コロナ禍は、個人の「飲酒」にも大きな影響を及ぼしています。自粛生活を強いられ、外でお酒を飲む機会が激減し、その結果、自宅で飲むお酒の量が増えてしまった人も少なくありません。
 酒ジャーナリストの葉石かおりさんは、コロナ禍で自宅での飲酒量が増え、「5リットルの業務用ウイスキー」を買ってしまったこともあります。そんな状態から飲酒量を見直し、酒との付き合い方を変えるのに役立ったのは、これまでに「酒と健康」をテーマに取材した専門家たちの言葉でした。
 最新刊『名医が教える飲酒の科学』は、そうした専門家への取材の成果をまとめたもの。その中から、飲酒量とがんのリスクについてのパートをお届けします。実は、「ほどほど」に飲んでもがんのリスクは確実に上がってしまうことが最新の研究から分かったのです。

かつては、1日に飲む量として日本酒1合程度であれば「適量」だと考えられていたが、最近はそれでも病気のリスクが上がってしまうことが分かってきた。(写真:PIXTA)
かつては、1日に飲む量として日本酒1合程度であれば「適量」だと考えられていたが、最近はそれでも病気のリスクが上がってしまうことが分かってきた。(写真:PIXTA)

「ほどほど」に飲んでもがんのリスクは上がる

 日本人の死因の第1位である「がん」。がんにかかりたくないのは誰もが同じだ。そのためにはどんな飲酒が望ましいのだろうか。

 飲み過ぎればがんのリスクが上がるのは容易に想像できる。大量のアルコールを分解するために肝臓が酷使されるので、肝臓がんのリスクも上がるのだろう。そのほか、食道がんや大腸がん、乳がんなどのリスクも飲酒で上がるという話は聞いたことがある。

 だがもっと気になるのは、「ほどほど」の飲酒でがんのリスクは上がるのか、ということだ。近年、少量の飲酒でも体に悪いと指摘されるようになった。であれば、「適量」とされる飲酒を続けた場合でも、がんのリスクは上がるのであろうか。もし上がるのであれば、それはどれぐらいなのか?

 2019年12月、東京大学から、日本人を対象とした「低~中等度の飲酒のがんへの影響」を評価した論文が発表された(*1)。そこで、論文の発表者の1人である獨協医科大学医学部公衆衛生学講座准教授の財津將嘉さん(論文発表時は東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学助教)に話を聞いた。

 先生、そもそもなぜこういった研究に取り組まれたのですか?

 「2018年に海外の権威ある医学誌『Lancet』で発表された論文(*2)などにより、少量の飲酒でも病気のリスクが上がる危険性が示唆されるようになりました。Lancetの研究の対象者は195カ国(および地域)にも及びます。人種により体質が異なるのはもちろん、医療環境など社会的背景も異なります。そこで『体質や社会的背景が近い日本人を対象としたら少量飲酒のリスクはどうなるのだろう?』というところから私たちの研究はスタートしました」(財津さん)

 なるほど。同じ人間であっても、欧米人などと日本人では体質が異なる。日本人は欧米人に比べてアルコールの分解能力が低い人が多いことはよく知られている。そして、日本人の最大の死因であるがんのリスクが少量の飲酒でどれぐらい上がるのかについては、酒飲みに限らず誰もが気になるところだ。

*1  Cancer. 2020;126(5):1031-1040.
*2  Lancet. 2018 Sep 22;392(10152):1015-1035.

 財津さんたちは、全国33カ所の労災病院の入院患者病職歴データベースを用いて、「新規がん患者」の6万3232症例と「がんに罹患していない患者」の6万3232症例を比較することで、低~中等度の飲酒とがん罹患リスクを推計するという「症例対照研究」を実施した。ここでは、年齢、性別、診断年、診断病院などをそろえて比較している。

 対象者の平均年齢は69歳で、男性は65%、女性は35%。病院に入院する際に、1日の平均酒量やこれまでの飲酒期間(年数)も調査している。「この飲酒期間を分析の対象に加えているところが、この論文のポイントの1つです」と財津さん。

 確かに、「飲酒期間」という要素があると、「いつも飲んでいる量を、このままずっと続けていったらどうなるか」も見えてくる。これは酒飲みにとって、かなり気になるところだ。

 この研究においては、純アルコールにして23g(日本酒1合相当)を1単位として、1日の平均飲酒量(単位)に飲酒期間(年数)をかけたものを飲酒指数(drink-year)と定義している。

 例えば、1日当たり日本酒1合の飲酒を10年間続けたら「10drink-year」ということになる。1日当たり2合の飲酒を10年間続けたら「20drink-year」だし、またそれを20年間続けたら「40drink-year」というわけだ。

リスクの上昇は一見少ないように思えるが…

 さて、いよいよ本題。研究結果では、少量の飲酒におけるがんのリスクの上昇はどのくらいなのだろうか。

 「日本人を調査対象にした本研究において、少量から中等度の飲酒でも、がんのリスクは上昇するということが明確になりました。飲酒しなかった人が最もがん罹患のリスクが低く、飲酒した人のがん全体の罹患リスクは、低~中等度の飲酒において飲酒量が増えるにつれ上昇しました」(財津さん)

 そして、1日純アルコールにして23gの飲酒を10年間続けることで(10drink-year)、酒をまったく飲まない人に対し、何らかのがんにかかるリスクは「1.05倍」上がるという結果になったという。

 1日純アルコ―ル23gというと、厚生労働省が定める「適量」である1日20gにかなり近い。つまり、健康を損ねないよう「ほどほど」に飲んでいても、何らかのがんにかかるリスクは確実に上がるというわけだ。

 しかし、この1.05倍という数値はどう判断すればいいのだろうか。1.05倍とは、5%リスクが高くなるということ。リスクが上がるのは確かとはいえ、数字だけ見るとそんなに大きなリスクとも言えないような気もする。「思ったより低い」と感じる人もいるのではないだろうか。

 「確かに、数値だけ見ると、その程度かと思われるかもしれません。しかし、この研究で導かれた1.05倍という結果は『1日純アルコールにして23gを10年間続けること』から算出されています。飲む量が2倍、3倍と増えていけば、10年よりも短い年数でがんのリスクが上昇するということになります。また、これは10年間飲み続けたケースの値ですから、20年、30年と飲み続ければ、その分リスクは上がります。決して軽視できる数値ではありません」(財津さん)

 酒量が増えたり、飲酒期間が長くなったりして累積飲酒量(drink-year)が大きくなると、グラフのようにリスクは大きくなっていく。

累積飲酒量とがん全体の罹患リスクの関係
累積飲酒量とがん全体の罹患リスクの関係
横軸は1日の平均飲酒量(純アルコールで23gが1単位)に飲酒期間(年数)をかけたもの。縦軸は飲酒をしない人と比較した何らかのがんにかかるリスク(出典:Cancer. 2020; 126(5):1031-40.)

 例えば、50歳前後の人が、20歳くらいから飲み始めている場合、飲酒期間は30年になる。そして1日当たり日本酒で2合を飲んでいたら(=2単位)、60drink-yearということになり、がんの罹患リスクは1.2倍(=20%増)程度になることが分かる。

 30年間の飲酒生活で2割もがんのリスクが上がってしまうのだから、財津さんが言う通り、これは決して無視していいものではない。ちりも積もれば山となる。酒もまた、少量でも日々重ねていけば、がんのリスクは確実に上がっていくのである。

リスクの上昇が大きいのは「酒の通り道」

 一口にがんといっても、肺がん、胃がん、肝臓がんなど、さまざまな部位のがんがある。飲酒により影響を受けやすい部位と、受けにくい部位があるということは素人でも想像できる。果たしてどの部位のがんのリスクが高くなるのだろうか。

 「部位別に見ると、最もリスクが高かったのは『食道がん』で、そのリスクは1.45倍になりました(10drink-yearの場合)。また、『口唇、口腔及び咽頭がん』も1.10倍という結果が出ています(咽頭は口腔と食道の間にある器官)。飲酒によってがんのリスクが上がるのは、食道より上部の器官、つまり『お酒の通り道』になるところだと昔から言われていますが、今回の結果でもその傾向が見られました」(財津さん)

 なお、気管と咽頭をつなぐ器官である「喉頭」のリスクも1.22倍と高い。

各部位のがんの罹患リスク(10drink-yearの場合)
各部位のがんの罹患リスク(10drink-yearの場合)
縦軸は、飲酒をしない人と比較したがんにかかるリスク(オッズ比)。1日アルコール1単位(日本酒1合相当)の飲酒を10年間続けた時点(10drink-year)でのリスク

 これらのリスクはいずれも、1日当たり日本酒1合(純アルコール23g)相当の飲酒を10年間続けた時点(10drink-year)におけるデータである。飲酒期間がより長くなり、飲酒量が多くなれば、ほとんどの部位でがんのリスクは着実に上昇する。最も顕著な食道がんの場合は、1日1合の飲酒を10年間(10drink-year)で1.45倍だったリスクが、1日2合で30年間(60drink-year)なら4倍を超える。

 酒を口から飲んで胃に至るまでのルートのほかには、胃がん(1.06倍)、大腸がん(1.08倍)なども、がん全体と比べてリスクが若干高くなっている。女性の私としては、乳がんのリスクが1.08倍であるのも気になるところだ。このほか、子宮頸がん(1.12倍)、前立腺がん(1.07倍)などもリスクは高めとなっている。

「酒の総量」が問題であって「種類」はあまり関係ない

 少量の飲酒であっても、がんの罹患リスクが上がることが明らかなのは分かった。だが、がんのリスクができるだけ上がらないような酒の飲み方はないのだろうか。

 「最も着目すべきポイントは『お酒の総量』。お酒の種類はあまり関係ありません(*3)。アルコールそのものに発がん性があり、さらにアルコールの代謝副産物であるアセトアルデヒドもがんの原因となることが分かっています。私たち日本人は遺伝的にアセトアルデヒドの分解能力が低い人が一定数おり、少量でも影響を受けやすいのです。このことから、飲み始めた年数から今に至るまでどれだけアルコールを飲み、そのリスクにどれだけさらされてきたかが重要となるのです」(財津さん)

 財津さんによると「お酒を飲む習慣を見直してほしい」という。確かに、酒好きの多くは、さして飲みたくもないのに、飲むことが「クセ」になっている人が多い。夕方になったら当たり前のようにカシュッとビールのプルトップを開ける、風呂あがりに水代わりにチューハイを飲む、仕事帰りにコンビニに寄って酒を買ってしまう……。

 「まずはこうした『飲むクセ』を変えていくといいですね。最初は週に1日でいいので、休肝日を作ってみましょう。お酒をストレス発散の道具にしたり、睡眠導入剤の代わりに寝酒にしたりするのも避けましょう」(財津さん)

 財津さんは、「一生で飲むお酒の量は決まっている」と考えて、休肝日で「飲まない日貯金」をして、「飲酒寿命」を延ばしましょう、と提案する。これには私も賛成だ。

*3  ただし、ウイスキーなどアルコール度数の高い酒は、食道がんなどのリスクをより高める傾向があるともいわれている

日経ビジネス電子版 2022年3月22日付の記事を転載]

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葉石かおり著 肝臓専門医・浅部伸一監修