勝又清和七段の『キホンからわかる 東大教養将棋講座』(日経プレミアシリーズ)と、青野照市九段『職業としての将棋棋士』(小学館新書)刊行を記念してNIKKEI LIVE「将棋界トリビアトーク 青野照市九段×勝又清和七段」が開催された。AIが登場し勢力図の変わる将棋界の今後や、強くなる棋士となれない棋士の違いについて語り合った。

平成、令和の将棋を変えたAI
1990年、世界コンピュータ将棋選手権が始まった。当時は初心者の実力だったが、開発者の努力もあって、めきめきと強くなっていき、2012年から棋士と将棋AI(人工知能)が戦う「電王戦」が開催された。その翌年には、当時トップ棋士の1人でA級に在籍していた三浦弘行八段(現九段)が敗れた。コンピュータ将棋を黎明期から見守ってきた勝又清和七段は、著作の中で三浦戦の結果をもって「AIが人間を超えた」と述べている。そして2017年、当時の佐藤天彦名人が将棋AIに2連敗を喫したことで、一つの時代が区切りを迎え、電王戦はその役割を終えた。
電王戦を通じて将棋AIが圧倒的な実力を示すようになると、将棋AIを研究に活用する棋士が急増した。今や将棋界の作戦や考え方の源流は、AIにあると言っても過言ではない。初期は「AIを取り入れている」こと自体が新機軸であったが、現在は使って当然の時代。いかに使いこなし、その先にある真理をどう手繰り寄せるかという、新たな努力の形が求められている。

AI推奨手との「答え合わせ」だけでは強くなれない
勝又七段は著作の中で将棋AI発展の歴史をまとめ、人間とAIの思考の違いを述べている。青野照市九段と勝又七段の対談でも、トップ棋士が将棋AIをどう使っているかが話題になった。
2025年、当時七冠だった藤井聡太王座を下して新王座に輝いた伊藤匠二冠について、勝又七段は「ネイティブの世代」と評した。従来であれば形勢を「優勢」など言葉で表現するしかなかったが、伊藤二冠は奨励会(プロ棋士の養成機関)に在籍しているときから、局面の優劣を優勢とか不利とかではなく、「プラス何点」と表現していたそうだ。将棋AIに基づいた数値(評価値)で局面を捉え、なぜAIがそう判断しているのかを的確に言語化できたという。本来、将棋AIは評価値や読み筋こそ示すが、その根拠を語ってはくれない。画面に表示される膨大なデータや、時には人間の常識を覆すような一手から、その真意を解読するには、すさまじい根気と記憶力が必要となる。それを奨励会在籍時からやっていたのが伊藤二冠だという。
大学の数学科を卒業した勝又七段が「数学ができる人は、公式がなくても公式を作れる人。(将棋を)勝っている人もそんな感じがする」と言えば、青野九段は「自分の指した将棋が一手一手、良かったか悪かったかを教わっているような使い方をしている人は強くならない」と話した。テストでただマルかバツかの答え合わせをするかのように、自分の考えた手と将棋AIの推奨手が一致したのを喜んでいるだけでは、地力はつかない。
例として挙げられたのが、2025年の王座戦五番勝負第5局(先手:伊藤匠、後手:藤井聡太)。現地で青野九段と共に見守った勝又七段は、対局者の感想が印象に残っているという。AIの推奨手は、これまでの常識では指しにくい手だと思っていたが、伊藤王座は実際にその手を指して、後に「これが自然だと思いました」と語り、勝又七段は深い衝撃を受けた。冒頭で「AIが人間を超えた」と記したが、現代のトップ棋士たちは、そのAIの思考を血肉に変え、さらなる高みへと上り詰めているのだ。
将棋界の勢力図はどう変わる
最後の話題は、今後の将棋界の勢力図になった。藤井聡太が八冠全タイトル獲得の偉業を達成したのは2023年。しかし、翌24年に藤井八冠に11連敗中だった伊藤匠七段(当時)が叡王のタイトルを奪取し、八冠独占の牙城を崩した。さらに25年には王座となり、立て続けにタイトルを奪った。現状は藤井が六冠、伊藤が二冠を保持している。青野九段は1996年の羽生善治の七冠独占を例に挙げながら、1人がタイトルを奪取すると他のライバルも続いたことを振り返った。「藤井さんに永久にトップでいられたら、自分の人生は意味がないと思っている人しか、タイトルは取れない」という言葉は、50年にわたって現役生活を送った棋士の実感がこもっている。いくら将棋AIが発展しても、精神面が棋士人生に与える影響は大きい。だからこそ、盤上の戦いが人間ドラマとして紡がれていくのだ。

将棋は難しいと思われるかもしれないが、ここ10年ほどで、スポーツ観戦のように将棋を指さずに観戦を楽しむ「観(み)る将」と呼ばれるファンが増えた。
青野九段『
職業としての将棋棋士
』(小学館新書)は裏話満載の読み物、勝又七段『
キホンからわかる 東大教養将棋講座
』(日経プレミアシリーズ)はルールから将棋の戦術、将棋の文化や歴史、将棋AIと人間の思考について楽しめる内容。両著者のエピソードを楽しみながら、将棋界の今と昔を知ることができる「観る将」にこそお薦めの本だ。
文/小島渉 構成/木村やえ(日経BOOKSユニット第1編集部) 市川史樹(日経BOOKプラス編集)

