「受験」に向き合うために金融機関を退職して受験総合研究所(じゅそうけん)に仕事をフォーカスした伊藤さん。幼・小・中・高・大の受験を網羅した書籍はないと思い、『子どもが沈まない 親が無理しない 小中高大受験戦略』(日本経済新聞出版)を出版しました。後編のインタビューでは複雑化する現在の受験ルートと、どの段階で受験するのが最適かについて語ります。
今や小学校受験も激戦
現在、首都圏では中学受験が過熱しています。その過酷な競争を避けるため、最近では「小学校受験」という選択をする家庭も出てきました。
日本で暮らす限り、多くの人はいつかどこかで受験をすることになります。しかし、今の受験は複雑化しています。ぱっと思いつくだけでも、小学校受験、公立小から私立中高一貫校へ、公立中から公立高校か私立高校へ、公立高校から国公立大学か私立大学へ……などなど。今回はいったい小・中・高・大のどこで受験するのが「コスパがよくて」「正解」なのかについて、お話ししたいと思います。
まず、小学校受験も激戦です。そして、正直なところ「親の受験」です。子どもはちゃんと座って面接の受け答えができる必要はありますが、親や親族がその学校の卒業生であれば入れるケースもあります。
小学校受験で有名な学校は、慶應義塾幼稚舎、早稲田実業学校初等部、青山学院初等部などがありますが、こういった名門小学校の倍率は10倍を超えています。同年代の子ども全体で見れば小学校受験をする割合は2%弱。その教育熱心な層の中での倍率10倍超はかなり熾烈(しれつ)な戦いと言えるでしょう。
しかも、小学校受験は「コスパ」もよくありません。小・中・高・大と16年間、相対的に高い学費を払い続け、卒業する大学は決まっています。例えば、早稲田大学や青山学院大学には医学部がありません。途中で医学に関心を抱いても、進路を軌道修正することが難しいのです。
そのため小学校受験はコスパや卒業する大学ではなく、「16年間どういった環境で過ごすか」を重視したい人に向いていると思います。
次に首都圏で過熱している中学受験ですが、これは「子どもの適性」によります。子ども自身が早熟で勉強が好き、塾で切磋琢磨(せっさたくま)するのが楽しい、というタイプであれば成績も上がりますし、受験を勝ち抜いていけます。
どういった中高一貫校を選ぶかも、本当にその子どもによります。進学校で受験に力を入れたいのか、大学付属校でのびのびと過ごしたいのか、探究型で学びを深めたいのか。
本人の適性を見極めないと、希望の中学に入学した後に成績が低迷する「深海魚」となってしまうので、注意が必要です。また、忘れずにチェックしておきたいのが大学への推薦枠です。伝統的なカトリックの女子中高一貫校などは、中学入試の偏差値はそれほど高くなくても、有名大学への推薦枠を持っているところがあります。親はとかく学校の偏差値に注目しがちですが、推薦枠という観点で学校を選ぶという手もあります。
高校受験は穴場
今は中学受験が過熱し、高校受験の倍率が下がっています。そのため、高校受験は「穴場」でもあります。例えば、慶應義塾中等部の2026年度の募集定員は男子約120人、女子約50人ですが、慶應義塾高等学校は男子約330人、慶應義塾女子高等学校は約70人と、中学よりも高校の方が募集定員の多い中で受験に挑むことができます。
また、公立高校でも進学校であれば国公立大から海外大学、私立校と幅広い進路を選択できるのが魅力です。勉強熱心な子どもであれば、わざわざ小学校受験、中学校受験をしなくても高校受験からでもGMARCH以上の大学は狙えます。コスパの面でも高校受験を考えてみてもいいと思います。
肝心の大学受験ですが、今は親世代が経験したような一般入試よりも推薦入試のほうが主流になってきています。推薦入試については「学力が伴っていない」「体験格差を助長する」といった声もありますが、学部と学生のミスマッチを防ぐメリットもあります。
例えば、一般入試で早稲田大学を受けるとしたら、おそらく受験できる全学部を乱れ打ちして、合格できた学部に行く、という人もいるでしょう。しかし、推薦入試、特に総合型選抜であれば「こういう理由があって、この学部に行きたい」という思いを明確にして臨むことになります。今後はしっかり学力を担保した上での総合型選抜が進むといいですね。
また、大学受験で不利になるのが地方勢です。例えば、約30年前は早稲田大学の学生は関東出身者と地方出身者の割合が半々でした。しかし、現在は関東の出身者が75%だそうです。
地方出身者は就活の際も首都圏の就職試験を受けようとすると、交通費がかかる、OBやOGの情報が入手しにくいなど不利な面があります。
大学を選ぶとき、まずは「国公立か私立か」を考えると思いますが、「首都圏か地方か」も検討すべきです。例えば、同じ文系でも地方の国公立大学を選ぶよりも、GMARCHで学んだほうが就職先の選択肢が広がります。
一方、医学部は関東圏の国公立のレベルがとんでもなく高い。東大、東京科学大学(旧東京医科歯科大学)が難しいのであれば、地方の国公立大学の医学部か、私大の医学部に行くしかありません。国公立の医学部の学費は6年間で約350万円。これが私立となると約3000万円と10倍以上の差になります。これを親が負担するのか、国公立に行けないなら進路を変更するのかは家庭の事情と本人の希望に応じて話し合う必要があります。
また、近年は海外大学への進学を検討する人も増えています。日本国内の大学であれば今でもJTC(Japanese Traditional Company:伝統的な日本企業)が主な就職先になりますが、海外大学に留学すれば就職先が世界中の企業に広がります。ただ、メリットは大きいものの学費が高額なため、相当な覚悟が必要となります。
受験は人生観に影響を与える
ここまで駆け足で説明しましたが、どの受験を選ぶかによって子どもの人生観が変わってくると思います。幼稚園や小学校受験は本人の記憶が薄いかもしれませんが、中学校受験以降は本人の糧となる部分が大きいはずです。
私はさまざまな受験関係者や学生に取材をすることが多いのですが、それこそ地方の公立中学から高校受験、大学受験、就活とすべて自分でつかみ取ってきた人は責任感が強いですね。付属校や大学までエスカレーター式の出身者は陽気でコミュニケーション能力が高く、「一般入試で東大に合格しました」という人とはまったくタイプが違います。これはどちらが良い、悪いではなく、その人の個性。やはり大事なのは子どもが自分で決め、どう行動してきたかだと思います。
受験に正解はありません。もし、あるとしたら子どもと話し合ってルートを決めること。この本がそのときのガイドブックになれば幸いです。
取材・文/三浦香代子 構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/品田裕美
伊藤滉一郎(じゅそうけん)著/日本経済新聞出版/1870円(税込)


