3等身で顔はあんぱん。実に日本的なキャラクターながら、世界6位のマーケット規模を持つ「アンパンマン」。現在NHK連続テレビ小説「あんぱん」で改めて注目を集めていますが、1988年から日本テレビ系列で始まったアニメ「それいけ!アンパンマン」はすでに37年間全国放送が続いている長寿アニメ番組です。その人気の秘密と他のキャラクターにはない特殊性について『 アンパンマンと日本人 』(新潮新書)著者の柳瀬博一さんに聞きました。

柳瀬博一(やなせ・ひろいち)
1964年、静岡県浜松市生まれ。東京科学大学教授(メディア論)。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP)入社。2018年より現職。『国道16号線』『カワセミ都市トーキョー』『上野がすごい』(滝久雄氏と共著)『「奇跡の自然」の守りかた』(岸由二氏と共著)など著書多数。やなせたかし氏への思いは熱いが血縁関係はない。

年間市場規模1500億円の絶大な人気キャラクター

 私は大学でメディア論を研究していますが、その核の1つにキャラクタービジネスがあります。私の定義では、メディアは3層構造でできている。プラットフォームとハードウエアとコンテンツです。グーテンベルクの印刷革命や20世紀初頭の放送革命と同じようなことがインターネットによる革命で起きました。パソコン、スマートフォンというハードウエアが行き渡り、プラットフォームはGAFAM(Google、Apple、Facebook=現Meta、Amazon、Microsoft)でおおむね固定された。ハードとプラットフォームが行き着いて、2010年代前半から急速にコンテンツの時代に変わってきました。それがNetflixやAmazonプライムなどの台頭です。そしてコンテンツのターンになって注目されているのが、キャラクタービジネスなのです。

 世界で一番キャラクタービジネスが発達している国は、アメリカと日本です。皆さんは人気キャラクターというと何を思い浮かべますか? 米TitleMax社が発表した2018年までの世界のキャラクターの累計市場規模ランキングでは、1位はポケモン(ポケットモンスター)、2位はハローキティ、ディズニーはキャラクターごとに集計されており、3位がくまのプーさん、4位がミッキーマウス&フレンズ、5位がスターウォーズ。そして、なんと6位がアンパンマンです。

子育てにどれだけ関わったかを判定するリトマス試験紙

 毎年、学生を対象にアンケート調査を実施し、キャラクターの消費の仕方についても調べているのですが、24年の調査(18~21歳の東京科学大学の学生273人)では、87.2%がアンパンマンの「消費者」でした。何を消費したかと言えば、テレビアニメが全体の72%、お菓子など加工食品が70%、他、絵本や知育玩具と続きます。キャラクタービジネスに造詣が深いエンタメ社会学者の中山淳雄氏によれば、年によってばらつきはあるものの、アンパンマンのビジネス規模は年間1500億円です。

 アンパンマンはこれほどの市場規模を持っているにもかかわらず、50代以上の男性では、その存在を知らない人が少なくありません。アンパンマンが圧倒的人気を集めるようになったのはアニメ放送が始まった1988年以降ですから、ざっくり言うと1985年生まれ以降の人、40歳以下は自分自身が映像で楽しんだ世代です。50代以上は自分で体験していません。そして乳幼児期の子育てに積極的に参加していないと、アンパンマンを見るだけで子どもが泣きやむとか、アンパンマンのキャラクターをかたどったビスケットなら喜んで食べるなど、いかに子どもたちに愛され、子育ての場で親を助けてくれる存在であったか、実体験がない。アンパンマンを知っているかどうかは、その人が子育てにどれだけ関わったかを示すリトマス試験紙のような役割を果たしているのです。

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独特の「入学と卒業」システム

 マーケットの大きさもさることながら、日本のキャラクタービジネスは、「入学と卒業」があることが、大きな特徴です。前述の学生への調査で、キャラクターで遊んだ時期も聞いているのですが、アンパンマンは1歳頃に「入学」し、4歳頃に「卒業」する。その後、女児はプリキュアシリーズへ、男児はスーパー戦隊シリーズへと移行し、小学校へ入学する頃に今度はポケモンの世界へと進んでいく。成長に合わせて段階的に異なるキャラクターへ移行しているのです。アメリカのキャラクタービジネスとの最大の違いは、この「卒業」があることです。

 ちなみに、もう一つの特徴が、バージョンアップし続けていること。スーパーマンやバットマンといったアメリカのキャラクターは、1930年代から現在まで同じキャラクターを使い続けています。一方、日本は、例えばスーパー戦隊は1975年から50年間に49作品、プリキュアは2004年から25年までの22年間に22作品と、毎年新しいキャラクターを生み出し続けています。アンパンマンも映画は89年の公開以来、コロナ禍を除き、35作品がシリーズ化されていますし、後述しますが2300ものキャラクターが誕生してきています。

アンパンマンは「男」だけど実は「おっぱい」がある

 アンパンマンは、1歳頃で入学し4歳頃には卒業する、極めて限定的な年齢層ですし、今はまだ本格的な世界展開をしていませんが、私は世界に通じるキャラクターだと見ています。

 理由は、アンパンマンの世界観は「カルチャー」ではなく「ネイチャー」だからです。赤ちゃんにアンパンマンを見せると泣きやむのは、自然に根差しているからです。0歳児に文化的選択はないですから。

 では、赤ちゃんが自然と100%好きになるものって一体何でしょう? 最初に認識する必要があるのは、生存に直結するお母さんの顔とおっぱいです。アンパンマンの丸い顔と赤い鼻の組み合わせは、乳房の形と乳首の色合いと重なります。ニコニコしている、顔がおっぱいという赤ちゃんが好きな2つがここに収まっている。子どもに人気が出るキャラクターはミッキーマウスもチャーリー・ブラウンも、きかんしゃトーマスも、みんな丸です。作者のやなせたかしさんがそのデザインに行きついたのは偶然かもしれませんが、アンパンマンは、「男」だけど実は「おっぱい」があるんじゃないかというのが、私の個人的仮説です。

 アンパンマンは世界で最もキャラクター数が多いアニメシリーズとして、2009年にギネス世界記録に認定されています。その数、現在は実に2300。キャラクターを新しく増やすことで世界を刷新している。しかし、やなせさんは、マーケティングを全然していないのです。子どものために作品を作るけれども、子ども向けにするという概念がなかった。0歳から90歳までがお客さんです、私が伝えたいものを伝えますという、ブレないアンチ・マーケティング主義が、0~4歳というまっさらで言い訳もマーケティングも効かない層にとっては、逆に一番マーケティングになったのです。

 もう1つ面白いのは、アンパンマンには本当の意味での闘いがないのです。ばいきんまんやドキンちゃんは、いたずらはするけれど、悪者じゃないし敵ではない。アンパンマンが罰するのは、ばいきんまんやドキンちゃんのいたずらに対してであって、必ず翌週には戻ってきます。アンパンマンワールドは、ジャムおじさんもバタコさんも人間の形をしているけれど妖精で、学校の先生や子どもたちは動物なんですよね。人間のいない世界の中でトライアンドエラーする一番人間らしいのが、ばいきんまんやドキンちゃんなんです。

 アンパンマンが今後変わるのは、中身ではなくマーケットでしょう。これまで海外では本格的な展開はしてきていませんでしたが、23年に中国のアニメーション・ライセンスの最大手代理店の上海新創華文化発展公司(SCLA)が「それいけ! アンパンマン」シリーズの独占総代理店になりました。ウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズ、エヴァンゲリオンシリーズや、名探偵コナンシリーズなど日本を代表するキャラクターの代理店をしてきた、実績も極めて大きい会社です。

 アンパンマンは、ネイチャーコンテンツですから、文化的背景に依存しません。国や民族や宗教の違いを超えて受け入れられる可能性が高いでしょう。カルチャーコンテンツよりも動き始めたら大きいと見ています。全世界の赤ちゃんに、日本の乳幼児に起きたのと同様の反応を引き起こす可能性を秘めている。アンパンマンがコンテンツの中身を変えずに、新しい世界のマーケットでどう動いていくのか注目しています。

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漫画・アニメ・ゲームなどから生まれた日本のキャラクターがどのくらいの市場を作っているのか。全体を俯瞰して見るのに、これほど適切な本はない。著者の中山さんほど、あらゆるキャラクターを数字で把握している人はいません。IP(知的財産)ビジネスがどのように生まれ育ち、どのくらいのサイズに成長しているのかを知る意味でも、それを仕掛け育てる人たちの存在も含め、取っ掛かりとしてすごくいい本です。もはやサブカルチャーではないことが分かります。

取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/佐々木睦