経営再建のさなかにある日産自動車。その反転攻勢に向けた取り組みを『 日産 最後のサバイバルプラン 転落の真因と復活への提言 』の著者が追う。その第3回。
経営再建に向け、日産自動車がクルマづくりの抜本的な改革に挑んでいる。車両の設計思想や基本構造(アーキテクチャー)が共通でありながら、異なる複数の車種を「ファミリー」としてグループ化。各ファミリーに位置づけられる5車種程度を一度にまとめて企画する。経済合理性を踏まえた効率的な一括企画に変えることで、新型車を「より納得できる価格」(同社)でタイムリーに市場に投入する。
結論から言うと、この「ファミリー企画」は日産自動車にとって非常に注目すべき取り組みだ。先行する他社に対しては周回遅れの面は否めないものの、業績への貢献が期待できるからである。日産自動車は現行の企画方法と比べて、開発期間を約40%短縮でき、部品の種類を70%削減できると見込んでいる。
この取り組みの成果が、いつごろにどの程度の利益貢献として表れるかについては、同社は現時点では明言を避ける。だが、既にこのファミリー企画に着手したフレーム車種については、多目的スポーツ車(SUV)「エクステラ(X-TERRA)」を2028年後半に米国市場に投入する計画だ。この車種は、「フレーム」ファミリー内の先行車種である「リードモデル」に位置づけられる。
一括企画については、既に実績を築いている企業がある。その代表がマツダだ。
マツダの「一括企画」との違い
マツダの一括企画は、小規模な企業が生き残るために考え出した戦略だ。世界販売シェアが2%未満(2025年度実績)で「スモールプレーヤー」を自認する同社は、小規模でありながらエンジン車から電気自動車(EV)までの全方位開発「マルチソリューション」を実現するには、徹底的な生産効率の向上が不可欠と判断。具体的には、あらゆるパワートレーンのクルマを造れる混流生産の実現が必須と考えた。そこで2006年に編み出したのが、この一括企画だった。
具体的には、5~10年先を見据えて市場投入する全ての車種を一度に企画する。企画においては、開発部門と生産部門が一体となって取り組む。こうすることで開発部門は生産プロセスについて、生産部門は開発の意図について、より深く把握できるようになり、長期間使用できる混流生産設備を開発・設置できる。結果、生産効率が高まり、投資効率も向上するというわけだ。
日産自動車はマツダに約20年先を越されたことになるが、他社の方法であろうと、優れたものは積極的に取り入れればいい。実際、日産自動車はファミリー企画を考え出す上で、マツダの一括企画を研究したという。ただし、そのまま導入するのではなく、日産自動車に適したものを考え出した。
日産自動車のファミリー企画がマツダの一括企画と違う点は、大きく2つある。1つは、車種を3つのファミリーに分けたことである。日産自動車はマツダよりも事業規模が大きく、フルラインアップメーカーであることから、全ての車種を一度に企画するのではなく、共通アーキテクチャーで構成される車種群ごとにグループ化する。具体的には、先述のフレーム車種を扱う「フレーム」、「エクストレイル」などの中型車種を束ねた「ミドル」、「ノート」などの小型車種を集約した「コンパクト」──である。
現時点で決定しているのは、これら3つのファミリーだが、市場ニーズ次第で今後、新たに追加する可能性もあるという。ただし、ファミリー企画の割合は全販売台数のうち8割までとする。残りの2割は販売台数を追わず、主にブランド価値の向上を狙う車種に割り当てる。具体的には「スカイライン」や「フェアレディZ」などから成る「ハートビートモデル」などだ。
もう1つの違いは、部品の種類の削減をはっきりと打ち出している点だ。同じファミリー内で部品の共通化を徹底し、できる限り少ない種類の部品で全ての車種を造り上げる。日産自動車は部品に10桁の部品番号を割り振って管理している。この部品番号が付いた部品のうち7割を減らし、残った3割の部品だけで新車を開発すると決めたのである。
本質は「フロントローディング」
ファミリー企画の本質は、企画作業の「フロントローディング」にあるといえる。最初の段階で5車種程度をいっぺんに企画するため、企画段階での失敗が許されない。この重い意思決定を、日産自動車は「経営戦略」における事業計画で対応する。
具体的には、グローバルにおける収益や台数計画を決定し、車種モデルの役割を明確化して、ファミリー数や各ファミリーにおける車種数の最適化も図る。ただし、こうした事業計画は経営側だけで考えるのではなく、ファミリー企画を実行する側と連携して決定していく。この事業計画では生産面にまで踏み込むのも特徴の1つで、どの工場でどれくらいの生産台数を造るかという計画まで決定する。
こうして経営戦略における事業計画が固まると、ファミリー企画に移行する。主に担当するのは、アーキテクチャー戦略部門と新設の「チーフ・ファミリー・ストラテジスト(CFS)」である。
アーキテクチャー戦略部門は、その名の通りアーキテクチャーの決定を担う。まず、ファミリー内で共通して使用する技術を①プラットフォーム(車台)②パワートレーン③ソフトウエア基盤④コンポーネント──の4つに大きく分類。その上で、各分類において、ファミリー内の全車種を対象に搭載する可能性がある部品をそろえる。4つの「棚」のそれぞれに、使える部品を用意するイメージだ。
こうして棚に並んだ部品を基に、ファミリー企画戦略の責任者であるCFSが、ファミリー内のそれぞれの車種(個車)開発の前提条件を決定する。リードモデルから最後の「後続モデル」まで、ブレずに一気通貫で開発を進めるためだ。具体的には、台数・販売価格・収益目標のほか、流用部品及び共通部品の前提、車両デザインの前提条件などを決める責任をCFSが負う。
こうしてファミリー企画の内容が固まったら、リードモデルから開発に着手し、途中からは後続モデルを並行して開発していく。
若者向けから高級モデルまでをカバー
ファミリー企画の対象は、いわゆる派生車種に限らない。ブランドや価格帯が異なる車種まで対象となり得る。例えばフレーム車については、リードモデルであるエクステラは主に若者をターゲットに価格を抑えた2列シートのSUVとして企画する。それと同時に、高級車である「インフィニティ」モデルも、ファミリー向けの「3列シートモデル」も同じファミリー内の車種として企画する。
この一括企画を具現化するためのポイントは、フロントローディングによって必要な設計要素をリードモデルの設計段階で織り込むことだ。要は、エクステラの開発を検討する段階で、インフィニティモデルや3列シートモデルに必要な要素も含めて開発することである。
例えば、高級車であるインフィニティモデルでは、他の車種よりも音響装備を充実させる必要があり、搭載するスピーカーの数も増やさなければならない。そこで、リードモデルを設計する際に、インフィニティモデルで搭載するスピーカーの数に応じてブラケットなども設計しておくのだ。同様に、当初から3列シートモデルも造ることを考えて、余裕のある車体フレームをリードモデルの段階で設計しておく。
こうしてファミリー車種同士の設計の共通化を図る一方で、外観デザインや内装などモデル同士の差異化に必要な部品も別途用意する。これにより、それぞれの車種の個性を引き出す考えだ。
これに対して現行は、複数車種をまとめて企画することはなく、車種ごとに新たに企画を考案している。派生車種を開発するケースもあるが、その場合でも、基になる車種(モデルA)である「マザーモデル」で最適設計を追求した後、しばらくして派生車種(モデルB以降)の企画に順次着手する。
ところが、マザーモデルの開発段階でモデルB以降の車種の内容については検討していないため、多くの場合、モデルB以降でその車種を成り立たせるために必要な機能や部品が発生する。すると、そのたびに設計変更や新規部品が必要になる。最も重要な共通部品であるはずのプラットフォームでさえ、マザーモデルからモデルB以降のそれぞれにおいて、少しずつ設計変更を加えるケースも珍しくない。そのため、開発期間が長くなったり、コストが増加したりする課題があった。
スピードを追求
日産自動車はファミリー企画において、リードモデルの開発期間を現行の約50カ月から37カ月に短縮する取り組みも別途進めている。「PCS-T(Product Creation System-Transformation)」と呼ぶスピード開発の取り組みで、(1)顧客視点に立った車両企画・目標値設定(2)デザイン決定の前倒しとプロセス簡素化(3)プロジェクト責任者の明確化(4)人工知能(AI)/デジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した車両実験の効率化──の4つの施策を通じて実現を図る。
そして、以降の後続モデルでは、リードモデル開発で培ったノウハウを活用することで、開発期間をさらに30カ月まで短縮する。こうして、リードタイムの開発の着手から最後の後続モデルを市場投入するまでの期間も短くして、変化の激しい顧客ニーズを満たすクルマを提供していく考えだ。
日産自動車の説明を聞く限り、ファミリー企画は極めて合理的なクルマづくりに思える。だが、「言うはやすく行うは難し」の施策でもあるのではないか。中でも難題に思えるのは、世界中の顧客ニーズを見極めながら、5種類ほどもある車種を一度に企画することだ。見事に的中させたときには得られる利益は大きいものの、万が一、外れた場合には損失も大きくなる可能性がある。
1つの車種を企画するだけでも大変な労力を要するのに、このファミリー企画では、その何倍もの仕事をこなさなければならない。それに応えられる人材育成や組織体制の構築なども、ファミリー企画を成功に導く上での課題になることだろう。
[日経クロステック 2026年8月26日付の記事を転載]
近岡裕(著)/日経BP/2200円(税込み)







