『藤井聡太が勝ち続ける理由 王座戦――八冠の先へ』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)が刊行されたのを記念し「NIKKEI LIVE」で木村一基九段による王座戦トークショー 「〝観る将〟のための王座戦講座」 がオンライン開催された。聞き手は、王座戦五番勝負で両対局者に取材、本書の座談会にも参加した、日本経済新聞 生活情報ユニットの神谷浩司文化担当部長。

NIKKEI LIVEの王座戦トークショー「〝観る将〟のための王座戦講座」に出演した木村一基九段(右)。左は聞き手の日本経済新聞 生活情報ユニットの神谷浩司文化担当部長(写真:日経BOOKプラス編集部)
NIKKEI LIVEの王座戦トークショー「〝観る将〟のための王座戦講座」に出演した木村一基九段(右)。左は聞き手の日本経済新聞 生活情報ユニットの神谷浩司文化担当部長(写真:日経BOOKプラス編集部)
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永瀬前王座の赤裸々な本音を引き出したインタビュー

 王座戦トークショー冒頭、木村九段は『 藤井聡太が勝ち続ける理由 王座戦――八冠の先へ 』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)について、「まさに王座戦を振り返る本として、傑作だと思います。この番組に出ているから言っているわけじゃなくて(笑)、本当にそう思いました」と本書を評した。藤井聡太王座が選んだ一局・王座戦第1局の解説、日本経済新聞記者による座談会で明かされた舞台裏、勝又清和七段による五番勝負の詳細な解説など、バラエティに富んでいる。シリーズが終わったからこそ、公開できる話も多い。

 木村九段が本書の注目ポイントのひとつに挙げたのが、将棋観戦記者の大川慎太郎氏による永瀬拓矢九段(前王座)のインタビュー「藤井と永瀬 ライバルが語る藤井」だ。木村九段は「永瀬さんが赤裸々に語っていた。(大川氏が)引き出しにくい部分を引き出したのがとてもよく、読み応えのあるもの」と評価した。

 当たり前だが、勝負の世界の取材は難しい。本心に迫る質問ほど、答える側は言葉を選び、時には詰まってしまう。取材する側からすれば、それが分かっているがゆえに聞きにくいものだ。相手が敗者であれば、なおさらである。

 対局後に勝者と敗者が一局を検討する「感想戦」という独特な文化がある将棋界でも、公の場以外で敗者が苦しい胸の内を明かすことは少ない。対戦相手やこれまでも戦っていく棋士に知られたところで、何もプラスにならないからだ。それが分かっていても、永瀬九段は生々しい言葉を残した。

 王座戦五番勝負の決着がついた第4局終了後の取材は、永瀬九段の希望で深夜に行われた。その際、「(失冠の)痛みはあまりないですね。ベストを尽くせているのが大きい」と語った。ところが、そこから永瀬九段は不調に陥り、シリーズ終了から2カ月後のインタビューでは「将棋のモチベーションは下がった」「気づいたら夜、家で叫んでいたこともありました」と吐露している。時間の経過とともに変化した永瀬の心情からは、大勝負に敗れた棋士の痛みが伝わってくる。

 第2章の記者座談会「記者が見た八冠の軌跡、藤井の素顔」では、取材秘話が明かされた。第4局の打ち上げ直後、永瀬九段は日本経済新聞のインタビューに応じた。「藤井さんとの差はなんですか」という質問に、少し考えて「それは残酷なことです」と答えたという。

 短い発言ゆえに含みが多いが、それだけに想像の余白がある。本書には、第4局翌朝に日本経済新聞電子版で配信された藤井王座、永瀬九段の五番勝負振り返りの記事も収録された。それらも合わせて読めば、棋士の残した言葉ひとつひとつがつながって、世紀の大勝負がより味わい深いものになるだろう。

木村九段は観戦記者の大川さんによる永瀬九段へのインタビューを注目ポイントのひとつに挙げた(写真:2024年1月29日NIKKEI LIVEより)
木村九段は観戦記者の大川さんによる永瀬九段へのインタビューを注目ポイントのひとつに挙げた(写真:2024年1月29日NIKKEI LIVEより)
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木村九段の見た藤井王座、永瀬九段

 木村九段は永瀬九段、藤井王座とタイトル戦を戦った数少ない棋士の一人だ。永瀬九段には2021年の第69期王座戦五番勝負で挑戦し、1勝3敗で敗退。3連覇を許した。盤を挟み、とてつもない勉強量を感じたという。

「永瀬さんは『将棋の練習の鬼』。毎日、将棋を指して、タイトル戦の前日も午前中に練習をしてから対局場に入るなど、普通の棋士ではハードだと思うことを普通にこなして鍛え上げているという感じでした。私が指したときも、やはり序盤が巧みで、練習量の違いを感じさせられることも多く、押されることが多かったです。1局目は幸い逆転できたものの、番勝負を重ねていく上で押される時間が長くなり、やはり、鍛え上げたものが違うなと。同業者にもそう感じさせるくらいの熱心さは、今も変わらないです」(木村)

 その勉強量を武器に培った戦術は、藤井王座との王座戦五番勝負でも遺憾なく発揮された。

 「(藤井に)スキがないなかで、(永瀬が)どのような作戦を選ぶかは、かなり考えたんだろうと思います。それがきれいに成功した形で出たように思いますね。実際、(永瀬が)リードを奪った局面は結構あって、逆転に次ぐ逆転といったことも結構ありました。見ている側にとっては、4局とも見ごたえのあるシリーズでした」(木村)

木村一基(きむら・かずき)<br>1973年生まれ。千葉県四街道市出身。故・佐瀬勇次名誉九段門下。97年四段プロデビュー。2019年、タイトル挑戦7回目にして王位を獲得。46歳3カ月での初タイトルは史上最年長記録で「中年の星」と称された。王座戦五番勝負では第56期(2008年)と第69期(21年)に挑戦者となっている。「千駄ケ谷の受け師」や「解説名人」の異名も持つ(写真:日経BOOKプラス編集部)
木村一基(きむら・かずき)
1973年生まれ。千葉県四街道市出身。故・佐瀬勇次名誉九段門下。97年四段プロデビュー。2019年、タイトル挑戦7回目にして王位を獲得。46歳3カ月での初タイトルは史上最年長記録で「中年の星」と称された。王座戦五番勝負では第56期(2008年)と第69期(21年)に挑戦者となっている。「千駄ケ谷の受け師」や「解説名人」の異名も持つ(写真:日経BOOKプラス編集部)
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藤井王座の読みは理解できないくらい速かった

 藤井王座が木村九段の持つタイトル「王位」に挑戦してきたのは、2020年のことである。当時、藤井王座は棋聖戦で史上最年少・17歳10カ月でのタイトル初挑戦を決めたばかりで、王位戦は棋聖戦と並行してのタイトル戦出場だった。一方の木村九段は前年に7回目のタイトル挑戦にして、悲願の初タイトル「王位」を獲得している。46歳3カ月での初戴冠は史上最年長記録だ。木村九段は当時と現在の藤井王座の違いを、ユーモアを交えながら語った。

「あの頃は、藤井さんの声が小さかった。対局後の感想戦で読み筋を聞くんですけど、とても速いんですね。同業者でありながら恥ずかしいんですけど、ちょっと理解できないくらい速い。それと、(声が小さくて)ちょっと聞き取れない(笑)。『え?』と聞き返したら、(藤井が)気付いて(同じことを)言ってくれたんですけど、また分かんないんですよね。3回も4回も同じことを聞くわけにもいきませんので、分かったふりをしてうなずいているんですけど(苦笑)。今は堂々として、声が大きくなったかなという感じがします。ただ、読みの速さは変わらなくて、聞こえたところで私が理解できないというのがばれてしまうのが、なかなかきつくなってきたなと思います」(木村)

 藤井王座の感想戦は非常に難しく、指し手を表現する符号を省略して読み筋を披露することもあるため、同じプロの棋士でもついていくのが大変のようだ。本書の第4章「プロ棋士が読み解く藤井の強さ、思考」を執筆した勝又七段は、感想戦をすべて現場で聞いただけでなく、藤井王座に直接、指し手の真意を確かめた。

 後編では、勝又七段が「取材」した藤井の読み筋を木村九段がどう感じたか、また逆転はどうして起きるのかを取り上げる。

文/小島渉

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