地盤が危うい。小さな企業や個人は、生き残るために優先順位を見直す必要があるだろう。政府が最低限必要な公的サービスすら縮小せざるを得ない事態もありうる。深い穴の中に落ち込み水位がどんどん上がってくる状況を想像してほしい。
これから起きる債務危機は、かつてない規模になるだろう。それでも、累積する債務は巨大な脅威(メガスレット)の一つに過ぎない。史上最悪の債務危機に、重大な政策判断の誤りが重なったら、どういうことになるだろうか。
ヌリエル・ルービニ著/村井章子訳/日本経済新聞出版/1540円(税込み)
