2024年10月下旬、日経Gooday10周年感謝祭「ビジネスパーソンの健康講座~みんなが悩んでいる『体の不調』徹底対策~」(主催:日経Gooday/日経ビジネス)が開催された。その第1部、フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏による講演の内容をお届けしよう。中野氏は、新著『すごい股関節 柔らかさ・なめらかさ・動かしやすさをつくる』(日経BP)を刊行したばかり。人体の中でも特に重要な関節である股関節の機能のすごさや、その股関節の機能を長く保つための方法などを語った。

参加者に股関節の重要性を語る中野ジェームズ修一氏(写真:稲垣純也)
参加者に股関節の重要性を語る中野ジェームズ修一氏(写真:稲垣純也)

股関節はあらゆる動きの基本となる重要な関節

 中野氏は講演の最初に、いかに股関節が重要な関節なのかを話し始めた。

 「あなたの股関節が正常に機能しなくなったことを想像してみてください。歩いているときや階段を上り下りするとき、股関節がズキッと痛くなる状態に自分がなったとしたらどうでしょう。結構、へこみませんか」

 そのような状態になると、長時間歩くことができなくなり、階段の上り下りもきつくなる。活動量が減ってくるので、体重も増える。体重が増えると、股関節にかかる負担が強くなり、さらに痛みが増す。

 「好きなことが思い通りにできなくなることが、股関節の場合は起きるのです」と話す中野氏の言葉に、参加者は真剣な表情で耳を傾ける。中野氏は続ける。

 「股関節が機能不全を起こすと、筋肉の出力が60%も落ちるといわれています。それだけ、本来出せる力が出せなくなるわけです。ですから股関節は、自分の体重をしっかり支え、移動するために必要な関節であると同時に、あらゆる動きの基本となる重要な関節なのです」

 骨盤と大腿骨、すなわち上半身と下半身をつなぐ股関節は、人体最大の関節だ。人体にムダな関節などないが、股関節が最も重要な関節の1つであることは間違いない。

 そんな股関節の耐久年数は、60~70年と考えられているという。人生100年時代、例えば60歳で股関節を痛めた場合、残りの40年はずっとその痛みを抱えながら過ごすことになる。そうならないためにも、自分の股関節の状態に気を配りたい。

 「股関節を正常に働かせる(股関節を育てる)ためにしてほしいこと」として中野氏は、以下の3つを挙げる。

股関節を育てるための3カ条
  1. ちょこちょこと動かす
  2. 硬いところだけストレッチをする
  3. 周辺を鍛える

 股関節は普段からちょこちょこと動かすことが非常に大事(①)で、ストレッチをするときは硬い部分のみすること(②)。硬くない部分までストレッチをすると、安定力のバランスが崩れ、逆に股関節を痛めやすくなる可能性があるからだ。さらに、股関節周辺の筋肉を鍛える(③)ことも必要だと中野氏は話す。

過剰な「開脚」は危険

 次に中野氏は、股関節の構造について説明し始めた。ここでは、基本となる内容を紹介する。

 股関節は、骨盤にある寛骨臼(かんこつきゅう)という丸いくぼみに、球形をした大腿骨の骨頭がはまる構造になっている。そのため、外れにくい。肩関節のような周辺の筋肉で安定させる「筋依存型関節」に対して、股関節は「構造依存型関節」と呼ばれる。構造依存型関節は、頑丈で壊れにくいが、いったんその構造が壊れてしまうと関節の機能が失われてしまう。

股関節の構造
股関節の構造
(イラスト:内山弘隆)

 この股関節が外れないよう、セロハンテープのように上から補強しているのが「靱帯」だ。靭帯は骨と骨をつなぐ線維性の結合組織で、さらに靭帯の上に筋肉がついている。「みなさんの股関節は靭帯によって安定され、守られているわけです」(中野氏)。

 靭帯は柔軟性があるが、限界を超えて無理に伸ばすと切れてしまう。「体が柔らかい」というイメージで言えば、180度開脚があるが、本来の限界値は両脚で90度といわれているため、「自己流の180度開脚などはすべきではない」と中野氏は忠告する。

 「フィギュアスケートや新体操の選手は、その限界値を超えて足を動かすために、幼少期から訓練を積んでいます。 一般の方が無理に180度開脚を目指すと靱帯を傷めてしまい、年齢を重ねて筋肉量が低下したとき、股関節が機能不全を起こして歩けなくなる可能性もあります」(中野氏)

180度開脚の危険性を語る中野氏(写真:稲垣純也)
180度開脚の危険性を語る中野氏(写真:稲垣純也)

最先端の工業機器に勝る摩擦係数を持つ

 さらに中野氏は、股関節の動きについて解説していく。

 股関節は2方向にしか動かない肘や膝の関節と違い、6方向に動かすことができる。脚を上に上げる「屈曲」、後方へ反らす「伸展」、外に開く「外転」、内側に閉じる「内転」、さらに太ももを外側にひねる「外旋」、同じく内側にひねる「内旋」だ。

 股関節に問題がない人であれば、どの方向に動かしても痛みや違和感などはなく、スムーズに動かすことができる。こうした「なめらかな動き」を可能にしているのは、骨盤の寛骨臼のふちにある軟骨「関節唇(かんせつしん)」と、関節がスムーズに動くための潤滑油として機能する、関節包の内部を満たす透明で粘り気のある液体「関節液」のおかげだ。

関節唇
関節唇
(イラスト:内山弘隆)

 関節唇には、関節の密着度を高めるサクション(吸引)機能と、関節の内部を密閉するシーリング(密封)機能がある。それらで関節内部を密閉するため、少量の関節液でも摩擦が少なく、なめらかに動くようになっているという。

 「関節唇とは、弁当箱のパッキンのようなものです。中に入っている関節液はたいへん滑りがよくなっていて、これも股関節のすごさの1つです。最先端の工業機械のベアリングの摩擦係数は0.01から0.03程度なのに対して、関節液の摩擦係数は0.001から0.002と1ケタも少ない。人工的に作ることができないぐらい摩擦係数が少ない液体が入っているわけです」(中野氏)。

 無理な開脚などをして靱帯が伸びて損傷すると、関節唇も強く引っ張られ、傷がついたり、破れたりする。そうなると関節唇損傷になる。するとサクション機能やシーリング機能が低下して股関節がぐらぐらと不安定になり、スムーズに動かなくなる上、股関節を動かすと痛みを感じるようにもなる。「このように関節唇が損傷した状態で、痛みをやわらげようと下手にストレッチなどをやると、さらに症状がひどくなるので注意してください」と中野氏は指摘する。

トラッキングが不安定になると痛みが出てくる

 中野氏は続いてレントゲン写真を見せつつ、正常の股関節と正常でない股関節(ずれている股関節)の違いを説明。そもそも生まれ持って形がおかしいという人も一定数いるが、普段の生活で使い方を間違ったことによって位置がずれてしまうことがある。それは靭帯が緩んでいるからだ。「ずれた状態で下からインパクトが加わるスポーツなどを長期間にわたり行うと、さらにずれてしまう。それで痛くなっていくわけです」(中野氏)。

 股関節の痛みについては、「機能解剖学の分野では、関節を動かすときのトラッキングが安定していれば痛みは出ないが、それが不安定になると痛みが出る、という基本的な考え方があります」と中野氏は話す。

 トラッキングとは、関節が動く軌跡のこと。この軌跡が毎回同じになる状態を「トラッキングが安定している」と表現する。関節を支える筋肉や靱帯が緩んでぐらぐらすると、トラッキングが不安定になり、痛みを感じるようになる。

 トラッキングが不安定になる原因で最も多いのが「拘縮(こうしゅく)」だ。関節を動かす機会が減ることなどにより、関節の周囲にある筋肉や靱帯が硬くなり、可動域が制限されるようになる状態である。例えば股関節の後ろのほうの組織が硬くなると、大腿骨頭は硬いほうから柔らかいほうにずれて、なめらかに動かせなくなってしまう。

 「股関節を考える上でトラッキングはとても重要な要素です。股関節の機能不全を防ぐためには、トラッキングが安定していなければなりません。まず、股関節を取り巻く筋肉の柔軟性を『整える』。そしてトラッキングが正常になったところでぐるぐる動かして『巡らせる』。そこでようやく、より安定するように『鍛える』ことができるようになります。関節の柔軟性を整えず、トラッキングが安定していない状態で、いきなり筋トレを始めるのはむしろ股関節を痛める原因になります」(中野氏)

股関節を鍛えるまでのプロセス
整える ➡ 巡らせる ➡ 鍛える

 中野氏はここから、「整える→巡らせる→鍛える」のプロセスのポイントを解説。その内容を簡単に紹介する。

【整える】まずは柔軟性のバランスを整える

 本格的なトレーニングを始める前に、まず自分の股関節が正常に働いているかをチェックする必要がある。「屈曲・伸展」動作と「回旋」動作の2つの評価方法(アセスメント)だ。「ちょっと実際にやってみますので、興味のある方は実際にやってみてください」と中野氏。参加者も椅子から立ち上がり、中野氏と同じ動作をしてチェックしていく。

「屈曲・伸展」動作の確認

 椅子の前に立ち、片脚を後ろに引いてしゃがむ。そこから立ち上がりながら、後ろに引いていた足を椅子の上に乗せる。これは脚を上に上げる「屈曲」と後ろに反らす「伸展」の能力を調べる「屈曲・伸展」のチェック方法だ。左右両方の脚で行う。

 「グラグラせずに、一発ですっと上がるようであれば、股関節が正常に働いている可能性が高いです。だいたい3回ぐらいやってもグラグラせずにできたらOKです」(中野氏)。

「回旋」動作の確認

 同じように椅子の前で片脚を後ろに引いてしゃがみ、立ち上がるときに脚を付け根からぐるっと円を描くように回して椅子に乗せる。これも左右両方の脚で行う。

 「機能不全が進みかけている人はグラグラしてしまう。1回、2回はいいけど3回目がなかなかできない、または左右差があったりしてきます。機能不全を起こしている人は基本的に両方よりも片側の方が多いです」

【動画】股関節の状態を確認してみよう
(2分3秒、動画を再生すると音声が流れます)

 これらの動作がスムーズにできない人も、中野氏が推奨するストレッチや筋トレを続けていると、やがて股関節のトラッキングが正常化し、うまくできるようになるという。なお、個別の筋肉では、ハムストリングス、大腿四頭筋、大殿筋、内転筋群、外転筋群の5つの筋肉の柔軟性をチェックする方法もある(詳しい方法は、中野氏の書籍『すごい股関節 柔らかさ・なめらかさ・動かしやすさをつくる』を参照)。

【巡らせる】ストレッチで股関節の可動域を広げる

 関節を観察すると、骨と骨の間には必ず軟骨組織がある。この軟骨がすり減ると関節が変形し、動かしにくくなってしまう。中野氏によると、「軟骨は新陳代謝を繰り返している」という。

 「ちょっと想像してみてください。スポンジがあります。バケツの中に水が入っています。スポンジを水の中に入れて、両手でぐっと潰してから手を離してください。するとスポンジは元の形状に戻るときに周りの水を吸いますよね。これが新陳代謝で、股関節の軟骨組織でも同じことが起きています。つまり、軟骨を『ぐっと潰して動かす(戻す)』を繰り返すと、軟骨は関節液から栄養素を吸い上げて膨らみます。けれども、例えば座った状態(軟骨が潰れた状態)で30分以上動かさないでいると、どうなるか。元に戻りにくくなるんです」(中野氏)

「私は結構、運動しているのに股関節が痛い」と言う人は、1日何回も30分以上座っているからだと考えられる。セデンタリー(座りっぱなし)は健康に悪いと言われるが、股関節の軟骨にとっても良くないわけだ。

軟骨の新陳代謝を進めるストレッチ

 では、軟骨の新陳代謝を効率よく進めるにはどうしたらいいか。そこで中野氏は、軟骨の新陳代謝を進め、股関節の可動域を広げていく「ニークロスオーバー」という動的ストレッチを勧めている。ニークロスオーバーには4つのレベルがある。股関節に違和感があり、機能不全を起こしている人がいきなり大きく動かすのは危険なので、少しずつ可動域を広げていこう。

 まず、基本のレベル1。床に座って両手を後ろにつき、両膝を立てて両脚を大きく広げる。両膝を右側にゆっくり倒し、左のすねが床に対して45度くらいになったら中央に戻す。続いて左側にも倒し、中央に戻す。膝がぶつかる場合は両脚の幅を広げ、往復20~30回を目安に行う。レベル2では「膝が床にぎりぎりつかないくらいまで倒す」、レベル3では「膝が床につくまで深く倒す」、そしてレベル4は、「両手を胸の前で重ねて、膝が床につくまで深く倒す」を行う。

ニークロスオーバーのやり方
ニークロスオーバーのやり方
(イラスト:内山弘隆)

 「最初はレベル1から始めて、無理なくできるようになったらレベルを上げていきましょう。これはテレビを見ながらでもできます。トラッキングが正常になった状態で行うと、股関節の軟骨が新陳代謝を行えます。繰り返していけば股関節の可動域が広がり、なめらかに動かせるようになっていくでしょう」(中野氏)

【鍛える】大切な股関節を100年もたせるために

 適度な柔軟性と可動域を回復したら、最後は「鍛える」というステップだ。講演では、股関節を「安定させる力」を高められる「スタビリティトレーニング」と「レッグサークル」という2つのトレーニングを紹介した。

 「スタビリティトレーニング」は、股関節の周囲や体幹の使い方を体に教える。重りとして、水の入った500mL~2Lのペットボトルを用意(ダンベルでもよい)。次に1枚のタオルを折りたたんで床に置く。これで準備は終了だ。

 準備ができたら足をタオルの上に載せて片脚立ちになり、立っている脚と同じ側の手にペットボトルを持って、頭上でぐるぐると回す。

 「タオルを敷くのは体を不安定にするためです。不安定な足場に片脚で立ち、さらに重いものを持つことで、股関節を支えるいろいろな筋肉が鍛えられます」(中野氏)

スタビリティトレーニングのやり方
スタビリティトレーニングのやり方
(イラスト:内山弘隆)

 もう1つの「レッグサークル」は、あお向けになり、両腕を左右に斜めに広げて手のひらを床につける。片方の脚を天井に向かって持ち上げ、もう片方の脚は床の上に伸ばす。上に持ち上げた脚を股関節からゆっくりと回し、小さな円を描く。右回し、左回しをそれぞれ5~10回程度行い、反対側の脚でも行う。

レッグサークルのやり方
レッグサークルのやり方
(イラスト:内山弘隆)

 「今日ご紹介した股関節のケアをまとめておきましょう。1つ、ちょこちょこと動かして軟骨の新陳代謝を起こさせる。2つ、まんべんなくではなく、硬い部分だけストレッチする。3つ、周辺の筋肉を鍛える。そうやって股関節の機能を維持すれば、10年後20年後も、今と同じ生活が送れる可能性がぐっと高くなるのです。旅行にも行けるし、手術や入院をしなくて済みます」と、中野氏は股関節が正常に働く明るい未来を語り、講演を締めた。

【動画】股関節のケアのまとめ
(2分35秒、動画を再生すると音声が流れます)
中野ジェームズ修一(なかの ジェームズ しゅういち)さん
フィジカルトレーナー/米国スポーツ医学会認定運動生理学士
フィジカルを強化することで競技力向上やけが予防、ロコモ・生活習慣病対策などを実現する「フィジカルトレーナー」の第一人者。多くのアスリートから支持を得て、2014年から青山学院大学駅伝チームのフィジカル強化指導も担当。日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナーとして知られる。東京の神楽坂にある会員制パーソナルトレーニング施設「CLUB100」の最高技術責任者を務める。(株)スポーツモチベーション取締役、フィジカルトレーナー協会(PTI)代表理事、『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』(日経BP)など著書多数。

日経Gooday(グッデイ) 2025年1月15日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]

なかなか治らない腰痛、歩いたときの脚の違和感・こわばり、体の柔軟性不足、姿勢の悪さ……これらの悩み、原因は「股関節」にあるかもしれません。人は股関節から老いていく。そう言っても過言ではありません。一方で、「股関節ほどすごい関節はない」と著者の中野ジェームズ修一さんは断言します。股関節のしくみを理解すれば、どのような運動をすればよいかがわかり、自分で自分の体をよくしていくことが可能です。オリンピック選手やメダリスト、青山学院大学駅伝チームなどのトップアスリートから信頼され、一般の生活習慣病・ロコモ対策も指導する、日本を代表するトレーナーである著者が、実際に現場で行っているメソッドを余すことなく紹介します。

中野ジェームズ修一著、日経BP、1760円(税込み)