
※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。このコラムには同書のベースとなった記事をセレクトして転載しています。その第27回。
書店減少の問題は、業界内だけでは、どうすることもできないところまで来ている。そう厳しい声を上げるのは、PubteX(パブテックス、東京・千代田)の渡辺順社長だ。改革が進まない特殊な構造の裏には、「作り過ぎ」「運び過ぎ」「返し過ぎ」という3つのムダがある。そして、それらのムダは、商社目線でDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めれば改善できると強調する。
人口減少社会は効率に勝機が
前回は、商社の丸紅がなぜ出版・書店流通の領域に乗り出したのか。その理由とともに、RFID(無線自動識別)タグを中心に、IoT、AI(人工知能)との連携によるスマートサプライチェーンの構想をうかがいました。第2回となる今回は、全体の戦略についてうかがっていきます。
渡辺順・PubteX社長(以下、渡辺):「書店再興」シリーズで、すでにいろいろ取材されている通り、出版・書店業界の中で特に書店は厳しく、業界内だけでは、その状況はもう変えられないところまで来ています。その現状を、いかに改善していくかが、私たちの大きな課題であり、役割だと思っています。

出版・書店は残念ながら市場規模が減少し続けている業界です。そんなところに、事業収益を求める商社が参入する。あらためての質問になりますが、いったい勝機はどこにあるとお考えになったのでしょうか。
渡辺:日本は人口減少社会です。放っておいても市場が拡大していく業界は極めて少ない。そうなると、限られた市場でどこまで効率化を進めていけるかが、勝負になります。逆説的になりますが、出版業界は効率化が進んでいないからこそ、我々商社の果たす役割があり、それがPubteX(以下、パブテックス)にとってもビジネスになると考えました。我々の視点から見た時に、出版流通は改革できる余地が多々あります。DXが進めばプラスの収益構造をもう一度、構築できると見込んだのです。
ただし、2022年の設立から3年たった現在、全体の状況は変わっていません。むしろ書店数はさらに減少しましたので、課題はさらに重くなったと感じています。
まだ3年、とは思いませんか。
渡辺:もう3年、です。3年たちましたが、残念ながら、パブテックスが成し得ようと思ったことの5%ぐらいしかできていないというのが私の実感であり、力不足を痛感しています。
シュリンクしているのに危機感が薄い
前回のインタビュー(書店を「ユニクロ化」するマンガに挟まった「白い紙」)では、パブテックスが取り組むRFID(Radio Frequency Identification=無線自動識別)を使った書店流通のDX戦略を、執行役員・IoTソリューション事業部長の植松健さんからうかがいました。植松さんも丸紅のご出身です。出版という文化系の世界に、商社という体育会系が入って、いかがですか。
渡辺:書店の市場がシュリンクしているというのに、出版・書店業界には、特殊かつ構造的な課題があって、改革の機運がなかなか盛り上がらない。まず、その歯がゆさがあります。
それぞれが、それぞれに精いっぱい頑張っていることは、よく分かっているんです。
ただ、「業界の危機だ」と叫ぶわりに、他の業界ではどんどん進んでいる改革がここでは進まない。それは、どういうことなんだろうと、疑問にとらわれています。
渡辺さんの問題意識は、どこに集約されますか。
渡辺:まず、分かりやすい指標として、高い返本率があります。出版・書店流通には「作り過ぎ」「運び過ぎ」「戻し過ぎ」という3つのムダがあり、その3つが負のサイクルを描く中で、返本率が高止まりして、書店、取次、出版社それぞれの利益を圧迫しています。
商社という業界の外側からの目線で、さらに具体的に教えていただけますか。
渡辺:他の業界で行われていて、出版業界で行われていないこと。それはモノとカネをひも付けた管理ができていないことです。
どういうことでしょうか。
渡辺:例えばメーカーが新製品を出す場合は、ターゲットや売り上げ目標を設定して、開発費、人件費、物流費、想定返品率と、それによって掛かるコストなどを計算します。そして、それらを差し引いた時に利益がどれぐらいになるか、という計画を、当たり前のこととして立てます。
計画を立てるだけではありません。その商品を販売した結果、どれだけの収益を生み出したのかについても検証します。そして、製品ライフタイムの収益をKPI(重要業績評価指標)として捉え、次の製品づくりに生かす。このPDCAサイクルを回す努力を積み重ねることで、収益を絞り出すことは、他の業界では普通に行われていることです。
出版・書店業界のサプライチェーンでは、その意識はまあまあ希薄です。
渡辺:そう、この業界でライフタイムの収益が見えているかは、疑問です。「返本」という名の返品ができない他の業界において、在庫管理はもっとセンシティブですし、サプライチェーンの各プレーヤーは、モノづくり、在庫管理、収益管理にも繊細かつ敏感に取り組んでいます。
「日経ビジネス」では、そのセンシティブなあたりを、各メーカーに根掘り葉掘り聞いて、それがビジネスパーソンの読者に刺さっているわけですから、収益管理は大きな関心ポイントです。
渡辺:でも出版業界では、そこが、かなり曖昧ですよね。
はい、発信している私たちの足元では確かに曖昧です……。それはいったん置いておいて、出版社、取次、書店の利益配分についてうかがいたいのですが、川下側である書店の配分率は22%前後といわれています。これは渡辺さんから見ていかがでしょう。低い配分ですか?
ここがヘンだよ、出版流通
渡辺:正味(卸値)が低いかどうかを当方が言及する立場にはありませんが、書店が販売価格を変えられない、売りたい商品をすぐに仕入れられない、という現状が続く前提であれば、厳しいのは間違いないと思います。
渡辺さんがおっしゃる前提とは、業界特有の「再販売価格維持制度」と「委託販売制度」ですね。
渡辺:もちろん「本」という商材の特殊性については理解しています。本は作った時から廃棄するまでのライフサイクルが長い。しかも書店に並んでいる本は、1冊1冊が全部違う。それらの販売計画をどう立てて、いつ最終的なもうけを確定させるかは、通常の小売業に比べても難しいことだと思います。
それは分かった上でも、現実として川下の書店がどんどんつぶれているのは、やはり現状のサプライチェーンのどこかがおかしいからですよね。
他に「ここがヘンだよ、出版流通」はありますか。
渡辺:私にとって不思議な慣習は「見計らい配本」です。取次が書店の注文状況に関わらず、新刊本をパッケージにして書店に配本するわけですが、発注していないものが毎日のように問屋から送られてきて、発注したものはなかなか来ない。そんなシステム、ほかの小売業では聞いたことがありません。
そこは業界にも言い分があって、見計らい配本によって、新刊本をあまねく全国に流通させて、書店は本を選ぶ手間なく、幅広いジャンルの本を取りそろえられるのだ、と。
渡辺:これも同じお答えになってしまいますが、現実を見ると、それで書店さんはもうかっていないですよね。現状の配本で需要のある書店にきちんと商品を届けることができていればよいのですが、そうなっておらず、その結果、返本率が高くなっている。だとしたら、本末転倒です。返本率が高ければ、書店だけでなく、取次も、出版社も、著者も、みんなの利益が圧迫されることになります。
おっしゃる通り、出版・書店業界はサプライチェーンに問題があることは確かなのですが、この業界って一発ヒット作がでれば、それが神風となって目の前の問題を吹き払っていく。そんなことの連続で、ここまで来ています。
渡辺:業界が右肩上がりの時は、「いろいろあるけど、神風が吹いたね」でよかったんです。でも売り上げが下がっているなら、サプライチェーンを見直すことが急務ですよね。
そのカギが、データ活用によるDXということですね。
渡辺:そう考えています。ただ悩ましいのは、このデータを活用するということについて、業界のみなさんの理解を得るのにかなり苦労している現状がある、ということです。
本という商品には、思想という感情的要素が含まれるので、その点で数字とか効率とかよりも大事なものがある。と、そのような意識は関係者の間にはありますね。
渡辺:本の持つ精神的、感情的な側面と、その価値については、私も十分承知しています。ただ、私には本当に危機感しかないんです。業界の外から来ているからこそ、データの意義を言わなきゃいけない立場だ、とも思っています。
人の感性は重要、そしてデータも重要
例えば歴史に残るヒット漫画は、漫画雑誌の人気投票ではなく、一人の編集者の情熱で生まれたパターンも多いです。目先の数字より、編集者の感性や経験だ、という考えが積み重なっているので、データを忌避する意識設定になるのは、私はよく分かります。
渡辺:それを分かった上で繰り返しますが、マーケットが伸びていれば、その「感性や経験」でやり続ければいいんです。
そうそう、こういう議論はマーケットが伸びていれば、やっていい(笑)。
渡辺:大手出版社なら、感性や経験をもとにした編集主導で生き残っていけるかもしれません。ただ現実問題として、ほとんどの書店法人が赤字経営に陥っています。その中で、「ヒット作を待とうね」というやり方では、書店のほうは生き残れないですよね。
そうですね……。
渡辺:業界全体がシュリンクしている時代には、それに対応した考え方が必要で、編集のクリエーティビティと、数字に表れる効率性を、どう併存させていくのか。そこを真剣に考えるべきだと私は考えています。
ただ、誤解のないようにお願いしたいのですが、私たちは出版社や取次さんと対立して流通改革を推進しているわけではありません。我々の株主には出版社がいますし、取次さんとも連携させていただいています。当初から事業コンセプトはオープンなものにしていて、すべての書店、すべての出版社、すべての取次さんと一緒に事業を進めて、この業界をサステナブルにしていきたいと思うのです。
そのツールがRFIDを使ったDXということを、前回にうかがいました。
渡辺:人の感性や経験も非常に大事ですが、同様にデータの持つ意味は重いものだと考えています。まず、データを使って、サプライチェーンをリアルタイムで見えるようにしませんか、ということですね。
RFIDシステムの導入は、もちろん一義的に進めていきますが、ビジネスとしての本当の意義は、その先にあります。つまり、データを有効に使って、ステークホルダー全体で本質的な改革を進めていくこと。今、そこへのご理解をいただくべく、私は業界内を駆けずり回って、いろいろな方々と話している最中です。
(*データを使えば、本も売れるし、書店ももうかる。それは本当か? 出版流通におけるデータの重要性について、第3回に続きます)
[日経ビジネス電子版 2025年9月17日付の記事を転載]
清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)
