Uber Eats配達員「K」、人気Tik Tokerの「ICO」、現代の不条理に身を委ねながら前に進もうとする若者を描いた一種の青春小説『 K+ICO(ケープラスイコ) 』(文藝春秋)には、作者の上田岳弘氏と同じ40代への言及がところどころにある。社会の空気から自分を守ろうとするあまり何もせず、「社会を自壊させてきた40代についての自責の念」と上田氏は語る。(聞き手=金澤英恵)

<前編「 上田岳弘 「大きな物語」が消えた不条理な世界をどう生きるか 」から読む>

上田岳弘氏 1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、IT企業の創業に参画し、現在は役員を務める。2013年『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞、2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2019年『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞、2022年『旅のない』で第46回川端康成文学賞を受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』『旅のない』『引力の欠落』『最愛の』がある。
上田岳弘氏 1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、IT企業の創業に参画し、現在は役員を務める。2013年『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞、2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2019年『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞、2022年『旅のない』で第46回川端康成文学賞を受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』『旅のない』『引力の欠落』『最愛の』がある。
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Z世代も僕らも何も変わらない

本作の主人公「K」君はUber Eats配達員、もう一人の主人公でTik Tokerの「ICO」ちゃんに、「Uber Eats配達員なんて、社会というシステムの末端の最たる例」と言われても、怒るでもなく「そういうこっちゃないんだよな」と呟きます。二人は同じ世代として通じる部分がありながらも、考え方は当初大きく違っていますよね。

 主人公二人はいわゆるZ世代ですが、自我の守り方はそれぞれです。現代の若者はデジタルネーティブ世代ということもあり、対応しなければならないことが複雑怪奇になりすぎている。

 もっとも40代の僕だって、この現代を若者として過ごしていたら、今のZ世代のようになっていたでしょう。若者が宇宙人に見えるとか、Z世代一括りで偏見を持つ少し年上の人たちは、自分がかつて複雑怪奇な対応をする必要がなかったから、想像が及んでいないのかもしれません。

 結局、人間は10万年前と何も変わっていない。僕たちは今も昔も変わらず、世の中や社会の空気に、その時々で必死に対応しているだけなのです。そういう意味では、サリンジャーの『 ライ麦畑でつかまえて 』(J.D.サリンジャー著、野崎 孝訳、白水社)は1951年の作品ですが、そこで描かれた「今の時代に、いかにして自我を守るか」という若者の課題は変わっていない。

ニューヨークの高校に通う16歳の少年・ホールデンが、文明社会や大人社会のまやかしに疑念を持ち、反発を繰り返す青春群像劇の名作。「社会的というより、若者の非常にパーソナルな部分を描く作品であり、揺らしたら壊れてしまう卵のような若者の繊細さ、マクロとミクロがないまぜになった心理というところで、僕の今回の作品ともどこか通じるものがあるかもしれません」
ニューヨークの高校に通う16歳の少年・ホールデンが、文明社会や大人社会のまやかしに疑念を持ち、反発を繰り返す青春群像劇の名作。「社会的というより、若者の非常にパーソナルな部分を描く作品であり、揺らしたら壊れてしまう卵のような若者の繊細さ、マクロとミクロがないまぜになった心理というところで、僕の今回の作品ともどこか通じるものがあるかもしれません」
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 ただそうした中で、自我を守るあまり、何もせず、社会を自壊させてきた40代の姿も物語に差し込んでいます。僕の自責の念として入れたかったというのもあった。もうちょっと何かやりようがあったのではなかろうかと。

「日本終わった」はただの空気

「この国はもう終わりだよ。もうなんにも残っていない」と、くだを巻く40代サラリーマンのセリフに今の壊れた社会の空気が漂っている気がしました。

 「日本終わった」みたいな言葉を、近年はネットでよく目にしますよね。ただ、最近読んだ記事では、日本の経済成長率は先進7カ国(G7)でトップだと指摘されていました(「日本の経済成長率はG7トップ、この指標なら」〈ウォールストリートジャーナル、2024年1月2日〉)。

 これまでは1人当たり国内総生産(GDP)を見て日本経済は停滞しているとされてきましたが、生産年齢人口(15~64歳)1人当たりGDPで見た場合は、日本はトップの成長率になる。面白い調査結果だと感じませんか。

 大学生でTik Tokerの「ICO」も、最初はインテリ大学生の元彼の影響もあって、今の社会は「搾取システムと末端の底辺で成り立っている」という考え方を持っていましたけれど、「そういうこっちゃないんだよな」と呟いた「K」の存在によって変わっていきます。空気に流されない、色々な物事を自分で冷静に見てみる。とても大切だと思います。

世の中の絶望感や無力感になびいていた「ICO」ちゃんも、心の底では本心ではない、そんなことは思っていない、と自分でも否定しています。「ICO」ちゃんは苦学生でもあり、「誰かを見下さないとやってられなかった」という気持ちはよく分かりました。

 「ICO」は学費や生活費をまかなうために、身体を武器にした動画をTik Tokにアップしている。現代で生きるには最低水準の生活だけでなく、外観上も理想的な「普通」を装わなければならない背景があるからです。

 外食費も物価も上がっている中で、僕ら40代が若者だったころの「普通」より、現代で「普通」を維持することは難易度が高い。とても大変そうに思える。けれども本作の「ICO」を通して、「普通の実装」みたいな苦悩を切り取りつつも、できるだけ希望的というか、前向きに自我を守っていく姿を描けたのではないかと。

「空気に流されない、色々な物事を自分で冷静に見てみることはとても大切です」
「空気に流されない、色々な物事を自分で冷静に見てみることはとても大切です」
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「多数決」以外の正しさを測る物差し

『K+ICO』は「みんながそう言っている」という空気に飲まれないようにするにはどうすればいいか、二人の若者を通して見えてくる作品でした。ちなみに、上田さんはこうした空気を変えていくために、どんなことが必要だと感じますか。

 もともと民主主義が発生した理由は、力を持っていない人が力を携えて正しい方向に進むためでした。「王権」という絶対的な権力に抗い、民衆の意見を是とするために「一人一票」の力を拡大してきたのが民主主義だった。現代は「王権よりはマシ」になっただろうけれど、一人一票の力が以前より効力を発揮できていない。

 それでも正しさを測る物差しとして「多数決」以外の方法を我々はまだ持ち合わせていません。SNSでも、フォロワー、リプライ、いいねの数といった、ある種の多数決によって、正しいか否かが判断されてしまう面がある。フォローやいいねをつけるに至った経緯は人それぞれで本来グラデーションがあるはずなのに。そのこと自体を問題として認識しないといけない。

 「K」と対話を重ねる中で癒されていった「ICO」のように、「これが正しい」といったん述べた人の意見でも変わっていくことがある。これからは多数決に変わる何らかの方法、もっというと「対話を排除しない社会の運用」みたいなものを、探していかないといけないのかもしれません。

ところで全4章からなる『K+ICO』は文學界に連載された作品ですが毎回の掲載時期が結構空いていますね。

 1章の「K」はもともと短編だったのです。短編の依頼があって書いた後、全体像がぼんやりと浮かび、2章3章4章、いずれも短編として発表する形で書き連ねていきました。全体を意識しながらも、そのつどソリッドに仕上げていくという書き方をしましたね。

一気に読める半面、「K」君に呼びかける「姫」は誰なのか、とか、もう一人の「ICO」ちゃんは本当はどういう人なのか、とか、読後に疑問も残ります。

 そのあたりは色々想像していただければ。ただ、別の作品で「ICO」のことは書くことになるような気がします。こちらは長編になるかもしれません。

「これからは『対話を排除しない社会の運用』みたいなものを探していかないといけない」
「これからは『対話を排除しない社会の運用』みたいなものを探していかないといけない」
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▼関連リンク
日本の経済成長率はG7トップ、この指標なら 」(ウォール・ストリート・ジャーナル、2024年1月2日)

取材・文/金澤英恵 構成/谷島宣之 写真/小野さやか