仕事、勉強、住まい、人間関係、結婚──。これまで続けてきたことを続けるべきか、やめるべきか? ピュリツァー賞ジャーナリストが、科学やスポーツ、ビジネスなど幅広い領域の著名人への取材などから、科学的に正しい「やめどき」を探る。SNS(交流サイト)が使われるようになって、やめる行為に異変が起こり始めている。『 やめる 最良の人生戦略 』(ジュリア・ケラー著/児島修訳/日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。

米国SNSの女王の転落

 「女の子よ、タイムラインを洗いなさい(Girl, Wash Your Timeline)」という2021年4月29日の「ニューヨーク・タイムズ」紙の記事の見出しは、嫌みな響きはあるものの、SNSに大量の批判的な投稿や、回転するGIF画像、しかめ面のアイコン、至極単純な「最低!」というコメントがあふれる現代社会で何かをやめることが抱えているジレンマを見事にとらえている。

 この記事は、若者を鼓舞するメッセージを発信して人気を博し、『女の子よ、顔を洗いなさい(Girl, Wash Your Face)』(2018)(邦題『傷ついた私を助けてくれたこと』)や『女の子よ、謝るのをやめなさい(Girl, Stop Apologizing)』(2019)(未訳)などの自己啓発書がベストセラーとなったことで一躍富と名声を手にしたレイチェル・ホリスの盛衰をたどったものだ。

 タイムズ紙がこの記事にこうした外連味(けれんみ)のある見出しをつけてホリスを揶揄(やゆ)した理由はよくわかる。ホリスはSNSを巧みに駆使して、書籍やブログ、ライブストリーム、ポッドキャスト、パーソナルケア製品などの幅広いチャネルでビジネスを展開したが、この威勢のいい起業家がうまくいかなくなったとき、怒りと軽蔑をもって彼女を攻撃したのもSNSだった。

 同じ運命が、SNSを利用するすべての人──つまり、あなたや身の回りにいる人のことだ──を待ち受けている。やめることの儀式はすっかり様変わりしてしまった。

 以前なら恋人と別れるとき、真夜中にカーテンを閉めた部屋で、スウェットにTシャツという格好でソファに座り、テーブルに食べかけのアイスクリームカップを置いたまま、泣きながら電話で親友に悩みを打ち明け、「あんな奴、そろそろ別れ時だよ」と慰められたりしたものだった。

 あなたと親友以外、誰もその話を知らなかった。だが今では、やめることは公なものになった。SNSは、いつも真昼のまぶしさにさらされている。

SNSはやめることも公にする(写真/Shutterstock)
SNSはやめることも公にする(写真/Shutterstock)
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SNSに生き、SNSに死す

 ホリスが体験したのも、まさにこれだった。タイムズ紙の記事にもあるように、2020年、彼女は大きなファンイベントの延期を余儀なくされ、10万人以上のインスタグラムのフォロワーを失った。原因は、SNSへの不用意な投稿によって、「一般的な女性を応援する有名人」としての信ぴょう性を信奉者たちに疑わせてしまったことだった。

 さらに、ホリスが離婚を発表したことも、結婚生活で恋愛気分を保つ方法についての彼女の前向きなアドバイスを信じていた、クリスチャンの既婚者が多いファンから不興を買った。ホリスがしでかしたことは、かつての有名人が起こした不祥事──薬物、浮気、泥酔事件、横領、果ては殺人など──と比べれば、軽微なものかもしれない。

 だが、それは程度の問題ではなかった。ホリスは公の場で過ちを犯したのだから、公の場で罰を受けなければならなかった。ホリスのサイトにはファンからの怒りの投稿が殺到し、結果として予定されていたイベントは開催中止に追い込まれた。

 ホリスはSNSに生き、SNSに死んだのだ。

SNSはやめる行為を人目にさらす

 誰もが、ホリスのようにSNSを使って巨大なビジネスを成功させているわけではない。だが私たちは、かつて政治家や著名人にしか当てはまらなかった「公人としての生活」という言葉が、Wi-Fi環境と言いたいことがある人には、誰にでも当てはまる時代に生きている。

 私たちは、仕事の内容や婚姻状態、好きなバンド、政党など、これまでは親しい友人や家族だけしか知らなかったことを、SNSを介してワンクリックで世界中に発信できる。その結果、赤の他人や友人たちからの批判にさらされやすくなった。下手なことをすれば、一瞬のうちにフォローを外され、不愉快なコメントをつけられる。

 このような事態を、私たち自身が引き起こしているのは事実だ──誰も、フェイスブックやインスタグラムに身近な出来事を投稿する義務などない。とはいえ、現代社会においてSNSが無視できない存在であることもまた事実だ。

 SNSは眠らない。すべてが詮索の対象になる。誰かと付き合い始め、別れたこと、新しい家やアパートに引っ越したこと、飼い犬が亡くなったこと、新しい犬を飼い始めたこと──こうした人生の変化について、自分で何かを投稿しなくても、他の誰かに投稿される可能性だってある。

 つまり、あなたがレイチェル・ホリスでなくても、時代の変化の影響は避けられない。インターネットは、有名人だけでなく一般人にとっても、自分の情報を公にさらしながら生きるという新しいライフスタイルをもたらした。それはつまり、何かをやめる行為を公の目にさらすということだ。

 その結果には、良い面と悪い面がある。自分の人生の選択について大勢の人からコメントされることには、戸惑いや恥ずかしさを覚えるものだ。キャシー・オニールが『恥の機械:恥辱の新時代でもうけるのは誰か(The Shame Machine: Who Profits in the New Age of Humiliation)』〔未訳〕で書いているように、SNSは誰かに批判される経験を増幅する。

 「今日では、たった一度の不注意が、ネットワーク化された『恥の機械』がフル回転されることで、世界的な出来事に変えられてしまう。アルゴリズムに後押しされた何百万もの人々がこのドラマに参加し、大手IT企業に無償で労働力を提供している」

「やめたい」がSNSのトレンド入り

 一方、スポットライトを浴びながら何かをやめることには、たとえば「労働者に新しい力をもたらした」というメリットも生んだ。2021年には、仕事をやめる瞬間を動画でティックトックに投稿することが大流行し、「QuitTok(クィットック)」という造語まで生まれた。

 「仕事をやめたい」といったフレーズが、SNS上でトレンド入りするようにもなった。大勢の人が、時に遊び心にあふれた、時に怒りに満ちた、退職の瞬間をとらえたショート動画を投稿した。その典型例は、やめたばかりの会社のドアを出る瞬間に撮影された動画だ。

 これは、権力のある上司が力の弱い従業員をクビにする、という従来のトップダウン型の職場から連想するのとはまったく違う光景を世界に発信するものになった。

権力のある上司が力の弱い従業員をクビにする、という従来の職場とは異なる光景が登場している(写真/Shutterstock)
権力のある上司が力の弱い従業員をクビにする、という従来の職場とは異なる光景が登場している(写真/Shutterstock)
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最新の神経科学・進化生物学が示す、科学的に正しい「やめどき」を解説する注目書が文庫に。ミツバチやラット、カラスも「あきらめ=退避」によって生き残る。仕事、勉強、住まい、人間関係、結婚などを、続けるか、撤退するか、悩んでいるすべての人に、やめることにまつわる後ろめたさを覆し、前向きな決断で人生を切り開く力を届ける一冊。

ジュリア・ケラー著/児島修訳/日本経済新聞出版/1210円(税込み)