やっかいな「コロナ太り」を解消するため、筋トレを始める人が増えています。「ステイホームしなければならないのなら、自宅で筋トレに励もう」――。酒ジャーナリストの葉石かおりさんも、そうやって筋トレを始めたひとりです。
 ところが、熱心に筋トレをやっても、なかなかその効果が実感できないという葉石さん。その理由を、筋肉の合成や筋トレ効果などに詳しい立命館大学スポーツ健康科学部教授・藤田聡さんに聞きました。
 実は、筋トレ後にアルコールを飲んでしまうと、筋肉の合成率が3割程度も減り、せっかくの筋トレ効果が台無しになるという研究があるのです。
 葉石さんの最新刊『名医が教える飲酒の科学』から、筋トレとアルコールの関係についてのパートをお届けします。

運動後にお酒を飲むのは気分がいい。だが、筋トレの効果をアルコールが打ち消してしまうかもしれないという研究結果がある。(写真:123RF)
運動後にお酒を飲むのは気分がいい。だが、筋トレの効果をアルコールが打ち消してしまうかもしれないという研究結果がある。(写真:123RF)

筋肉の合成率が3割下がるという研究も

 近年、健康のために「筋肉」が重要であることが、さまざまな研究から分かってきた。

 年を取ると筋肉量が次第に減ってくる。何もしないでいると、足腰が弱くなり、将来の寝たきりにつながってしまう。なるべく自分の脚で歩いて健康でいるためには、特に下半身を鍛えて筋力をキープしなければならない。

 また、筋肉量が減少すると、糖尿病や心疾患のリスクが上がることも分かってきた。病気の予防のためにも、筋トレをしたほうがいいというわけだ。

 今は男女を問わず筋トレをする時代。筋肉が多いと基礎代謝が高くなり、太りにくい体になる。そのため、体形維持のためにスポーツクラブで筋トレに励む女性も増えているのだ。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のための外出自粛を機に、自宅で筋トレを始めた人も多い。多分に漏れず私もそのひとりで、軽量のダンベルや腹筋ローラーを買い込み、せっせと自宅で筋トレを行っていた。そのおかげが、なんとなーく、うっすらと腹部に縦線が入ってきたような気がする。

 しかしである。毎日筋トレを行い、プロテインだって飲んでいるのに、思ったようには筋肉がつかない。同様のことを口にしているのが、私の周囲の酒飲みたちだ。

 筋トレの方法が間違っているのか、それとも酒が影響しているのだろうか? そういえば、酒飲みたちの多くが、トレーニング後のビールやハイボールを楽しみにしている。何なら私もそうだ。

 そこで、立命館大学スポーツ健康科学部教授・藤田聡さんに筋トレの効果とアルコールの関係について聞いてみた。

 先生、筋トレの後に酒を飲むのはよくないのでしょうか?

 「残念ながら、筋トレ後にアルコールを飲むと、筋肉の合成に悪影響を及ぼします。それを示す研究結果もあります(*1)。ちなみに筋トレ前に飲んでも、血中のアルコール濃度は急激には下がらないので、結果はあまり変わらないですね」(藤田さん)

*1 PLoS One. 2014 Feb 12;9(2):e88384.

 ショック……。運動後のビールやハイボールほどおいしいものはないが、こと筋トレとなるとアルコールとの相性が悪いのだ(涙)。

 ではなぜ、筋トレ後にアルコールを飲むと、筋肉の合成に悪影響を及ぼすのだろうか。

 「筋トレを行うと、筋肉を合成する生理作用が高まります。その際、筋肉の合成を高めるスイッチとなるmTOR(エムトール)という酵素が細胞内で働き、たんぱく質の合成が活性化されます。mTORを作用させるには、筋トレ以外に、たんぱく質を摂取して血中のアミノ酸の濃度が高まることが有効といわれています。ところが、筋トレ後にアルコールを飲んでしまうと、このmTORの作用が抑制され、筋肉の合成率が3割程度も減るという研究があるのです」(藤田さん)

筋トレ後のアルコール摂取と筋たんぱくの合成率
筋トレ後のアルコール摂取と筋たんぱくの合成率
筋トレを行った後の2~8時間の筋たんぱくの合成率を表したもの。オーストラリアのRMIT大学で、8人の運動習慣のある健常者(平均年齢21.4歳)を対象にした研究。(PLoS One. 2014 Feb 12;9(2):e88384. を基に作成)
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 藤田さんが示してくれたその研究結果を見ると、一目瞭然だ。オーストラリアのRMIT大学で行われた研究では、トレーニング後に、(1)プロテインのみ摂取、(2)アルコール+プロテインを摂取、(3)アルコール+糖質を摂取という3つのパターンを比較した。その結果、(2)のアルコール+プロテインのパターンでは、プロテインのみ摂取した場合より、筋肉の合成率が24%減少し、(3)のアルコール+糖質のパターンでは37%減少することが分かった。

 汗水たらして一生懸命筋トレしても、その後にアルコールを飲んだら効果は激減ということか。そりゃ、いくら筋トレしてもカラダにキレが出ないはずである。

 「筋トレ後のアルコールの影響は、女性に比べ男性のほうが大きいと考えられます。アルコールを飲むと、男性ホルモンの一種であるテストステロンの分泌が抑制されます。テストステロンは筋肉の合成と深い関わりがあるため、それゆえに男性のほうが筋肉の合成の落ち込みが大きいのではないかと考えられます」(藤田さん)

 一瞬、「女性には影響が少ない」とぬか喜びしてしまったが、そうではなさそうだ。

 「だからといって、『女性は安心して飲んでいい』というわけではありません。女性でも、筋肉の合成にアルコールが悪影響を与えていると考えられますし、また長期的に毎日多くのアルコールを飲むことで健康に被害があることは変わりません。アルコールの影響を軽視しないようにしましょう」(藤田さん)

十分に時間をあけて少量の飲酒ならOK?

 ところで、先ほどの研究で気になるのが、被験者が飲んだアルコールの量である。どのぐらいの量を飲むと、筋肉の合成にどれくらいの影響が出るのだろう?

 「この研究では、体重1kg当たり1.5gのアルコール摂取と、かなり多めの量を飲んでいます。体重が80kgの被験者が120gのアルコールを摂取しているということになります。ウォッカ60mLを4杯なので、どう考えても日常的に飲む量とはいえませんよね」(藤田さん)

 ということは、もっと少ない量であれば筋肉の合成に影響はあまりないのだろうか? また、お酒の種類によって影響の大きさが変わったりしないのだろうか。

 「現在、どれくらいの量なら問題ないか、というデータはありません。ただ、先ほど挙げた研究の結果から推測すると、筋トレから十分に時間を空ければ、ビール(350mL)1~2缶くらいであれば影響が少ないのかなと思います」(藤田さん)

 筋肉の合成が高まるのは筋トレの直後で、その後、合成率がだんだんと下がっていく。先ほどの研究も、2~8時間後の合成率について調べたものだ。そのため、十分に時間を空けて、少なめの量のアルコールを飲む分には、影響は少ないのではないか、というわけだ。

 「それから、お酒の種類はあまり関係なく、トータルのアルコールの量が問題になります。ですので、ワインのように、食事とともにゆっくり飲めるお酒か、低アルコールのお酒を選ぶようにするといいと思います。血中のアルコール濃度が急に上がらないようにするのがポイントです」(藤田さん)

朝筋トレ、夜ビール1缶

 明確なエビデンスはないにせよ、「十分に時間をあけて、350mLのビール1~2缶なら許容範囲」と考えると、筋トレラブの酒好きとしては、ちょっとホッとする。ホッとしたところで、藤田さんに気になる質問をひとつ。先生ご自身は筋トレ後にお酒を飲むのでしょうか?

 「来ましたね、その質問が(笑)。僕は朝トレーニングして、夜にほぼ毎晩ビールを1缶(350mL)飲んでいます。自宅ではこれ以上飲みません。先ほども言ったように、筋トレ後の筋肉の合成のピークが1~2時間後なので、十分に時間をあけるとなると、夜にお酒を飲むのであれば朝に筋トレを行うのが効率的ではないかと思います」(藤田さん)

 朝筋トレ! これは良さそうだ。オンライン取材で、パソコンの画面越しでも分かる引き締まった藤田さんの姿を見ると、説得力大である。

 夜にビール1缶を飲むとのことだが、ほかに飲み方で気をつけていることはあるのだろうか。

 「注意しているのは空腹で飲まないということです。体内におけるアルコールの吸収を緩やかにし、血中アルコール濃度を急激に上げないようにするためです」(藤田さん)

 血中アルコール濃度が急激に上がってしまうと、悪酔いしたり、たががはずれて、つい飲み過ぎたりしてしまう。それで翌日、二日酔いになってしまったら、朝の筋トレにも影響を及ぼすかもしれない。

 早速、私も朝筋トレを実践したい。ただひとつ気になるのが、1日のうち筋トレに適した時間帯というのはないのだろうか。例えば、朝より夕方に行ったほうが効果が大きいなら、迷うところだ。

 「筋肉合成という観点からは、筋トレを行う時間帯による差は少ないと考えられます。ただ、血圧が高い人は、朝から激しい筋トレを行うと血圧が上がり過ぎて、脳心血管系の疾患のリスクが上がるかもしれないので注意が必要です」(藤田さん)

 最後になるが、筋トレで何より大事なのは「継続」だ。自分が習慣化して続けられる筋トレのルーティーンを確立しつつ、酒で筋トレ効果を台無しにしないように注意しよう。

日経ビジネス電子版 2022年5月2日付の記事を転載]